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2014年12月21日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(50)乱世ここに終わる [終] 〜遂に決着! 波乱の生涯 最後に見た天下の夢〜

今日は『軍師官兵衛』最終回!
なので、『その時歴史が動いた』風にお届けします(^ ^)


人間のドラマ。
それを人は歴史と呼びます。

決断の時、
決行の時、

人は何を考え、
どのようにして動いたか。

その歴史の決定的瞬間を取り上げます。


慶長5(1600)年9月、黒田如水率いる
9,000の黒田軍は豊後で西軍を次々と撃破。
敵は『赤合子(あかごうす)』と呼ばれる
如水の兜を目にしただけで、恐れをなしたのです。

如水の快進撃の一方で、東では
関ヶ原に運命の朝が訪れようとしていました。

慶長5年9月15日──。

笹尾山・石田三成の陣では
三成が緊張の面持ちで床几に腰掛け、
桃配山・徳川家康の本陣では
家康が粥をかき込んでいます。

そして黒田長政本陣では
長政が凛とした姿で座していますが、
法螺貝の音とともに辺りが騒がしくなります。
「……始まったか」(家康)


九州から天下を狙う如水は
関ヶ原の戦いに乗じてその勢力を拡大。

徳川に味方すると見せかけ、
九州の城はすべて潰していき
徳川が黒田の企みに気づいた時には、
九州全土は黒田のもの──。


合戦が始まって4時間。
関ヶ原の勝敗は未だ定かならず。

「敵の多くは日和見をしておる」
桃配山から、家康が
苦虫をかみつぶしたような表情でそうつぶやきます。

実際に先頭活動をしている敵兵は2〜3万ほど。
それなのに10万の大軍をもってしても勝利が見えてきません。

ドン!
ヒューッ!

石田方からのろしが上がります。
小早川へ向けた、出馬の催促ののろしと見えます。

本当に徳川方への寝返りは確かなのか?
心配になり出した家康は、
いっそ小早川陣に大筒をぶち込め、と命じます。

石田方か徳川方か決めかねている小早川秀秋。
そこに突然、大砲が撃ち込まれます。
腰を抜かした秀秋は、家康が怒っておる! と
手はず通りに徳川方へ寝返ることにします。

小早川が家康側についたことで
東軍は一気に巻き返し、
黒田軍は三成の本陣に迫ります。


九州豊後で快進撃を続ける黒田軍に
大坂から一枚の書状が届きます。

「すべて……終わりました」と落涙する栗山善助、
書状を読み終えた官兵衛は言葉をなくします。
当初、長期戦になるだろうと予測した関ヶ原での大戦は、
わずか1日で終わっていたわけです。


大戦終結の報告に大坂城に上がった家康ら諸将は
豊臣秀頼からいたわりの言葉をかけられます。

戦によって世を乱した三成や安国寺恵瓊、
小西行長はすでに捕らえておりまして、
六条河原で打ち首にすべし、と家康は考えています。

いずれも太閤殿下の重臣たちでありまして
淀はそれをアピールして、三成らの助命を嘆願しますが、
家康は、淀の言うことにはもはや聞く耳を持っていませんで
当たり前に厳罰に処したいところです。

「今に見ておれ……秀頼が長じた暁には」
淀は、去る家康を大きな目で睨みつけます。

10月1日、恵瓊、行長、三成の3名は
洛中引き回しの上、六条河原で処刑されました。


「こたびの働き格別ゆえ、筑前52万石を下さると」
家康に呼び出された長政は、井伊直政や本多忠勝らに
破格の数字を聞かされて実感が湧きません。

これで黒田も大大名。
長政は家康に礼を述べます。

ただ、天下を夢見て九州を平定していっている如水ですが
家康は“九州でずいぶんと骨を折ってくれた”などと
言葉では褒めながらも、まわりくどく皮肉たっぷりに言い、
それももう充分だと長政に伝えさせます。

如水は、九州9ヶ国のうち7ヶ国を占領していましたが
関ヶ原がわずか1日で終わったことを受け、
すべてを放棄して豊前中津に戻っていきます。


家康は、長政の手を取って褒めちぎり
天晴れであった、と脇差しを長政に与えます。

中津に戻った長政は、家康に褒められた
そのときのことを詳細に如水に語りますが、

家康が取った手が右手であったことを知った所水は
微動だにせず、長政の方を見ようともせず
突き放すように言います。
「その時お前の左手は何をしておった」

余った手で家康を刺せば、
黒田の天下になったかもしれないというわけです。
まぬけが! うつけが! たわけが! と叫びたげな表情で
如水は無言のまま立ち上がり、去って行きます。


大坂城の家康の元に戦勝祝いに訪れた如水。

畿内で望みの所領を、と言う家康は如水に
政治の指南をしてくれないか、と打診しますが、

自らが九州を平定していったのは
天下を夢見たからだ、と自ら明かし、
二人の間には建前は不要、とニヤリ。

家康は今後、どのような世を作っていくのか。

天下は一人(いちにん)の天下ではなく、天下の天下である。
たとえ、家康が死んでも争いが起こらない、泰平の世を作る。
天下を奪い取ったのは、家康自身の
私利私欲からではない、というわけです。

如水は、戦で負けたことはありませんが
家康に対していさぎよく負けを認めます。


筑前に移った黒田家は、
新たに博多に近い地に城を築き
福岡城と名付けます。

慶長7(1602)年11月、黒田家待望の跡継ぎが誕生し
如水によって『萬徳』と名付けられます。
ちなみに“萬”は、如水の幼名である
“万吉”からとったものだそうです。

黒田家が代々受け継いできたものを
この萬徳にも伝えていくことが
長政の妻・栄の役目である、と
光はやさしく諭します。


続いて慶長8(1603)年2月、
家康は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開きます。

関ヶ原で大勝し、これまでの2年半
着々と布石を打ってきた家康の思惑に
ようやく気づいた福島正則と加藤清正ですが、

「秀頼君を守らねば」と、関ヶ原の戦いで
三成憎しから徳川方についたことを悔やんでいます。

あと一人、徳川の天下を認めないのは──淀殿です。

しかし、秀頼とともに大坂城にいる以上、
現在、徳川の世になっていることには
残念ながら気づかなさそうです。
(気づかない、というより認めたくない?w)


慶長9(1604)年正月、
如水は長政と善助を呼び出します。

九州で天下を夢見た如水は、
他ならぬ長政の働きによって
わずか1日で夢が潰えた、と語り出します。

ただ、それは長政のせいだ、と言いたいわけではなく
黒田家をよく守ってくれた、と
関ヶ原での長政の采配を褒め称えたのです。
感無量の長政。

さらに善助には、今までの忠勤に感謝し
今までかぶり続けてきた如水の兜を
善助に授ける、というのです。

これは大殿がかぶり続ける兜、と
首を横に振って断る善助ですが、
この兜は如水自身であり、
如水の魂を善助に託す、という気持ちなのです。

いやじゃ、と子供のように泣きじゃくる善助に
如水はそっと涙を拭ってやります。
「すまぬ……先に逝く」


3月20日、如水 最期のとき。

光、長政、善助、母里太兵衛、
井上九郎右衛門、お福が枕元に集まります。

光を耳元に呼びますが、
一向に悔いが思い浮かびません。
それぐらい、如水には
幸せな毎日だったのかも知れません。

殿のおそばにいられて、
私は、天下一の果報者でございます──。
光にそう言われて、一瞬だけ笑顔を魅せた如水。

「みな……世話になった……感謝する」
如水の頬を光るものが流れ、
そのまま眠るように息を引き取ります。


如水の死から11年後の元和元(1615)年4月、
豊臣と徳川の間の戦が大詰めを迎えていました。
──大坂夏の陣。

乱世最後の合戦であります。

あの憎き家康を討ち果たしておくれ。
出陣しようとする武将たちに、淀が言葉をかけます。

豊臣が頼みとするのは、大量の浪人でありました。
その中に、長政と対立し出奔した
後藤又兵衛の姿もありました。

道明寺の戦いで、前線で戦っていた又兵衛は
大量の鉄砲玉を浴び、あえなく討ち死に。
その討ち死にの報は、
出兵していた長政の元にも届けられます。

淀と秀頼の助命嘆願は聞き入れられず、
5月8日、大坂城、淀や秀頼は滅びます。


如水の運命を変えた藤の花が咲き誇る庭を眺めながら
光は、乱世が終わったことを天国の如水に報告します。
「殿……よく生き抜かれましたな」

藤の木のたもとで、如水が
にっこり微笑んだような気がしました。

──────────

筑前52万石の大名となった黒田家の、本拠地・福岡。
如水が、黒田家ゆかりの
「備前福岡」にちなみ名付けました。

福岡城は47もの櫓を配置し
如水にとって集大成となった城でした。

晩年、如水が暮らした『御鷹屋敷』。
茶や歌をたしなみながら、
妻・光と仲睦まじく過ごしたといいます。


慶長9(1604)年3月20日、如水は
滞在先の伏見で59年の生涯を閉じました。
亡きがらは、福岡市の崇福寺に葬られました。

如水の墓石に刻まれているのは、
波乱に満ちた その生涯です。

おもひをく
 言の葉なくて ついに行
  道はまよハし なるにまかせて

思い残すことなく、乱世を生きた満足感が
その時勢からうかがえます。

毎年7月に行われる、博多祗園山笠では
如水が整えた町を、神輿が駆け巡ります。

福岡の礎を築いた黒田如水。
この地は今も発展し続けているのです。


──完──



作:前川 洋一


音楽:菅野 祐悟

テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:広上 淳一

演奏:ワルシャワフィルハーモニー管弦楽団
題字:祥洲

語り:広瀬 修子
タイトル映像:村松 亮太郎
      :小林 恵美

時代考証:小和田 哲男
風俗考証:二木 謙一
建築考証:平井 聖
衣裳考証:小泉 清子

殺陣武術指導:林 邦史朗
所作指導:西川 箕乃助
馬術指導:田中 光法

──────────

[出演]


岡田 准一 (黒田如水)


中谷 美紀 (光)


松坂 桃季 (黒田長政)

二階堂 ふみ (淀)


濱田 岳 (栗山善助)

速水 もこみち (母里太兵衛)

高橋 一生 (井上九郎右衛門)

塚本 高史 (後藤又兵衛)

田中 圭 (石田三成)

東 幹久 (井伊直政)

山路 和弘 (安国寺恵瓊)

忍成 修吾 (小西行長)

吉本 美憂 (栄)

──────────

阿知波 悟美 (お福)
塩野谷 正幸 (本多忠勝)

中村 育児 (榊原康政)
今井 朋彦 (平岡頼勝)

浅利 陽介 (小早川秀秋)
石黒 英雄 (福島正則)

阿部 進之介 (加藤清正)
葉山 奨之 (豊臣秀頼)

小林 ユウキチ (黒田一氏)
嶋尾 康史 (大野治長)
本郷 弦 (大久保猪之助)

福島 リラ (お道(回想))
中村 映里子 (おゆう(回想))
 ─────
串間 保
小美野 未希
広瀬 彩
江守 沙矢

新 実
天乃 大介
富井 久貴
中川 卓也
須田 琉雅
綱本 菜々美


若駒スタント部
劇団ひまわり
劇団東俳
テアトルアカデミー
キャンパスシネマ
エンゼルプロ
宝映テレビプロダクション
フラッシュアップ

フジアクターズ・シネマ
ソニー・ミュージックアーティスツ
バンブー
スターダスト・プロモーション
舞夢プロ
クラージュ・キッズ


キリスト教考証:川村 信三
芸能指導:友吉 鶴心
出産指導:三宅 はつえ

──────────

撮影協力:兵庫県
    :大分県
    :福岡県
 ─────
    :長野県富士見町


黒木 瞳 (おね)


寺尾 聰 (徳川家康)

──────────

制作統括:中村 高志

プロデューサー:勝田 夏子
美術:山内 浩幹
技術:大須賀 弘之
音響効果:木村 充宏

撮影:細野 和彦
照明:木村 中哉
音声:佐藤 稔
映像技術:金丸 岳生
VFX:兼沢 将人
記録:野田 茂子
編集:佐藤 秀城
美術進行:高橋 秀樹

演出:田中 健二


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』

総集編前編 12月27日(土) 午後1:05〜
総集編後編 12月27日(土) 午後3:05〜

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