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2015年2月 6日 (金)

プレイバック徳川慶喜・(03)黒船が来た

一橋家を継いだ慶喜、童髪から大人用の髪型にする
いわば前髪取りの儀式に臨みます。

元服の一儀式に過ぎませんが
これをやるとかなり大人っぽく見えまして、
慶喜も手鏡を見ながら、自分の姿にホレボレ。


再び藩政に携われるようになった徳川斉昭は
自らを窮地に陥れた結城寅寿らを罰します。

それも、己の損得でそうしたわけではありませんで、
斉昭が長年にわたって進めてきた藩政改革を
紙くず同然に捨て去り、旧態依然の状態にまで
戻してしまった罪で咎めたわけです。

とはいえ、藩主の徳川義篤に言わせれば
斉昭が進めた改革は、鉄砲の一斉射撃訓練や
蝦夷地を水戸藩にしたい、などといった
幕府に謀反の疑いをかけられるような内容でありまして、

斉昭が謹慎している間、水戸藩として
そんな内容の改革を更に進めるわけにはいきません。

むしろ、そこを幕府に指摘されたのなら
残された者としては、その改革を
いったんゼロにする必要があるわけです。

斉昭に従えば幕府に否と言われ
幕府に寄り添えば斉昭に怒られる。
義篤としては、どうすればいいか頭が混乱します。
「藩主なんか辞めたい、何のおもしろみもない!」


さくらがいなくなりました。
村田新三郎らが必死に探すも、未だに見つかりません。

さくらは下女であっても
慶喜以外使ってはならないとしていたのにも関わらず、
前髪取りの儀の繁忙にかこつけて、人手がないために
やむを得ずさくらを呉服屋へ使いに出してしまったそうで。

乳母の松島は、ひとりの下女のことでそう狼狽えていては
一橋家の中であっても聞こえが悪いと諭し、
徳信院直子は、養母よりも下女の方が大事かと
ヤキモチを焼きます。

しかし、とうとうさくらは見つかりませんでした。


嘉永6(1853)年6月3日、
浦賀沖についに四隻の外国船が姿を現します。

老中阿部正弘は、何としても戦を避けるべきだと主張。
長期間にわたり平和に過ごしてきた結果、
阿部も含めて戦を知らないわけです。

ただ、攘夷派である斉昭が騒ぎ出したら
日本国中が全体的に斉昭に引っ張られていって
攘夷に流されてしまう恐れがあります。

鎖国状態の日本の、外国との窓口は
長崎出島で行ってきましたので、
とりあえずは艦隊を長崎に向かわせようとしますが、
艦隊はあくまでも浦賀で話し合いたいと譲らず。

とにかく国書を受け取って
その場を切り抜けることにした幕府ですが、
マシュー・C・ペリー総督は
国書の返事を来年受け取りに来る、と言って
一旦引き下がります。


こんな混乱の中、将軍家慶が亡くなります。


嘉永6(1853)年6月3日、
ペリー率いるアメリカ海軍東インド艦隊が浦賀沖に現れ
開国を促す大統領フィルモアの国書を手渡す。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと14年4ヶ月──。

(『篤姫』では「(7)父の涙」〜「(8)お姫様教育」付近)


脚本:田向 正健
原作:司馬 遼太郎「最後の将軍」より
音楽:湯浅 譲二
──────────
[出演]
本木 雅弘 (徳川慶喜)
菅原 文太 (徳川斉昭)
若尾 文子 (吉子)
鶴田 真由 (徳信院直子)
──────────
堺 正章 (新門辰五郎)
山下 真司 (ガンツム)
鈴木 瑞穂 (徳川家慶)
──────────
藤岡 琢也 (中山五郎左衛門)
岸田 今日子 (松島)
大原 麗子 (れん(語り))
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制作統括:高橋 幸作
演出:富沢 正幸

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