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2015年2月 3日 (火)

プレイバック翔ぶが如く・(03)運命の女たち

嘉永5(1852)年正月、
西郷吉之助、吉二郎、信吾、小兵衛の
西郷4兄弟は近くの神社に初詣です。

吉之助が家内安全を祈願している横で、吉二郎は
兄が江戸留学に選ばれることをお願いしています。
えっ? と思わず見つめる兄。

そして、西郷家でついた餅をもって大久保家へ。
大久保家では、とうとう父の帰郷も赦免もないまま
正月を迎えることになってしまいました。

ただ、生真面目な正助にしては珍しく
正月だからデッカい夢を見てもいいじゃろ、と
前向きポジティブ発言です。


島津家では、島津斉彬が藩主に就任し
お国入りを果たしてから初めての正月ということで、
一門が揃って新年の祝賀の挨拶に鶴丸城に赴きます。

今和泉島津家から、島津安芸忠剛と敬子がお目見え。

敬子を一目見た斉彬は
「よかおごじょじゃ」と率直に感想を述べますが、
江戸生まれの江戸育ちの斉彬が薩摩言葉を話す姿に
敬子はプッと吹き出してしまいます。

何で吹き出したか斉彬は分かっているはずなのに
「どげんした?」「助けやったもんせ」など
次々に下手な薩摩言葉を繰り出すものだから
敬子はくねくねして笑いをこらえています。

挨拶自体はつつがなく終了し
父娘ともに斉彬の元を辞すのですが、
斉彬の脳裏には、敬子のことが強く印象に残ります。


喧嘩に負けたらしく、
小兵衛が泣いて西郷家に帰ってきます。

あらあら、と俊は小兵衛を優しく慰めますが
母親のまさは、泣いて帰って来るとはどういうことか、
勝つまでは帰って来るなと厳しいお言葉です。

小兵衛はまたも家を出て行くのですが、
心配になった俊は、小兵衛を追いかけます。

喧嘩の場には、吉之助がいました。
開墾の仕事から帰る途中、
泣きながら走っていく小兵衛を見かけたのでしょう。

小兵衛はまだ幼く、小柄な身体ですが
それでも足元にしがみついて死ぬ気で戦っています。
それを見て吉之助は温かい眼差しで見つめています。

吉之助の弟や妹たちは、なぜか今夜は外泊です。
弟たちは大久保正助の家へ、
そして妹たちは市来家に嫁いだ琴の家へ。
だから、吉之助と俊は、西郷家でお留守番です。

ホントは正助と吉二郎が仕組んだことなのですが
そんなことは二人が知るはずもありません。

西郷家に来てまだ間もなく、ただでさえ大変だというのに
もし吉之助が江戸留学生に決まったら
何でもやって家計を助けてがんばる! という俊に、
吉之助は俊にけなげさを感じます。

遠くで龍右衛門の咳き込む音が聞こえてきますが
駆けつけようとする俊を引き止めて、
吉之助はギュッと俊を抱きしめます。


長崎のオランダ商館から寄せられた知らせを巡り
幕府は混乱していました。
江戸幕府御三家のひとつ、水戸藩の前藩主・徳川斉昭は
強固な攘夷論者として時の政治に絶大な力を持っていました。

来航する船はどんな国であっても即刻打ち払えという斉昭に対し
数年前のアヘン戦争は、最初の対応のマズさが戦争につながったわけで
今回のアメリカの場合、軍艦に陸軍の用意もしているらしく
和親の姿勢を取るのが上策である、と主張する阿部。

ともかく、阿部は相当難儀をしているようで、
薩摩にいる斉彬は、近いうちに江戸に戻ることになりそうです。
その前に、と斉彬は敬子を磯御殿に招きます。

今和泉島津家からしずしずと進む駕篭。
すると進む道の向こう側から牛が走ってきておりまして
その牛を吉之助が追いかけてきます。

行く手を阻んで邪魔しているため、
吉之助が牛をどかそうと懸命になっています。
「わいも薩摩ン牛なら、義を言わんち道を空けんか」

ほんのこて、どっちが牛だか分かりもはんw
侍女の言葉に控えめに笑う敬子です。


「わしの養女になってくれぬか」
磯御殿に着いた敬子に、斉彬は早速話を持ちかけます。

養女になれば、斉彬が父となり敬子は島津宗家の姫となります。
そしていずれは、斉彬とともに江戸に向かうことになります。
そして、今まで育ててくれた両親を親と呼ぶことも叶いません。

養女となって、江戸で何をするのかは
斉彬の口からは明かされませんが、
斉彬の助けにはなるわけです。

賢い敬子は、それだけを聞いて決断します。
「相分かりもして、ございもす」


その、敬子の行く手を阻んだ牛ですが
売られていく運命にあり、牛が脱走したのだとか。

牛もモーモーと鳴くし、
飼い主も売られるのはかわいそうと泣くし、
吉之助は懐から財布を取り出し、金を与えてしまいます。

つまり今月の稼ぎがなくなってしまったわけですが、
俊は、そんな後先考えない吉之助がかわいくて仕方ありません。
許すも許さぬも、どうにかやっていけるでしょう。

と思ったら、龍右衛門の看病疲れか、開墾仕事の疲れか
吉兵衛が吐血して倒れてしまいます。
西郷家は、龍右衛門と吉兵衛の
二人の病人を抱えることになりました。

吉之助は仕事の合間を縫って、滋養をつけさせるために
川に入ってウナギを捕ったりしていましたが、
そんな努力も甲斐なく、7月18日に龍右衛門は息を引き取ります。

「ないごて江戸留学の願書ば出さんとな!」
郡方の上司丸山に怒られますが、今の西郷家の状況を考えれば
稼ぎ頭の吉之助がいなくなったら困窮を極めることぐらい
火を見るより明らかであります。

丸山は、とても歯がゆい表情ですが
吉之助の返事は、はっきりしたものではありません。

秋が深まるにつれ、吉兵衛の病状は悪化していきます。

もともと西郷家は龍右衛門の兄・吉左衛門がいましたが
江戸で切腹し士籍を剥奪され、吉左衛門の子も連座したため
龍右衛門が養家から西郷家に戻って家督を相続したものです。

ただ、その件があって石高47石も実質的にはないに等しく
吉之助が家督を譲る時までには、龍右衛門も吉兵衛も
何とかして元の西郷家の状態にまで戻したいと思っていましたが
それも叶いそうもありません。

9月27日、ついに吉兵衛も生涯を閉じます。


阿部からの度重なる要請により、斉彬は江戸に向かいます。
その一行の中に、厳正なる審査で選ばれた
15名の江戸留学生がいました。
大山格之助、有村俊斎であります。

結局、吉之助は願書を提出しなかったのです。
彼らを見送りながら、いつかは自分も、という
気持ちが芽生えていたかもしれません。

しかし、そんな吉之助に追い打ちをかけます。
吉兵衛の死から2ヶ月後、11月29日に
母のまさが夫の後を追うようにして亡くなります。


日本を揺さぶる黒船が近海に近づきつつあります。


嘉永5(1852)年9月27日、
西郷吉之助の父・西郷吉兵衛が死去。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと15年──。

(『篤姫』では「(5)日本一の男」〜「(7)父の涙」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
──────────
[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保正助)
南 果歩 (西郷 俊)
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田中 好子 (喜久)
冨士 真奈美 (西郷まさ)
蟹江 敬三 (大山格之助)
──────────
坂上 二郎 (西郷吉兵衛)
浜村 純 (西郷龍右衛門)
大路 三千緒 (西郷きみ)
若林 豪 (阿部正弘)
──────────
富司 純子 (敬子)
金子 信雄 (徳川斉昭)
加山 雄三 (島津斉彬)
──────────
制作:吉村 文孝
演出:平山 武之・木田 幸紀

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