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2015年4月11日 (土)

プレイバック翔ぶが如く・(10)斉彬出兵計画

安政5(1858)年6月。

薩摩藩の島津斉彬が軍艦ほか軍備を着々と整えて
江戸に向かおうとしているとき、
大老・井伊直弼は、既成事実を積み重ねて
紀州慶福を将軍世継ぎとして天下に発表すべく動いていました。

「……次は紀州になった」
大奥の篤姫の元を訪れた徳川家定は
許せ、と脅えながら頭を下げます。

幾島は、身を乗り出して攻めるような格好ですが
篤姫は、斉彬からの密命である
一橋慶喜推挙という事案を飲み込み、家定を労ります。


井伊大老の権力が増すにつれ、
斉彬出府を望む声が日増しに高まります。

軍勢を率いて江戸へ出府しようと考えている斉彬は
その前に西郷吉之助を江戸へ行かせ、
京で近衛家ら公家衆に働きかけて
軍勢を率いての出府を認める勅状を得る手はずを整えさせます。

さらには、鉄砲3,000丁を購入せよという任務も課せられます。

島津家の代表、という意味合いも込めて
丸に十文字(いわゆる島津家家紋)の紋所があしらわれた羽織を
斉彬は吉之助に与えます。


イギリスとフランスの連合軍と清国との戦が終わりました。

ということは、それに割いていた大艦隊が
大挙して日本に押し寄せて来るかもしれず、
調印を待つばかりの日米通商条約は結ばれることなく
終わってしまう可能性があります。

とはいえ、勅許が出ない以上、条約締結は無理な話ですが、
それでも強引に調印を迫られたとき、
外交官たる幕臣・岩瀬忠震は
「腹を斬ってご覧に入れましょう」と鼻息荒いです。

腹を斬って済む話ではない、と井伊大老は鼻で笑いますが(^ ^;;)

ただ、たとえ戦になっても条約調印はイヤだという朝廷の意向を受け
もし戦に負けて属国となってしまった時の日本への辱めと
勅許を待たずしての条約調印とどちらの事案が重いかと問いつめ
それをよくよく考えよ、と井伊大老の鶴の一声です。


6月19日、井伊大老の独断で日米通商修好条約が調印されます。
しかしこの条約は、日本の無知による不平等条約であります。
アメリカ総領事・ハリスの功績を讃えて
この日、江戸湾に計21発の礼砲が轟きます。

条約調印を知った慶喜は、制約を知った上で
江戸城に登城し井伊大老と対面します。
制約とは、将軍家御家族は
政治の表向きに一切感知せず、という約束事です。

一橋慶喜 vs 井伊直弼。

井伊大老には、慶喜に対しては当惑と敵意しかありません。

強引に条約調印を進めているが、
朝廷からの勅許が出ていないのは承知の上なのか。
将軍家が帝の意思に逆らったということになるが、
このような大罪を将軍に負わせたのはなぜか。

慶喜からのどんな詰問にも、井伊大老は一言しか発しません。
「恐れ入り奉ります」

さらには、紀州藩から徳川慶福が将軍後継者として出て行くと
紀州藩当主の座は不在となりますが、その跡目はと慶喜が問えば
井伊大老はひれ伏したまま、上目遣いでニヤリとします。
「思し召しがございますれば、お取り次ぎいたしますが」

断る! と血管を浮き立たせて立腹する慶喜。
これまでのことは井伊大老の独断であったと
帝に申し開きせよ! と怒鳴りつけます。

激怒して登城したのは慶喜だけではなく
彼の父・徳川斉昭や水戸藩当主の徳川慶篤、
尾張藩当主の徳川慶勝らと、
彼らに便乗した越前藩主の松平春嶽も同様。

しかし井伊大老は、彼らを待たせて待たせて
結局は帰らせるという手法に出て、
にわか登城組にとっては
何の成果も上げることが出来ませんでした。

翌日、井伊大老によって
将軍家世継ぎは紀州慶福に決まったことが
正式に発表されました。


7月7日、吉之助は大坂に到着します。

井伊大老が勝手に条約に調印したこと。
将軍家後継者を勝手に決定したこと。

吉之助はこの2点でも驚き激怒しますが、
さらには、押しかけ登城した尾張徳川家と水戸徳川家に
井伊大老が処分を下したということも、
吉之助の怒りの火に油を注いでしまいます。


江戸での情報は薩摩にも届いており
斉彬は薩摩を出発して出兵するのを9月1日に設定。

弟の島津久光には、
斉彬が出兵の間は国元の備えを万全にと命じ、
その出兵を前に
勇猛果敢な薩摩隼人の大操練をすることにします。

しかし斉彬は、酷く暑い太陽の下で指揮し続けたためか
高熱を発して倒れてしまいます。


京の鍵屋で、月照と密談している吉之助でしたが、
そこに飛び込んできたのは江戸留学生の伊地知正治です。
江戸からの急報を持ってきたわけですが……。
「将軍家定公が亡くなりもした」

亡くなったのは7月6日あたりと伊地知は答えますが、
実は井伊大老が水戸家や尾張家を処分した時点で
家定はすでに亡くなっていたという噂もあり。
吉之助は、家定に嫁いだ篤姫のことを思いやります。


病床の斉彬は、夜遅くであるにもかかわらず
久光を呼び出します。

「三郎殿、申し残したいことがある──」
斉彬は今にも閉じそうな目を開けたまま、語り始めます。

この病により、もう再起は不可能であろうこと。
久光の嫡子・又次郎を斉彬の跡継ぎとすること。

朝廷を安んじ(=穏やかに)、幕政を改革して富国強兵をし
異国に臆することなく相対してきたものの、
その志は半ばにして天に召されようとしている。
久光には、この斉彬の遺志を己のものとして
継いでもらいたい。

大儀、今生の別れじゃ──。

7月16日、日本の夜明けを待たず
斉彬は静かに息を引き取ります。

久光は大粒の涙を落として嗚咽を漏らします。


安政5(1858)年7月6日、徳川家定が薨去。享年35。
安政5(1858)年7月16日、島津斉彬が死去。享年50。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと9年2ヶ月──。

(『篤姫』では「(28)ふたつの遺言」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」「最後の将軍」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
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[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保正助)

賀来 千香子 (大久保満寿)
蟹江 敬三 (大山格之助)
東野 英心 (森山新蔵)
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田中 好子 (喜久)
井上 孝雄 (堀田正睦)
萬田 久子 (お房)
三田村 邦彦 (一橋慶喜)
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樹木 希林 (幾島)
野村 万之丞 (月照)
伊藤 孝雄 (長野主膳)
柳生 博 (近衛忠煕)
金子 信雄 (徳川斉昭)
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高橋 英樹 (島津久光)

富司 純子 (篤姫)
神山 繁 (井伊直弼)
加山 雄三 (島津斉彬)
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制作:吉村 文孝
演出:平山 武之

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