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2015年4月28日 (火)

プレイバック翔ぶが如く・(12)吉之助入水

薩摩国は、世に『二重鎖国』と言われ
素性の知れない他国の人の潜入を許さないほどに
国境の警備は厳重を極めております。

下関から福岡入りした月照は
福岡藩の平野国臣の先導で山奥深くを峠越えして
その薩摩を目指しておりますが、
その道中、平野が数あるトラップを見つけては
何とかクリアしていくという苦難の道であります。

薩摩では、月照を無事に迎え入れるべく
西郷吉之助たちは苦心の工作を続けていました。

島津斉彬の重臣であった
左右田宗之進にも掛け合ってみましたが、
左右田自身も藩の中心に近づけない状態です。

実権を握った島津斉興は、藩の金を使いすぎたからと
工場は閉鎖、新式軍隊も古式に復すなど
斉彬が改革で変えたものをことごとく元に戻しています。
「許してくいやい吉之助どん、何も変わってしもた」

薩摩藩は、吉之助たちの必死の願いに対し
門を堅く閉ざしたままであります。

それでも、諦めきれない吉之助は
斉彬の側室・喜久を訪ね、
もし無事に薩摩の国境を越えられたら
私の元でお匿いしましょう、との言葉をもらいます。


その帰り、家に戻ると驚く客人が。
月照です。
チョコンと座り、ウンウンと頷く月照に
吉之助は涙を溜めて頭を下げます。

聞けば、その日の明け方に城下に入り
とりあえず縁のある寺で休ませてもらってから
西郷邸を訪ねたのだとか。

しかし、この時すでに
月照潜入のことは、薩摩藩庁に密告されていました。
平野や月照の身柄は指定の宿に移され、
面会は一切禁止の処置となります。

そして下された決定は、日向送り。
本日中に城下から立ち退かせること。
護送役は、西郷吉之助──。

吉之助の瞳から、光が消えました。

鎌倉以来の勇猛果敢な薩摩武士の魂が
今は幕吏を畏れて保身に走るとは……。


11月16日、真夜中。

幕吏に悟られないようにひっそりと船出した船は
帆に風を受けてゆっくりと進んでいきます。

平野が笛を吹き、みな黙って聞いています。

どこまでもお供する気概でいた吉之助は
月照を斬り、自らも後追いするつもりでしたが、
その殺気を月照が感じ、振り返り吉之助を見つめます。

「参りましょう」
口には出しませんが、吉之助には
月照がそう言ったような気がしました。

えっ……!! という驚きの表情だった吉之助は
もはやこれしかない、と月照を抱き
船から海の中へ投身──。


吉之助が死んだ、ということにしての
引き取り許可が出たのはその日の夕方であります。
西郷家に戻った吉之助は、そのまま昏睡状態に陥ります。

ただ、月照は息がなく、亡くなってしまいました。


実権を握っている隠居の斉興は
吉之助の処分について思案しています。

もし前藩主の右腕であった吉之助を島流しにすれば
幕府を畏れての処分だと笑われてしまうため、
吉之助は死んだことにして、しかし実際は名を変えさせ
幕府から目の届かない島に送って身を隠させることにします。

もちろん、死んだからには墓も建ててやりますが
安政の大獄を断行中の井伊大老のことです。
墓を改めるという暴挙に出るかもしれません。
なので、墓には罪人の亡きがらを埋めておけばいいでしょう。


12月半ば、吉之助は
自力で病床から起き上がるまでに回復しました。

この1ヶ月間の世の中の動きを大久保正助に教わる吉之助。

井伊大老の暴虐はますます天を畏れず、
水戸藩徳川斉昭のみならず
宇和島藩伊達宗城、土佐藩山内容堂に謹慎を命じ
月照の弟や越前の橋本左内まで捕縛したらしく。

正助は、幕府が血迷っているこんな時だからこそ
吉之助のように
自分ばかり攻め続けている場合ではないと叱咤します。


安政の大獄は、各地で幕府打倒の時流を生ましめます。
それでも井伊大老は、大獄の手を緩めません。

条約反対を唱えていた天皇も、
逮捕者が次第に朝廷関係者に伸びて来ると
ついに譲歩せざるを得ませんでした。
それがまた、志士たちの憤激を呼ぶわけです。


奄美大島ゆきが命じられた吉之助は
甘んじてその処分を受けることにします。

意識が戻ってからずっと考えていたことですが、
この命は天が救ってくれたものだと。
吉之助は、これからは
天に命を預けて動こうと決意したわけです。

そして、薩摩を脱藩して、水戸や宇和島、
土佐などの志士たちと幕府打倒に動き出そうとする
誠忠組の正助にもアドバイスしておきます。
「天が“動け”と命じるまでは、動いてはならんど」

そして年末、菊池源吾と名を改めさせられた吉之助は
全ての職を奪われて奄美大島へ島流しとなりました。

たどり着いた奄美大島では、
薩摩からの船を見て島民がぞろぞろと浜まで出てきますが
出迎えという歓迎ムードではなく、
どちらかといえばヤジ馬というニュアンスです。

吉之助が上陸すると、何事もなかったかのように浜から去り
浜に残ったものは積んで来た荷物を担いで運びます。
男たちも女たちも関係なく、です。


正助は考えています。

井伊大老は将軍家を担いで政を思いのままに操っています。
武力を動かすのもこういった権力であります。
なので、正助もその権力に近づきたい、と。
となると、次に力を持つ権力者は……島津三郎久光。

自分は、この久光の力をこの手に握りたいのです。

憎きお由羅の子であることは百も承知ですが、
それはもはや小さなことであり、
目的のための手段に過ぎません。

己の志を実現しようとすれば、
権力者に近づかなければなりません。
志さえ高ければ、それを恥とすべきではありません。
そのためには、どんな屈辱にも耐えるつもりです。
自分は今、その覚悟を決めた、と。

正助は、はるか遠くを見つめています。


安政5(1858)年11月16日、
前途を悲観した月照が、西郷吉之助とともに竜ヶ水沖に入水する。
すぐに平野国臣らが救助したが、月照は死亡、西郷は運良く蘇生する。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと8年10ヶ月──。

(『篤姫』では「(30)将軍の母」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
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[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保正助)

石田 えり (愛加那)
賀来 千香子 (大久保満寿)
酒井 法子 (市来 琴)
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田中 好子 (喜久)
東野 英心 (森山新蔵)
蟹江 敬三 (大山格之助)
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伊藤 孝雄 (長野主膳)
大路 三千緒 (西郷きみ)
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野村 万之丞 (月照)
北村 和夫 (大久保利世)
神山 繁 (井伊直弼)
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制作:吉村 文孝
演出:望月 良雄

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