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2015年5月 1日 (金)

プレイバック翔ぶが如く・第一部幕末編(13)正助の布石

奄美大島に流された西郷吉之助(菊池源吾)。

あばら屋で、吉之助は
懸命に火を起こし自炊しています。
ただ、長々と続く雨に少々ウンザリ気味です。


薩摩では、大久保正助がどうにかして
島津久光に近づこうと考えてはおりますが、
その手段が見つかりません。

今は武士ではありますが、商人出身で
島津家にも出入りしているであろう森山新蔵にも
久光の趣味などを聞いてみますが、これといって答えはなく。
「あとはせいぜい、碁ぐらいなもんでごわんそ」

「碁じゃったとか!」と正助は帰宅し
父に碁ができるかどうかを聞きますが、
碁のような賭け事はせん! と一方的に遮断します。

口が堅く、碁をこっそりと教えてくれる人……。
正助が、そんないそうもない人を捜している時
愛妻の満寿が、吉祥院住職がいる、と教えてくれます。

吉祥院住職は腕が高く、人柄を望まれて
久光にも碁の教えを下すほどとか。
正助にはもってこいの師匠であります。

ただ、碁石の置き方すら知らない正助です。
弟子入りを申し出たところで
住職に笑われるのは目に見えています。

実は満寿の祖父が住職とよく碁を打っていたとかで
それで満寿も住職の話を知っていたらしいのですが、
満寿の祖父に碁の仲間がいたはず、と正助が問うと
満寿は恥ずかしそうにしています。
「こん私でございもす」


吉之助は、半ば精神的に追いつめられ
自暴自棄になっているようです。
島の子どもたちにも「ゴルァ!」と怒鳴りつける姿は
二才頭を務めていた姿からは想像もできません。

見上げると、亡き島津斉彬に与えられた
丸に十文字の島津家家紋が入った羽織が掛けられています。
それを見ると吉之助はいたたまれなくなり、
家を飛び出し、浜に向かって無心に走り出します。

「ないごてイライラすっとじゃ!」
吉之助は思いのたけを海に向かって叫びます。
そして更に駆け出すのですが、
途中で大きな岩につまずき、負傷して倒れてしまいます。

吉之助が倒れているのを発見した男の子は
それを母親に知らせ、姉とともに救助に向かいます。
まぁ、大した怪我ではなかったわけですが
吉之助はその一家に助けられます。


満寿に碁の手ほどきを受け、
10日間ほとんど眠らず碁の基本を習得した正助は
吉祥院住職の貞観和尚を訪ねて入門します。

住職は、碁の打ち方が久光によく似ていると言い
これはチャンスと正助は、
久光が読みたがっているらしいという
平田篤胤の著『古史伝』を預けます。

「読みたかったとじゃ、こん本を」
誠忠組は、自分を怨恨の対象にしていると思っていたが
吉之助遠島の後、誠忠組を束ねる大久保という男が
とても面白い人間のように久光の中に印象づけられました。

正助は、久光の印象を長続きさせようと
住職に『古史伝』を一冊ずつ預けていきます。

そして巻の末尾に、久光宛の手紙を入れておいたのですが
久光にはそれが気に食わなかったようです。
「出過ぎた真似をしおって」

久光の脳裏に、大久保正助の名が刻まれるか
あるいは──。
正助は、賭けに出ます。


依然、島の生活に馴染めない吉之助。

浜での釣りも上手くいかず、とぼとぼ帰る吉之助は
少年が木にくくりつけられているのを目にします。
何も言わず、縄をとき足かせを外すのですが、
それを薩摩藩の役人が見とがめます。

少年は、藩の大事な財産である
サトウキビをなめたという大罪のため
木に縛り付けていたのだそうです。

郡方書役助という仕事に就いていたこともあって
役人による島の人たちへの仕打ちなどは
どうしても目に入ってしまいます。

島の人たちから搾れるだけ搾り取り
病気の人までも引っ立て、働かせる。
役人が厳しくすれば、島の人はそれを
殿様の命令だと思い萎縮してしまう。

吉之助にはそれが耐えられなかったのかもしれません。
「今日はもう……ガマンができん!」

役人を猛犬のように威圧し、退散させ
ぐったりする少年を助け出すことが出来ました。
島の人たちは、みなが吉之助に頭を下げ
礼を言って去って行きます。

その日の夜、島の人たちが吉之助への御礼にと
島で過ごしやすい涼しげな着物をプレゼントします。
織ったのは、愛加那という年頃の女性です。

吉之助が上陸した際に、重い荷物を肩に担いで運んでいたのも
吉之助が足を負傷して倒れたときに救助してくれたのも
この愛加那という女性でした。

吉之助は、ウルウルした目で愛加那を見つめます。


安政6(1859)年9月、ご隠居の島津斉興が69歳で亡くなり
久光が藩主の父として、後見の座に就きました。
久光が「国父」と呼ばれる所以です。

満寿との間に子どもも産まれました。
結局正助には、お咎めはありませんでした。
賭けは当たったのです。


江戸では、旧一橋派への幕府の圧迫はますます激しく
槍玉に挙げられた水戸では、正義を唱える志士たちが
薩摩と手を結んで井伊大老襲撃の計画を練っていました。

有馬新七や有村俊斎という過激派が
脱藩して江戸に乗り込むという気概を見せ、
正助は、誠忠組は脱藩して突出する(=井伊大老を襲撃する)
ことにするとまとめます。

と言いつつ正助は、別の道を模索しています。
別の道とはすなわち、かつて島津斉彬が思い描いていたように
号令一過、藩を挙げての出兵であります。

正助は、久光の側近である谷村愛之助と対面し
脱藩するつもりである覚悟を伝えます。

谷村は急ぎ登城し、久光に事の次第を報告するのですが
久光は藩を挙げての出兵に頷いたわけです。
「わしがやる。とにかく待てと申せ」

じき、藩主から誠忠組への命令書が下されます。

大方、斉彬の遺志を継ごうとする
藩主の気持ちを受けようという流れですが、
有馬と俊斎の二人は脱藩突出を強行するつもりです。

俊斎を別室に読んだ正助は、
このままでは藩主も裏切ることになり
薩摩を待っている水戸藩の志士たちも裏切ることになるため
二人が刺し違えようと脇差しを目の前に差し出します。

死ぬのは恐くはない、と言っていた俊斎ですが
正助の静かな、しかし大きな噴火を目にして
一気にトーンダウン。
脱藩突出を留まることにします。


吉之助は、2人目の妻を迎えていました。
愛加那です。

演者の石田えりさんに、吉之助役の西田敏行さんといえば
そりゃもちろん、ハマちゃんとみち子さんの
『釣りバカ日誌』でしょ(^ ^)

現在は20作目でファイナルを迎えた作品も
放送当時は1988年12月『釣りバカ日誌』と
1989年12月『釣りバカ日誌2』の2作品のみでして
夫婦役としてはあ・うんの呼吸で息ピッタリです。

夫婦の設定は全く異なるものですけど
見ていてとても安心できるものでした。
ちなみにこの夫婦役は『翔ぶが如く』が終わっても続き
1994年の7月『釣りバカ日誌スペシャル』まで。

脱線、失礼(^ ^;;)┓

ともかく吉之助は、島の少年たちと相撲を取り
島の暮らしにも少しずつとけ込み始めます。


安政6(1859)年9月12日、
島津斉興が没し、藩主の実父として
島津久光の藩内における政治的影響力が増大する。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと8年1ヶ月──。

(『篤姫』では「(30)将軍の母」〜「(31)さらば幾島」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」「きつね馬」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
──────────
[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保正助)

石田 えり (愛加那)
賀来 千香子 (大久保満寿)
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東野 英心 (森山新蔵)
蟹江 敬三 (大山格之助)
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神山 繁 (井伊直弼)
北村 和夫 (大久保利世)

高橋 英樹 (島津久光)
──────────
制作:吉村 文孝
演出:木田 幸紀

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