2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« vol.169・40周年 (後編) | トップページ | カレー »

2015年6月19日 (金)

プレイバック翔ぶが如く・(19)異人斬り

文久2(1862)年6月。

島津久光率いる薩摩の行列が江戸の町を進み
松平春嶽邸を目指します。

駕篭の中から見える江戸の町並みを眺めながら
久光は「これが江戸か……何か落ち着きのなか町じゃ」と
鼻で笑います。

久光は、春嶽を目の前にして
春嶽を政治総裁職、一橋慶喜を将軍後見職に就いてもらい
幕政改革に当たるのはどうかと提案するのですが、
春嶽は、半ばムッとしながら断りを入れます。

江戸幕府は、開幕以来200年余りにわたって
政治は家来筋が担当するきまりになっていて、
家来がすべき仕事をなぜ私にやらせるのか、とでも
言いたいような顔色です。

そんなことよりも、島津斉彬に終始付き従っていた
西郷吉之助はどうしているかと春嶽は久光に尋ねますが
今度は久光がムッとしながら、島流しにしたと答えます。

何があったのだ、という目で訴える春嶽の視線を
大久保一蔵は、目をそらしてかわします。


江戸城では、一蔵の画策で
勅使の大原重徳が将軍徳川家茂に勅状を渡しました。
「謹んで、お受けいたすでござりましょう」

勅状だから、受けるつもりでいた家茂ですが、
幕府要職にある者たちはいずれも腹を立てています。
島津という外様大名が公家衆に勅状を書かせたのは歴然で
幕府中枢の人事に口を挟むなどというのは前例もないことだ、と。

家茂は、考え直してみることにします。


一方、久光は 藩主の実父ではあるものの
無位無官であり、かつ大名ではないために
江戸城に上がることが出来ません。

そこで久光は、
息子の茂久を隠居させて自らが藩主となるように
そして従四位上、中将の位をほしいと画策します。

そのために一蔵は、大奥から幾島を呼びつけて
天樟院に働きかけてもらいたいと願い出ますが、
吉之助赦免の助力だと考えていた幾島は
子を隠居させて親が後を継ぐなど言語道断……と大激怒。

しかも従四位上という位は、大名の中でもトップの位で
そんな位が無位無官の人間に与えられるものではない、と
腹立たしさを通り越してあきれ果てています。

一蔵や小松帯刀から報告を受けた久光は、
「そンこつはもうよか」とようやく諦めてくれました。


有村俊斎が、老中を襲うなどと言い出して
仲間を集めているらしいと
大山格之助から一蔵の耳に入ります。

どうやら俊斎は、勅使が江戸に来ているにもかかわらず
何の返事もしない幕府の態度に
これ以上の侮辱はない、と腹を立てているようです。

一蔵はすぐに俊斎に会い
彼を説得して思いとどまらせるわけですが、
それでハイハイと引っ込む俊斎ではありませんで、
遠回しに幕府に対して圧力をかけ始めます。

圧力をかけているらしいことを瓦版で知った一蔵は
俊斎の圧力を利用して、今度は勅使から圧力をかけてもらえば
もしかしたら事がうまく運ぶかもしれない、と考えます。

勅状の返事がなければ……と勅使大原が言うと
後ろに控える薩摩藩の吉井幸輔と伊地知正治が刀を構えています。

のらりくらりと返事を引き延ばしにしてきた老中・板倉勝静は
帝の命令に背いて斬られたとあってはたまらんと
幕府としてついに勅命を受け入れることにし
春嶽が政治総裁職に、慶喜が将軍後見職に就任することになりました。


奄美大島では、愛加那が
吉之助の娘・菊草(きくそう)を産みました。

そして吉之助が、薩摩ではなく
すぐ隣の徳之島にいることを手紙で知りますが、
吉之助はお咎めの身ですので、愛加那たちに累が及んではならないと
徳之島には来ないように伝えておきます。

しかし、娘に一目会わせてあげたいというひと思いで
愛加那は危険を承知で、
菊次郎と菊草を連れて徳之島へ船で渡ります。

久しぶりに訪れた、一家団欒のとき。

そこに、無情にも久光からの命令書が届きます。
吉之助を、更に南の沖永良部島まで流せ、と。

将軍後見職に就いた慶喜が、久光に
吉之助は天下の大罪人、大うつけと悪口を言ったことから
それを受けての処分のようです。

幸せが、音を立てて崩れていきます。
吉之助と愛加那、どのように抵抗しても
添い遂げることが出来ないふたりであります。


8月21日、久光は江戸を出発して京に向かいます。

その途中、横浜の生麦あたりで
観光で乗馬を楽しんでいるイギリス人たちが
行列の向こうからやって来て、乗り入れようとしています。
結果的に行列の邪魔をしているような形です。

駕篭の久光に報告を入れる一蔵ですが、
「斬れ」という命令に反応した俊斎と奈良原喜左衛門は
行列の先頭に向かって駆け出します。

「いかん……はやまったら……いかん!」
一蔵も俊斎たちを追いかけますが、

きえぇぇッ! とリチャードソンは奈良原に斬られて落馬。
草むらを転げ落ちていってしまいます。

「武士の情けである」
小さくつぶやいた俊斎は、
斬られて苦しむリチャードソンにとどめを刺します。


脱藩した浪士が、行列に馬で乗り込んできた異人を斬って逃げ
探索に努めているが依然行方不明──。
一蔵は神奈川奉行所に赴き、事件の詳細をこう届け出ます。

もともと久光は、騎馬の外国人の無作法が目にあまり
警告してほしいと幕府に申し出ていまして、
もし外国人に目にあまる無礼があった場合は
決してそのままにしておかない、と伝えておりました。

あとは、幕府が何を言って来てもシラを切り通し
跳ね返すしか手段がありません。

一方、責任をなすりつけられた格好の幕府内では
久光を討つべし、という声が圧倒的ですが
1,000人の供回りを率いる久光を
討てるだけの兵力を持つ大名がいないのが実情です。


久光が3ヶ月ぶりに戻った京都では
公武合体論に代わって尊王攘夷論が高まり
京都守護に当たっていた長州藩によって成敗されるという
世はまさに天誅の嵐が吹き荒れていたわけです。

公武合体で孝明天皇の妹・和宮を江戸城に送った岩倉具視は
命を付けねらわれておりまして、それから避難するために
京の外れの草深い岩倉村に隠遁していました。


時代の流れを象徴するが如く
沖永良部島でも、過酷なまでに嵐が吹き荒れていました。

冷や飯と水しかとろうとしない吉之助は
四方を策で囲まれた牢屋で
大嵐の中、正座してびくとも動きません。
「全ては天命……心配はいりもはん」


文久2(1862)年8月21日、
武蔵国生麦村付近で、島津久光の行列に乱入した
騎馬のイギリス人を供回りの藩士が殺傷する。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと5年1ヶ月──。

(『篤姫』では「(37)友情と決別」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」「きつね馬」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
──────────
[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保一蔵)

石田 えり (愛加那)
──────────
蟹江 敬三 (大山格之助)
大橋 吾郎 (小松帯刀)
磯部 勉 (松平春嶽)
──────────
樹木 希林 (幾島)
三田村 邦彦 (一橋慶喜)
──────────
富司 純子 (天樟院)
小林 稔侍 (岩倉具視)

高橋 英樹 (島津久光)
──────────
制作:吉村 文孝
演出:小松 隆一

« vol.169・40周年 (後編) | トップページ | カレー »

NHK大河1990・翔ぶが如く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« vol.169・40周年 (後編) | トップページ | カレー »