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2015年6月 9日 (火)

プレイバック徳川慶喜・(24)久光上洛

どうやら、徳信院直子から
いつになったら子供が産まれるのか、といびられたようで
美賀は涙ポロポロであります。

「子は天からの授かり物じゃ」などと
ベタな一言を表情変えずに返す徳川慶喜ですが、
美賀にとって悲しいのは、もしお前が産めなければ
元気な女を慶喜のお側近くに置いてはどうかと言われたことです。

「そなたの好きにすれば良い」と
これまた表情を変えずに言ってのける慶喜。
美賀としては、お前がいれば充分だ、などという
気の利いたセリフすらも聞けず、ちょっとご立腹です。

そこに、みよと村田新三郎の子供を略奪して育てているたみが
久々に一橋家に顔を出しますが、こちらも涙ポロポロ。。。
そんなに悲しい毎日ならば、とたみを自分に預けてもらいたいと
美賀の許可を得たところから話がおかしくなってきました。

慶喜はあくまでも、自分のために働いてほしいと
手下として置いておきたいつもりなのですが、
美賀はたみを側室としておくのだ、と勘違いします。


薩摩藩主の後見役・島津久光が
京へ上洛するために動き始めているらしい情報が
慶喜の元に入ってきました。

諸外国と次々と条約を結ぼうとしている幕府が
いずれは京に向けて攻撃を仕掛けるのは時間の問題であり、
久光はそれに先んじて上洛し、京を守るつもりのようです。

文久2(1862)年4月16日、久光は京に入ります。

多くの公卿たちの罪を減じ
慶喜には将軍後見職に、松平春嶽には大老職になってもらって……と
久光は、いろいろと頭の中でコマを動かす方策を考えているようです。

とはいうものの、足元の薩摩藩士の動きもちと怪しく
尊王攘夷は時期尚早と大久保一蔵が説得に当たってみるものの
聞く耳を持っていない者たちばかりです。

孝明天皇から都を鎮めよと勅命を受けている以上、
自分たちの下から火が上がることだけは避けねばなりません。

久光は、説得できねば斬れと指示。
後に寺田屋事件となった舞台で
久光に歯向かう藩士たちを召し捕ります。


久光の上洛後、建白書を受けた幕府では
藩主でもない者が幕閣に命令してきたと怒り心頭です。

自藩の藩士たちを召し捕って京を鎮めた久光の手柄は天皇の評価も高く、
このままでは久光の建白書がそのまま
天皇の勅命になってしまう可能性も否定できません。

幕府は、そうなる前に
大老・井伊直弼によって安政の大獄で罪を問われた者たちを赦免し
大獄以前の状態に戻すことで、先手を打つことにします。
慶喜も例に漏れず、罪を許され謹慎を解かれます。

久光もこのような、自分が作り出した幕政改革案を
あたかも幕閣で思いついたかのように断行するやり方も想定しており、
次なる手段は、天皇の勅使を江戸に送らせる際に
薩摩の兵士たちが護衛して江戸に向かうことであります。


鎌倉で暮らしている新三郎とみよ。
新三郎は働き口が見つからず、
生きるためと女中をやっているみよの稼ぎで
なんとか一日一日を食いつないでいる状況です。

そこに偶然、水戸藩士の広木松之介という幼なじみと再会します。
広木は桜田門外で井伊大老に天誅を加え
そのまま京に上って、世の中を変えるつもりでいたわけですが、

当てにしていた薩摩藩士は京にやって来ず、
始めこそは英雄視していた世間も
今では桜田門外の変すら忘れている有り様で
広木は世の中に全く絶望を抱いております。

その後、広木は自害して果てます。

自分のことしか考えていない、と新三郎は己の不甲斐なさに涙し
こんな生活ではいけない、と水戸に戻る決心を固めます。


5月、慶喜は4年ぶりに江戸城に登城。
将軍徳川家茂に、罪を許してくれたお礼を述べます。

ただ、自由の身になったとはいえ、未だ慶喜は隠居の身です。

隠居の身で自分は満足している、と
美賀や徳信院直子の前で宣言していますが
いやいやそんなわけもなく。

本当は政治の表舞台に立てるかもしれないチャンスを
虎視眈々と狙っていたわけです。

ただ、己の心の中を誰にも悟られてはいけないと
身近な者たちにもウソを貫き通す慶喜。
慶喜の心が読めなくなったのは、このあたりからです。

しかし、幼い頃からお側近くにいる松島だけは
慶喜の心、行動はしっかりと読まれていました。


文久2(1862)年4月23日、
「寺田屋騒動」で、有馬新七らが上意討ちで粛清される。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと5年7ヶ月──。

(『篤姫』では「(35)疑惑の懐剣」〜「(36)薩摩か徳川か」付近)


脚本:田向 正健
原作:司馬 遼太郎「最後の将軍」より
音楽:湯浅 譲二
──────────
[出演]
本木 雅弘 (徳川慶喜)
石田 ひかり (美賀)
鶴田 真由 (徳信院直子)
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水野 真紀 (たみ)
一色 紗英 (みよ)
花柳 錦之輔 (孝明天皇)
寺脇 康文 (岩倉具視)
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岸田 今日子 (松島)
江守 徹 (島津久光)
大原 麗子 (れん(語り))
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制作統括:高橋 幸作
演出:竹林 淳

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