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2015年7月10日 (金)

プレイバック翔ぶが如く・(20)薩英戦争前夜

文久2(1862)年9月。

江戸から帰郷した大久保一蔵は、
病床に伏す父・利世と母・福に挨拶。

利世は、まずは息子の無事の帰還を喜びますが
それよりも、薩摩の大名行列が無礼を働いた偉人たちに
殺傷事件を起こしたことを心配しています。

一蔵は、自分が幕府に掛け合ったので心配要らないと言いまして
心配するほどのことじゃないと言ったのに、と福。
自分に心配かけたくないからこそのウソだと
利世は何となく分かっております。

一蔵は、そのまま西郷家を訪問しますが
謹慎中の身である西郷信吾は、寺田屋事件の一件もあり
一蔵に対して固く心を閉ざしたままであります。


息つく時もなく、京から早馬が到着します。
尊王攘夷派が、幕府に攘夷を実行させる勅命を
出させようと図っているようです。

もし勅命を幕府が断れば、幕府は朝敵の汚名が着せられるわけで
薩摩にとっても、公武合体の目的が果たせなくなってしまいます。
島津久光は、一蔵に京に上らせて
近衛忠煕を説得するように命じます。

しかし急進派の長州藩や土佐藩に担がれて台頭した
公家の三条実美・姉小路公知らが
攘夷督促の勅書を奉じて江戸城に乗り込んできていました。

京に到着した一蔵は、近衛邸を訪問し
関白たる権力を利用して
尊王攘夷派の排除に動こうとするのですが、

急進派の長州藩、土佐藩たちは、忠煕らを外した上で
自分たちの思うように会議を行っているので、
忠煕とても、公武合体の流れに戻すにはなかなか難しいようです。

一蔵は、隠遁中の岩倉具視にも会いまして
何とか現状を打破すべく、そっと金を差し出します。
岩倉は、鼻でフンと笑い、足でその金を布団の下に隠します。


西郷吉之助が遠島を命じられた沖永良部島。
嵐も去って、快晴そのものです。

吉之助を訪問するひとりの男。
流人仲間の川口雪篷です。

雪篷は、久光からの遠島命令書を見る限り
牢屋に入れよとは一言も書いていないので
吉之助を牢から出そうとやって来たわけですが、
吉之助は“天命”ばかり口にして、半ばふてくされた感じです。

天命というのは、吉之助が言うような軽い存在ではなく
一切を無にして全てを天に委ねることを
“天命を待つ”と言うのだ、と。
「おはんのしちょっこつは、ただ、意地を張っちょっとにすぎん!」

ここ沖永良部島にも、生麦事件の報がようやく届いたわけですが
その事件がきっかけで日本がどれだけ揺さぶられるか。
生きてこそ、それに対しても関わりが持てるというものです。

吉之助は、雪篷と牢番の土持政照に謝罪、
栄養不足で思うように歩けない吉之助は脇を抱えられて
牢代わりの空き家に案内されます。


生麦事件により、イギリスは幕府に10万ポンド、
そして薩摩に2.5万ポンドの賠償金を要求します。
薩摩としては、これを支払うぐらいは何てことはありませんが
支払ってしまえば、非が自分たちにあるのを認めることになります。

そのために、久光は3月4日に薩摩を出発、
京に向かうことに決めました。

ただし談判が決裂した時には戦になる可能性が大きいです。
これにあたり、一蔵は藩主島津茂久の側近として
鹿児島でお留守番することになりました。


久光が薩摩を出発したその日、
将軍家茂と将軍後見職・一橋慶喜は御所に参内。
朝廷から攘夷実行の期日を決めるように迫られます。

窓口となった慶喜は、
武人として攘夷実行に当たることは約束するものの
諸外国と戦ったところで、武器の能力の差について
帝はご存知かと忠煕や三条らを問いつめます。

まぁ、無論はご存じないということになるのですが、
もし諸外国と戦を構えたとなると、京が標的になるわけで
その時に怯えおののいたとしても知りませんよ、と脅した上で
攘夷実行の期日を5月10日に決めます。

「勝てるのか」
勝てません、とあっさり言ってのける慶喜は
日本中の武士8万の先頭をきって討ち死にする、と宣言します。

幕府がイギリスに対して
10万ポンドの賠償金を支払った翌日の5月10日より
関門海峡を通過する外国船に対して砲撃を開始します。

長州藩のワガママ勝手を許さない朝廷は
久光に対し上洛を促す勅状を発行。
しかしそのやり方は、平安の昔に
源氏と平氏を戦わせたものと同じだと
一蔵は朝廷の策略には乗らないようにと進言します。


寺田屋事件で処分されたものたちが赦免されたころ、
イギリスの船が錦江湾に現れました。

小松帯刀を総大将に、一蔵は全軍の総指揮官として
イギリス艦隊と立ち向かうことになりました。
しかし、薩摩とイギリスの交渉は
続けられましたが双方とも譲歩せず。

その状況を打開するために、
まずは短刀を懐に忍ばせ農夫に化けた男たちが
船の上で喉が乾いたであろう水夫たちにスイカを売りつけ
スキを見て短刀でひと突き、という戦法に変えます。

実際に船に乗ることは出来たのですが
鉄砲を構えた水夫たちにおののき、
大山格之助、有村俊斎、西郷信吾、大山弥助ら男たちは
すごすごと引き揚げざるを得ませんでした。

文久3(1863)年7月1日、
薩摩側は開戦の決意を固めます。

島津斉彬が思い描いた開国交易の図とは
真逆の方向に進んでいることを、
一蔵は皮肉だと感じています。


文久2(1862)年9月、
朝廷は勅使を江戸へ遣わして
孝明天皇の勅命として攘夷の実行を迫る。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと5年1ヶ月──。

(『篤姫』では「(38)姑の心 嫁の心」〜「(39)薩摩燃ゆ」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」「最後の将軍」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
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[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保一蔵)

田中 裕子 (岩山いと)
賀来 千香子 (大久保満寿)
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緒形 直人 (西郷信吾)
萬田 久子 (お房)
大橋 吾郎 (小松帯刀)
三田村 邦彦 (一橋慶喜)
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柳生 博 (近衛忠煕)
角野 卓造 (三条実美)
磯部 勉 (松平春嶽)
蟹江 敬三 (大山格之助)
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北村 和夫 (大久保利世)
小林 稔侍 (岩倉具視)
竜 雷太 (川口雪篷)

高橋 英樹 (島津久光)
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制作:吉村 文孝
演出:平山 武之

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