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2015年7月 3日 (金)

プレイバック徳川慶喜・(29)将軍名代

水戸藩・江戸 小石川上屋敷──。

孝明天皇から水戸藩に下された勅状。
藩主の徳川慶篤は、一礼してその書状を開封します。

その勅状は、時の大老・井伊直弼が大軍を率いて京都に迫り、
天皇を彦根にお移しし、修好通称条約の締結に異を唱えた者たちを
罰し始める、という噂が流れたとき、

京を護衛する、という約束をしていた島津斉彬が急逝し
これでは井伊大老の思いのままに操られてしまう危惧を抱いた朝廷は
幕府の許可を得ないまま、ダイレクトに水戸藩に勅状を下したのです。
(正式な手続きを踏んで出された勅状ではないので「密勅」といいます)

水戸藩としては、密勅を速やかに各大名に回覧しなければ
天皇の意向を無視したことにもなるわけですが、
井伊大老からは、受け取るな、密勅を返納せよと横やりを入れます。
密勅を受け取った京都留守居役が捕縛され折檻されるという、
いわば「安政の大獄」のはじまりにつながった曰く付きの密勅ですが、

幕府から今ごろになって、水戸藩が受け取ってもいい!
諸大名に回覧してもいい! という許可が下り、
「むなしい……」と慶篤は落涙して悔しがります。


上洛し、京都御所に入った徳川慶喜は
小御所で天皇に謁見します。
「そなたに会えてうれしい」と喜んだ天皇は
攘夷を行い公武一和を目指せと言葉をかけます。

謁見を終えた慶喜は、控えの東本願寺に入ります。

京都守護職の松平容保からは、
将軍・徳川家茂の上洛を慶喜に急かします。

攘夷実行を目論む朝廷は、西国の大名や藩士たちを頼っていて
彼らが次々と上洛を果たし、力を大きく持ちつつあり、
力が大きくなった時に将軍が上洛を果たしても、時はすでに遅く
上洛は全く意味をなさないものになってしまうわけです。

慶喜は、ここで無理矢理幕府の意向に従わせれば
井伊大老の安政の大獄の二の舞になるからと、
ここは西国の大名や藩士たちと
話し合いによって解決するしかないと考えています。

しかも、洛中で志士たちによる
天誅が昼夜問わず行われている状態では
そんな危険な京の町に将軍を迎えられるはずもありません。

朝廷は、日本全国のことを考えて考えを主張しているわけではなく
その時に力があるものになびいて、主張を真似ているだけなので、
昨日まで北を向いていたのに、今日になって
南に向きを変えるなど当たり前に起きています。

現に、薩摩藩が主張する公武一和を望んでいたはずの朝廷ですが
今では破約攘夷という長州藩の考えに染まっているのです。
慶喜は容保が言うような、長州藩の考えに朝廷がなびく可能性を
やんわりと否定し、いずれは公武一和に戻って来ると考えています。


まず慶喜は、父の姉・清子の嫁ぎ先である鷹司家に赴き
清子の子、つまり慶喜の従兄弟にあたる鷹司輔煕と対面。

長州藩が破約攘夷を望んでいるのは表向きであって
その実は攘夷どころか開国を望んでいる。
ただし、幕府の元での開国ではなく
自分たちの手で開国したいと考えているため、
幕府を潰す手っ取り早い方法、攘夷を唱えているだけ。

長州寄りとなってきた朝廷の、
関白近衛忠煕の次なる権力者と見られている輔煕に
慶喜は揺さぶりをかけます。


攘夷決行! とヒートアップする朝廷。
小御所でも、その話題でもちきりであります。

その日の夜中、三条実美ら公家衆が
慶喜の宿舎に押しかけてきます。
「勅命ゆえ、攘夷の期限を申されよ!」

果たして天皇がこんな真夜中に
攘夷期限についての勅使を派遣するだろうか、と疑う慶喜。
攘夷期日は後で返答するとのらりくらりとかわし、
三条を親戚筋の山内容堂に探らせます。

公家たちが慶喜の宿舎に行くことは
天皇は知っているのですが、どうやら勅命ではなさそうです。
おそらく、長州藩の久坂玄瑞や桂 小五郎に
攘夷決行の期日を決めるように脅かされているようです。

公家に対して長州藩がそう激しく迫っているということは
それだけいきり立っているということです。
ここは攘夷期限を決めるしかない、と考えた慶喜は
「上洛後、将軍が江戸に戻って20日後」と決定します。


3月に入り、将軍家茂が上洛します。

将軍が上洛したのは3代将軍徳川家光以来のことであります。
ただし、朝廷に呼びつけられての上洛ですので
将軍職を罷免させられるだの、天地ひっくり返るだの
ただ事ではなくなってきました。

家茂は立派に将軍職を果たしているとはいえ、
まだ若年であります。
ここで朝廷からどのような話が出るのか?
場合によっては家茂が支えきれない話かもしれません。

ここで慶喜に白羽の矢が立てられます。

朝廷によって将軍後見職に任命されているので
朝廷の意向を聞き出せるかもしれない立場なわけです。


小御所に入った慶喜は、幕府失政を詫び
和宮降下については感謝を伝えます。
その上で、攘夷決行のためにも
引き続き幕府に政治を委任するよう懇願。

天皇は、これを認めます。


天皇から政治委任など認められるはずもなく
慶喜も大仰天しているであろうよ、と
長州藩の桂と久坂が祝杯をあげているとき、
ひとりの芸妓が入ってきました。

さくらです。


文久3(1863)年3月4日、
第14代将軍・徳川家茂が、
朝廷の攘夷実施の求めに応じて上洛を果たす。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと4年7ヶ月──。

(『篤姫』では「(38)姑の心 嫁の心」付近)


脚本:田向 正健
原作:司馬 遼太郎「最後の将軍」より
音楽:湯浅 譲二
──────────
[出演]
本木 雅弘 (徳川慶喜)
内野 聖陽 (徳川慶篤)
──────────
花柳 錦之輔 (孝明天皇)
黒田 アーサー (桂 小五郎)
畠中 洋 (松平容保)
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林 隆三 (松平春嶽)
宝田 明 (鷹司政通)
有馬 稲子 (清子)
大原 麗子 (れん(語り))
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制作統括:高橋 幸作
演出:吉田 雅夫

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