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2015年7月21日 (火)

プレイバック徳川慶喜・(32)慶喜の悪酔い

攘夷決行期限を守れず、生麦事件の賠償金支払いの責任を取って
将軍後見職を辞任した徳川慶喜でしたが、
朝廷がそれを許してくれるはずもなく。

そのころ、長州藩や薩摩藩が外国船に攻撃を仕掛けて
それの100倍ぐらいの報復を受けて惨敗し、

さらに攘夷だ! ということで、長州藩士や
長州派の三条実美によってニセの勅命まで作られましたが、
それが孝明天皇の逆鱗に触れ、京都から追放させられます。

朝廷は、なお一層の公武合体を目指すべく
同じくそれを目指していた島津久光を京に呼びます。
久光は薩英戦争でなかなか上洛できませんでしたが、
15,000の兵を率いてようやく入京します。


京での活動を封じられた長州藩の桂 小五郎が
水戸まで足を運び、藤田東湖の子・藤田小四郎と対面します。

桂の中では、将軍や老中、関白たちの横やりで
京を追放されてしまったという思いがあるせいか
何としても攘夷を実行しなければという気持ちが強いです。

ここは、長州藩と水戸藩が東西で声を上げ
双方から京都に攻め込んで天皇を救い出す。
そのために手を組もうという相談です。


慶喜が、軍艦奉行並の勝 海舟の案内で
順動丸に乗って海路、西へ進み
再び京に上ることになりました。

京都に到着した慶喜は、参与という形で政治に参加する
京都守護職の松平容保、宇和島藩主の伊達宗城、
越前福井藩主の松平春嶽、土佐藩主の山内容堂、
そして薩摩藩主実父の島津久光と対面。

勅命によって集められたわけで、
今や幕府よりも朝廷のほうが
力を持つようになっております。

議題は、やはり長州藩絡みのことです。
京を追放された長州藩ですが、巻き返しを図っているようです。

慶喜は、まずは長州藩主を呼び出し、その真意を確かめてから
事態を収められるなら収めればいいし、
できなければ討伐すればいいという判断です。

強気に出られないのも、力を持っていた三条実美が
長州に逃げ込んでいるために朝廷への遠慮があるようで、
長州征伐をするにしても、最終的には将軍の判断が必要と
あくまで最終判断は将軍にあることを強調します。

それにしても、朝廷と幕府の間に不穏な空気が何度も流れながら
公武合体で手を組んで、とここまで共存の道を選んでこれたのは
もしかしたら久光の朝廷への根回しがあったればこそかもしれません。

容保は、久光の力量を褒め讃えますが、久光は
嬉しさを感じつつ、終わったことはよしとして、と話を進めます。


というわけで、将軍が再び上洛しました。

前回の上洛は、攘夷論者の長州の天下で
討幕という話題も沸き立っていたため
将軍もなかなか乗り気ではなかったわけですが、

今回は公武一和論者の薩摩の天下ですので、
将軍は幾分かは気が楽です。

孝明天皇も、長州の半ば強引な手法にほとほと参ったのか
無謀な攘夷は望まないという文言が勅命に入っています。

開国の方針だった幕府は、もともと天皇が攘夷を迫るので
止むなく攘夷へ方針を転換させましたが、
今度は半年も立たないうちに無謀な攘夷は望まないとくれば
再び開国に風の流れが傾いたと見られるわけで、
そうなれば幕府の方針はたちまち矛盾するものになり
諸大名の信頼は一気に失墜するでしょう。

開国を望まない者たちが多い中で、
幕府が再び方針転換しました! と簡単に言えるほど
事はたやすくなさそうです。

将軍家茂の意向も受けて、
慶喜は老中たちの考えをそのまま受け入れ
攘夷の方針のまま、開国には反対とする立場を貫きます。


突然の反対に、春嶽や久光、容堂らは驚きを隠し切れません。
もともとは慶喜は開国論者であったため、春嶽は怒り狂い、
容堂は「お一人でお悩みあそばすな」と心配される有り様。

ともかく、久光が場を収め、酒席に移します。

慶喜はいつも以上に飲むペースが早く
次第に表情が険しくなっていきます。
久光の酌をするさくらを見る目がうつろになり
慶喜は目を回しています。


池田屋──。

長州藩の面々が極秘に集まり、
水戸と歩調を合わせて行動を起こすことにしたと
小五郎が報告します。

水戸と事を起こして、薩摩を追い出し
新しい日本を作り出す!
その思いは大きく、決意は固いです。


悪酔いした慶喜は
平岡円四郎たちに支えられながら運び込まれますが、
「参与会議が何だ!」と不満タラタラであります。

しばらくは控えていた平岡は、
眼光鋭く何かを見つめると刀を抜き、ヤッと突進。
そこには慶喜の命を狙う刺客が潜んでいて
平岡の不意のひと突きで倒します。

敵はそこまで迫ってきている──。


文久4(1864)年1月15日、
14代将軍・徳川家茂が2度目の上洛を果たす。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと3年8ヶ月──。

(『篤姫』では「(39)薩摩燃ゆ」付近)


脚本:田向 正健
原作:司馬 遼太郎「最後の将軍」より
音楽:湯浅 譲二
──────────
[出演]
本木 雅弘 (徳川慶喜)
若尾 文子 (吉子)
石田 ひかり (美賀)
鶴田 真由 (徳信院直子)
──────────
堺 正章 (新門辰五郎)
清水 美砂 (よし)
坂東 八十助 (勝 海舟)
花柳 錦之輔 (孝明天皇)
黒田 アーサー (桂 小五郎)
畠中 洋 (松平容保)
──────────
藤岡 琢也 (中山五郎左衛門)
林 隆三 (松平春嶽)
佐藤 慶 (永原帯刀)
岸田 今日子 (松島)
江守 徹 (島津久光)
大原 麗子 (れん(語り))
──────────
制作統括:高橋 幸作
演出:太田 光俊

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