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2015年8月25日 (火)

プレイバック翔ぶが如く・(25)薩長同盟

元治元(1864)年、
イギリス・フランス・アメリカ・オランダの4ヶ国は
下関攻撃の後、独自の対日政策を取っていました。

オランダには、もはやかつての勢力はありません。
アメリカでは南北戦争が行われており
対日政策について積極策がとれませんでした。

幕末の対日外交をリードしてきたのは、
イギリスとフランスでした。

まずイギリスは、雄藩との結びつきに外交の主眼を置きます。
それに一役買ったのが、
武器を売るイギリス商人のグラバーであります。

特に、幕府との戦争に備える長州藩は
下関での密貿易でグラバーから
大量に武器を購入しようとしていました。

一方、イギリスに対抗するフランスは
公使ロッシュを通じて幕府に接近。
幕府を強力な政権にしようとします。


慶応元(1865)年5月、ロッシュの裏工作もあり
4ヶ国の間で「日本内乱不干渉」「下関での密貿易禁止」が決議。
これにより、長州藩は事実上の経済封鎖に陥ります。

しかし、長州を孤立から守ろうとした救世主が現れます。
それが坂本竜馬であります。


9月、竜馬は西郷吉之助に会いに京都に来ました。
吉之助も2日前に大坂へ行き、京に戻って来たばかりです。
その前に竜馬は、伏見辺りからつけてきた密偵を撒き
まるでつむじ風のように薩摩藩邸に飛び込みます。

竜馬は吉之助に、薩摩名義で長州に
武器と軍艦を買ってくれないかと持ちかけます。

なんでも、アメリカ南北戦争で作りすぎた武器を
上海に持ち込んで、倉庫に積み上げているというのです。
その眠っている武器をごっそり長州藩に送り込めば
幕府軍などひとたまりもありません。

一方で、薩摩は幕府に対して京に出兵し
大量の兵士を駐屯させることになりますが、
残念ながら今年の米は不作で、頭を悩ませるところです。
そこで、安い米を大量に送り込むことが出来る、と竜馬。
そう、豊作だった長州藩の米です。

武器と米、お互いが欲しいものを売り買いする商売の
仲立ちを竜馬の亀山社中が請け負うということで、
吉之助も、あまりの考えの素晴らしさに言葉も出ません。


兵庫沖に、4ヶ国を中心とする連合艦隊が現れます。
彼らは、長州藩が異国船を砲撃した責任を
大坂の将軍徳川家茂に求めたわけです。

将軍後見職一橋慶喜は、あくまで長州攻めにこだわり
その勅許を得たいのですが、
大久保一蔵は、それを粘りに粘って阻止します。

外様の陪臣風情め、と慶喜は一蔵のやり方に怒り
朝廷に強引に迫って勅許を出させます。

いよいよ、薩摩と長州が手を結ぶときです。


資金不足の幕府は大坂商人を呼び集め
250万両の拠出金を出すように命じます。
この献金強制は、極端な物不足を呼び大混乱に。

その混乱に乗じて、桂小五郎は
幕府の警戒網をかいくぐり、長州から京に入ります。

慶応2(1866)年1月10日、桂と吉之助が対面します。
薩摩は武器と軍艦を長州に買い、
長州は兵粮米を無償で薩摩に進呈していますが、
話し合いは平行線のまま、同盟には至りません。

お互い、藩の面目を気にして
自ら口火を切って同盟を、というわけにはいかないのです。


信吾の前から姿を消したお縫が、見つかりました。

始めは、舞妓が座敷から下りる時は
所帯を持ったときか病気のとき、と言われまして
心配性の信吾は、まさか病気!? と表情が曇りますが、
どうやら誰かに身請けされていたようで。

それ以上、信吾の力では詮索できないわけですが
ふとしたところで再会しました。
京の小松帯刀邸であります。

お縫は、小松の愛人だったわけです。
それを知り、信吾は酒をあおってぶっ倒れます。


竜馬が京都に来てみれば、薩摩と長州は
未だに同盟を結んでいないというではありませんか。

桂に言わせれば、いま長州藩は日本で孤立していて
長州藩の方から同盟を願い出れば行く末も見えたも同然であり、
長州のみならず日本のことを考えてはいるものの
薩摩に頭を下げるぐらいなら、同盟を結ばずに
滅んでしまった方がマシだという桂の言葉を受け
竜馬は吉之助に、決死の説得に向かいます。

薩長同盟はついに締結します。

この時から両藩は、
討幕に向けての道を歩んでいくことになります。


しかし、その日の深夜
竜馬が宿泊していた伏見寺田屋が
幕府捕り方による襲撃を受けます。

翌朝、知らせを受けた吉之助は
多数の兵で竜馬を救い出し薩摩藩で匿い、
結婚したばかりのおりょうと共に薩摩に招待します。
これが日本で最初の新婚旅行と言われています。


6月、第二次長州征伐が始まります。
しかし開戦直後、幕府側では思いも駆けぬ事態に陥ります。
将軍家茂が薨去したのです。

それを受けて、竜馬とともに薩摩入りしていた吉之助は
一蔵に呼び戻されて京に向かうことになりました。


慶応2(1866)年1月21日、
京都の小松帯刀邸で薩摩藩と長州藩が軍事的同盟を結ぶ。

慶応3(1867)年10月14日、
徳川慶喜が明治天皇に『大政奉還』を上奏するまで


あと1年8ヶ月──。

(『篤姫』では「(41)薩長同盟」〜「(42)息子の死」付近)


脚本:小山内 美江子
原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」「竜馬がゆく」より
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:草野 大悟
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[出演]
西田 敏行 (西郷吉之助)
鹿賀 丈史 (大久保一蔵)

田中 裕子 (西郷いと)
賀来 千香子 (大久保満寿)
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緒形 直人 (西郷信吾)
渡辺 典子 (お縫)
未來 貴子 (おゆう)
益岡 徹 (村田新八)
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佐藤 浩市 (坂本竜馬)
銅口 依子 (おりょう)
大橋 吾郎 (小松帯刀)
三田村 邦彦 (一橋慶喜)
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樹木 希林 (幾島)
田中 健 (桂 小五郎)
富司 純子 (天樟院)
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制作:吉村 文孝
演出:古川 法一郎

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