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2015年10月13日 (火)

プレイバック徳川慶喜・(49)無血開城 [終]

江戸を動くことが出来ない陸軍総裁・勝 海舟に代わって
交渉役を命じられて西に向かう山岡鉄舟と
大軍勢を率いて京から東に向かう西郷吉之助が
駿府で対面します。

駿府の大総督府本営──。

西郷が提示した条件ですが、
徳川慶喜を備前藩にお預けという条件は受け入れられないと
山岡は困った顔をしていますが、
すべて満たさねばならない、と西郷は頑です。

もしすべての条件が整わなければ
討幕軍は江戸城を攻撃することになって、
徳川軍は江戸城を枕に死ぬ覚悟……になるでしょう。
大奥の人間ももはや同じことであります。

慶喜は、戦いに戦って大政を奉還したわけではありません。
まず話し合いがあり、できるだけ血が流れない方法を模索した結果
大政奉還を実行するに至ったわけです。
これらの条件には、その恩情がなさすぎます。

山岡は、もし島津公の場合でも
あなたはこの条件をすべて呑みますか? と問いかけます。
「……考えましょう」


脚本:田向 正健

司馬 遼太郎「最後の将軍」より

資料提供:渋沢史料館
    :渋沢 栄一 著 徳川慶喜公伝

音楽:湯浅 譲二

テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:岩城 宏之
演奏:東京コンサーツ

時代考証:大石 慎三郎
風俗考証:原島 陽一
建築考証:平井 聖
衣裳考証:小泉 清子

所作指導:猿若 清三郎
殺陣武術指導:林 邦史朗
御所言葉指導:堀井 令以知
京ことば指導:井上 裕季子

撮影協力:茨城県
    :水戸市
    :江戸消防記念会

資料提供:茨城県立歴史館
    :徳川博物館
    :横浜開港資料館
    :松戸市戸定歴史館
    :藤井 栄蔵
    :東京都写真美術館
    :東野 福恵
    :日本カメラ博物館

──────────

[出演]

本木 雅弘 (徳川慶喜)

若尾 文子 (貞芳院)

石田 ひかり (美賀)

鶴田 真由 (徳信院直子)

内野 聖陽 (徳川慶篤)

菅原 文太 (徳川斉昭(回想))

石丸 謙二郎 (徳川茂栄)
中原 丈雄 (梅沢孫太郎)

沼田 爆 (幸吉)
小日向 文世 (西 周)

上原 恵子 (綾小路)
芦田 昌太郎 (杉山寅之介)
神谷 けいこ (しの)
相沢 理沙 (かなえ)

折笠 富美子 (ゆき)
安井 祐子 (さと)
小林 さやか (よしの)
高関 ひかり (きく)

飯沼 慧 (会沢正志斉(回想))
藤木 直人 (村田新三郎(回想))
新井 康弘 (平岡円四郎(回想))
信太 昌之 (中根長十郎(回想))

田中 伸子 (さくら(回想))
佐藤 淳 (倉石左衛門(回想))
若葉 竜也 (七郎麿(回想))
小林 美香 (さくら(子役)(回想))

──────────

堺 正章 (新門辰五郎)

清水 美砂 (よし)

山下 真司 (ガンツム)

深津 絵里 (天樟院)

水野 真紀 (たみ(回想))

一色 紗英 (みよ(回想))

岡本 信人 (与兵衛)
河原崎 有稀 (しか)

佐藤 せつじ (有栖川宮熾仁親王)
ダン・レジョー (イギリス公使パークス)
平崎 晶子 (うめ)

小川 真司 (橋本実梁)
石坂 重二 (大久保一翁)
福原 学 (榊原前光)
鎌田 佳祐 (田安亀之助)

沢目 裕二 (榎本和泉守武揚)
福島 勝美 (浅野美作守氏祐)
石光 豊 (矢田堀讃岐守鴻)
青山 勝 (山口駿河守直毅)

伊藤 かなこ (お蝶)
土屋 恵美子 (くま)
中坪 和代 (かめ)
大野 亨美 (くわ)

三上 大和 (亀あぶ)
薗田 法拳 (丑)
中田 博之 (薩摩藩士)
納谷 利也 (水戸藩士)
和田 大法 (鳶の若衆)

松村 洋一 (鳶の若衆)
大橋 寛展 (鳶の若衆)
金子 貴俊 (鳶の若衆)
早川 健 (鳶の若衆)
柴崎 勇人 (鳶の若衆)
小曽根 直記 (鳶の若衆)

中野 耕 (を組の若衆)
グリマンデル (を組の若衆)
近藤 哲也 (を組の若衆)
西田 圭 (官軍の参謀)
清水 英彰 (官軍の参謀)
松永 久仁彦 (官軍の参謀)

浜田 道彦 (官軍の参謀)
植松 洋 (官軍の参謀)
史城 未貴 (中臈)
藤原 亜季 (中臈)
稲本 郁子 (中臈)
美斉津 明子 (中臈)

若駒
エンゼルプロ
劇団ひまわり
劇団東俳

──────────

藤岡 琢也 (中山五郎左衛門(回想))

渡辺 徹 (西郷吉之助)

坂東 八十助 (勝 海舟)

伊武 雅刀 (山岡鉄太郎(鉄舟))

三條 美紀 (とき)

佐々木 すみ江 (瀧山)

園 佳也子 (高部)

佐藤 慶 (永原帯刀)

岸田 今日子 (松島)

大原 麗子 (れん(語り))

──────────

制作統括:高橋 幸作

美術:田島 宣助
技術:上原 康雄
音響効果:若林 宏
記録:高室 麻子
編集:高室 晃三郎

撮影:横山 義行
照明:斉藤 幸夫
音声:仲野 次郎
映像技術:宮本 進
美術進行:松谷 尚文

演出:富沢 正幸


討幕軍の先鋒は駿河で止まっていますが、
その参謀長たる西郷は、勝と話し合うために
単身江戸城に乗り込んできます。
最後通牒、というわけです。

勝は、幕臣として今できることをこなしておきます。

イギリス人外交官・パークスには
もし討幕軍が江戸城まで迫り、徳川軍と戦ったならば
その戦は長らく続き、日本で商いが出来るようになるまで
かなり時間が必要になる、と脅しをかけ、

朝廷や討幕軍に何とか戦を思いとどまってもらおうと
パークスの方から交渉を続けている模様です。

万国公法に則れば、慶喜は降伏を表明しているから
その慶喜を死刑にすることはできない。
しかも朝廷の望みは、徳川から政権を奪取することであり
江戸城を受け取れば、その望みは貫徹するはずである。

それでも戦を始めるというのなら、
横浜居留地も戦に巻き込まれてしまうため
諸外国に開戦の通知を出さなければならない──。


江戸高輪の薩摩藩江戸屋敷にて、勝と西郷が対面します。

勝が提案する案は、西郷には呑み込めるものではありませんが
まずは駿府に帰って、征討大総督・有栖川宮熾仁親王に
相談してみることにします。

有栖川宮にしてみれば、
慶喜が恭順謹慎するというのはウソ偽りではないわけだし
事が穏便に運ぶのであれば
そこまで責め立てなくてもという立場であります。

それよりも、静寛院(和宮)や貞芳院はじめ
多くの者たちからの嘆願の書状が舞い込んでいまして、
無理矢理江戸城を総攻撃して、
元許嫁である静寛院の身に何かあれば、それこそ大問題です。

有栖川宮は、江戸城総攻撃の期日の延期を命じます。


慶応4(1868)年4月4日、
徳川家に対する処分が言い渡されました。

慶喜は死罪一等を減ぜられ、
水戸にて謹慎ということになりました。
ただし、江戸城を明け渡すことになりましたので
所領400万石については、減らされることは確実です。


藩主徳川慶篤が江戸から水戸に戻ってきました。

しかしその身は病魔に冒されていて
すぐに病床に伏すことになります。
それを貞芳院が必死に看病をしています。

「慶喜……」
フッと息を漏らすと、慶篤は静かに旅立ちます。

いい子だったのに……と
貞芳院の泣き叫ぶ声が響き渡ります。
4月5日、享年37でした。


9日、静寛院が清水邸に退去。
10日、天璋院が一橋邸に退去。
11日、慶喜が謹慎所の寛永寺から水戸へ出発。

そして同11日をもって江戸城は無血開城となります。


水戸に到着した慶喜は、出迎えた貞芳院に
朝敵になってしまったことを頭を下げて詫びますが、
貞芳院は慶喜の手を握り、微笑みます。

江戸の町を火の海にせず、殺し合いをすることなく
事を収拾したことを評価しているのです。
「よくやりました……よくやりました……」


閏4月29日、田安家亀之助が徳川宗家を相続することを
認める通達が出されます。
5月24日、徳川家の駿府70万石移封が決定すると
慶喜も駿河の宝台院に移って引き続き謹慎。

7月17日、江戸が「東京」と改称し、
9月8日には、慶応が「明治」と改元します。

1年後の明治2年、戊辰戦争の終わりを受けて
慶喜の謹慎が解除されました。


──完──


(『篤姫』では「(48)無血開城」〜「(50)一本の道」付近

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