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2015年11月13日 (金)

プレイバック翔ぶが如く・(37)遣韓大使志願

明治4(1871)年12月に出発した岩倉使節団の欧米視察は
当初10ヶ月の予定がなんと2年の長きに渡ってしまいます。

その間、国政を担当することになったのが留守政府。
参議筆頭・西郷隆盛を中心に、司法卿・江藤新平、
陸軍大輔・山県有朋、参議・板垣退助と大隈重信たち。

留守中は何もしてはならぬと念を押され
政権を担当した留守政府。
しかし、廃藩置県直後の激動の情勢に対応を迫られ
次々と日本の近代化を断行していきました。

明治5(1872)年9月の新橋〜横浜間の鉄道の敷設。
明治5年9月、近代化のために
国家が国民の教育を積極的に進めるべきだという学制公布。

明治6(1873)年1月、士族だけでなく
国民全員が兵士であるべきことを標榜した徴兵令。
明治6年7月、封建的土地制度を完全に打ち崩す地租改正条例。

政府首脳の半数以上が外遊中になされた数々の近代化政策。
時代の要請によってなされるとはいえ、この政策を断行したことで
やがて欧米を見て来た人々との深刻な対立を生むことになります。


明治6年4月、フランスのパリで
大久保利通のための慰労会が開かれます。

岩倉使節団に随行している村田新八、
ジュネーブに留学中の大山 巌、
司法省派遣の西欧視察団の一員として
欧州の警察を視察中の川路利良が参加。

利通は、日本に残って気張っている隆盛に
ドイツの話を土産にするつもりです。

工業を起こし、交易を盛んにした上で強い国作りを目指す。
首相・ビスマルクが言った「まず国を富ませよ」に
感銘を受けているようです。

翌5月、利通は使節団より一足早く日本に帰国します。


隆盛は心労からか胸を押さえて倒れ
西郷従道邸で養生することになりました。

日本に帰国した利通は、すぐに隆盛の見舞いに訪れますが
島津久光にいろいろ責め立てられたこともあり
利通が考えていた以上に、隆盛に負担をかけていたようです。

山城屋事件により山県有朋が陸軍大輔を辞職。
大蔵大輔の井上 馨も辞表を提出し、
江藤新平の力がますます大きくなりつつあります。
三条実美は、西郷不在もあって江藤を参議に昇格。

薩摩長州出身者を敵視している江藤の動向を探るべく
利通はしばらく休暇を取って、留守政府内の状況を見極め
国の舵取りに参加したいと考えています。


朝鮮国問題は足かけ6年、ずっと取り組んで来たことですが
外務省にまた無礼を働いたようで、
板垣退助がやいのやいのとうるさく言い出します。

外務卿の副島種臣が清国を訪問中なので
その帰国を待てと三条は板垣を説得しますが、
待てないということもご理解願いたい、と聞く耳持ちません。

隆盛は、朝鮮国は昔の日本のように鎖国をしているだけで
日本に対して無礼は何も働いていない、と
出兵して謝らせる必要は無いと考えています。


6月12日の閣議には、隆盛は軍服で出席。

板垣は相変わらず
出兵して脅してと武力での威圧を主張しますが、
隆盛は、いきなり出兵では事が大きくなりすぎるので
使節団を派遣し充分に意思を疎通してからと聞きません。

もしそれでも事が成らないとき、あるいは
丸腰の使節に対し、もし危害を加えられた場合は
大義名分を得たことになるので堂々と出兵できる。
大義があれば世界に対しても正当性をアピールできます。

朝鮮国には、隆盛自らが赴くつもりだそうで、
その場にいるものは皆、隆盛の覚悟・決断に感服します。
隆盛は、この決定を閣議決定として帝に奏上することを
三条に求めます。

弟の従道から見て、隆盛は
死に場所を見つけたような気になっているように見えます。

その話を大隈重信からの使いで知った利通は
隆盛のためにも何としても阻止すべきと考えています。

もし隆盛が使節として渡った朝鮮で命を落とすことにでもなったら
その後は、朝鮮に対して戦を仕掛けなければなりません。
これは日本にとっては隆盛にとっても、
あまりよろしくない事態です。


閣議決定から1ヶ月、利通から三条へ内々に
すべては岩倉具視たちが帰国してからと言われていて
三条は隆盛の矢の催促にものらりくらりとかわします。

利通も、直に隆盛に会って
朝鮮行きを思いとどまるように説得しますが
隆盛はなかなか折れません。

朝鮮が無礼を働いた、というものの
無礼を働いたのはむしろ日本の側である可能性もあります。
今までの幕府は朝鮮に対して丁寧に接して来たものの
新政府の横柄な役人は、高圧的に接したのかもしれません。

殺されにも戦争にも行くわけではない。
手を握りにいくのだ──。

そこまで言われては、利通は何も言うことは出来ません。


8月17日、隆盛が遣韓使節として
朝鮮に行くことが決定されます。

相変わらず休暇中の利通は、鹿児島の満寿に文を出し
満寿に有馬温泉まで来るように誘います。
妻の前ではいつもの優しい夫ですが、
時折見せる寂しげな表情が、妻はとても気がかりです。

今度の視察旅行中に、
隆盛に大きな荷物を背負わせてしまったのかもしれない。
利通はぽつりとつぶやきます。


原作:司馬 遼太郎「翔ぶが如く」より
脚本:小山内 美江子
音楽:一柳 慧
題字:司馬 遼太郎
語り:田中 裕子
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[出演]
西田 敏行 (西郷隆盛)
鹿賀 丈史 (大久保利通)

田中 裕子 (西郷いと)
賀来 千香子 (大久保満寿)
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緒形 直人 (西郷従道)
国生 さゆり (西郷 清)
堤 真一 (矢崎八郎太)
有森 也実 (芦名千絵)
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杉本 哲太 (桐野利秋)
斎藤 洋介 (板垣退助)
南條 玲子 (芦名千草)
益岡 徹 (村田新八)
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隆 大介 (江藤新平)
角野 卓造 (三条実美)
田中 健 (木戸孝允)
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制作:吉村 文孝
演出:望月 良雄

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