2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« 前日のワクワク | トップページ | 方向幕考(135) »

2016年3月 1日 (火)

プレイバック武田信玄・(15)母と子

(廊下を駆けてきた近習が、
片隅に設置された赤の公衆電話の受話器を取り)

「もしもし! お電話代わりました。ハイ! 間違いありません。
 上杉勢12,000、川中島に向かっております!」

──というわけにはいかなかった戦国時代。
情報はどのように伝達されたのであろうか。

(森の中の一本道を早馬が駆け抜けていく)
ただ今、川中島を早馬がスタートしました。

川中島から甲府までおよそ160km。
馬を乗り継いでも6時間かかるのである。

戦国時代、最も早い情報伝達の手段として
のろしが使われていた。
が、信玄ほど大規模かつ緻密に
のろしネットワークを作り上げた武将はいない。

特に12年間で5回の戦いが行われた川中島。
ここから3つのルートを通り、およそ2時間半で
のろし通信は伝わったと言われている。

疾きこと風のごとし──一早い情報の入手と、
棒のように真っすぐな軍用道路、大道を使った機動性。
信玄は謙信より遠い川中島という不利を
見事にカバーしていた。

今日ののろしは白一本。
目指すは諏訪か? 川中島か?


尼寺で落ち葉を掃き集めている大井の方。
ふと空を見上げ、清々しい笑顔で再び掃き始めますが、
急に顔をしかめ、胸を押さえて倒れ込みます。


武田晴信は、村上義清の葛尾城を攻撃するにあたって
北信濃にある葛尾城は甲斐からも諏訪からも遠いので
一番の近道で、大軍をもすぐに通り抜けられるような
直線の道を作るように諏訪満隆に命じます。

しかし、と真田幸隆。
たとえ大軍勢を素早く動かせたにせよ、
まずは真っ先に情報を掴むことでありますので、
道を作るよりも多くののろし台を作ることを進言します。

そこに、母が倒れたことを伝えに
甲府から武田信廉が来ます。

晴信は、自分は今すぐには帰れないが
なるだけ早く甲府に戻ることを約束し、
信廉とともに、まずは信繁を甲府に帰します。


元服も済ませて「義信」となった太郎は
飯富虎昌に連れられて大井夫人のお見舞いに訪れます。
そこには、晴信より一足早く戻ってきた信繁と
お屋形から三条夫人が見舞っています。

飯富と八重は次の間に控えていますが、
義信の傅役である飯富に、八重はこっそり忠告します。
「お気をつけあそばしませ。湖衣姫様がお屋形様をほしいままにし
 四郎殿に武田家の家督を継がせようとしておりまする」


夜、眠り続ける大井夫人ですが、
側にいながらも看病疲れでうとうとと船を漕いでいる信繁には
うわ言で夫(信虎)の名を呼んだような気がしました。

諏訪から甲府に戻った晴信に
一目だけでも父に会わせてはどうかと提案しますが、
晴信はそれを拒否します。

母の危篤に父を今川から呼び戻し、
一時だけ対面させて再び駿河へ送り返すというのは
父にとって親孝行にならないばかりか、
図らずも母の心を乱してしまいかねません。

信繁は、であればと父をずっと甲斐に住まわせたいと引きません。
母の最期を、父とともに過ごさせたいと譲りません。

晴信は、父を呼び戻して甲斐で余生を送らせれば
先代として父を無視できなくなってしまうため
それは国造りに大いに影響を及ぼしてしまいかねず、
国主として賛同しかねるのです。


今川家から岡部美濃守がやって来ました。
先年交わしていた約束についてです。

はて、と晴信は何のことだか分かりません。

聞けば、今川家と武田家の結びつきを強めるため
今川義元の息女・於津禰と、
晴信の嫡男・義信の縁組みについてであります。

晴信には一切知らない話ではありますが、
岡部の前では狼狽も出来ませんので、
コロリと忘れておった、という体で話を合わせます。

義信の意見も聞かずばなるまい、と晴信は言いますが、
前もって、信虎から三条夫人に書状を送り
太郎の異存もない、ということらしいです。

対面が終わった後、晴信は三条を問いつめます。
「なぜわしに黙っていた」

三条は、自分は私利私欲で動いたわけではないし
晴信の姉で義元の妻であった於豊の死去を嘆く寿桂尼の
今川と武田の結びつきを強めたいという気持ちに
異論のある者が武田家にはいようはずもないと思い、

義信の意向を確認して、そのまま今川へ書状を送ったわけで
三条としては決して悪いことをしたとは思っていませんが、
晴信に言わせれば、三条のそこが浅はかなのです。
三条の書状は、武田家の意向となって今川へ伝えられたわけです。

人と人との縁組みは祝い事ではありますが、
国と国との縁組みは祝い事ではありません。戦です。
場合によっては、武田家が窮地に陥ることだってあり得ます。
そういう戦を、女の三条が分かろうはずもありません。

最初こそ胸を張って堂々としていた三条も
少しずつ小さくなっていきます。


太郎を本主殿へ呼び出した晴信。

縁組みという国と国との腹の探り合いで
軽々しく回答したことについて叱りつけます。
そして傅役の飯富にも、縁組みの重要さを義信に教えておらず
縁組み話があったことを晴信に伝えなかった落ち度を叱責。

そのような下心あっての縁組みなら断る、と言い出す太郎に
国と国との約束事は、決まればそれが正義、
破ればそれこそ不正義となると晴信は教えますが、
義信は「お断り申し上げます」と聞き入れません。

この縁組みを断れば義信を廃嫡し、
諏訪の四郎が家督を継ぐことになるがいいか? と問われ
黙り込んでしまう義信です。
「少々傲慢だぞ、太郎」


大井夫人が危篤に陥りました。

一度目を覚ました大井夫人を見て
信繁と信廉は安堵しますが──、
「そなたたちを遺して旅立てませぬ」

晴信には弟たちを頼み、
信繁と信廉には兄を助けさせるのが母の願いです。

そして大井夫人は晴信の手を握り
言っておかなければならないことがある、と言います。
「たとえいかなることあろうとも、西に向かってはなりませぬ。
 天下とは悪しき夢じゃ」

あの方をよしなに、と言い残して
大井夫人は波乱の生涯を閉じます。

母上……母上……呼び戻せ!
力の限り呼び戻せ! 死神と取り会いじゃ!

母上! 母上! と、三兄弟の叫び声がこだまします。
鳴き叫ぶ信繁と信廉。

席を外した晴信は、
庵の外で大粒の涙を流して泣き崩れます。


この年の秋、義信と於津禰との婚儀が執り行われました。


天文21(1552)年5月7日、
武田信虎の正妻で武田晴信の母である大井夫人が逝去。
享年56。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと63年──。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
──────────
[出演]
中井 貴一 (武田晴信)
紺野 美沙子 (三条の方)
南野 陽子 (湖衣姫)
古村 比呂 (於津禰)
──────────
村上 弘明 (源助)
児玉 清 (飯富虎昌)
──────────
矢崎 滋 (立木仙元)
橋爪 功 (真田幸隆)
──────────
平 幹二朗 (武田信虎)
小川 真由美 (八重)
──────────
制作:村上 慧
演出:布施 実

« 前日のワクワク | トップページ | 方向幕考(135) »

NHK大河1988・武田信玄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 前日のワクワク | トップページ | 方向幕考(135) »