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2016年3月29日 (火)

プレイバック武田信玄・(23)信虎変身

1980(昭和55)年、
ブラジル・アマゾン川上流に大量の砂金が発見され、
またたく間に2万人を超す人々が小さな山に群がった。
その中には、医者・弁護士・果ては市議会議長までいたという。

金──それは時代を越えて
人の心をとらえる不思議な力を持っている。

その力を最も利用されたのが、日本の戦国時代であった。
戦乱の世にあっては、軍資金が調達できるかどうかが
その国力を決定した。
当然の如く、金山があるところに有力大名が生まれたのである。

晴信は、金山衆(かなやましゅう)と呼ばれた
専門技術者集団を抱え、特に金山の開発に力を注いだ。
中でも、隠し金山として知られる黒川金山は豊富な産出量を誇り、
甲斐が小国から軍事大国へと成長する原動力となった。

越後の長尾景虎もまた、
佐渡のほかいくつかの有力金山を持っていた。

晴信と景虎、この宿命の対決は
一方では、二大経済大国が
その主導権を賭けた戦いだったのである。


39歳になった武田晴信は
弟の信廉に肖像画を描いてもらいます。
没年からみれば、晴信はあと15年しか生きられないわけで
人の一生というものは、なかなか短いものです。

信繁は、越後の長尾景虎は上洛を果たしたし
駿河の今川義元も上洛する気配ありということなので、
将軍家との絆を強めておくためにも、
そろそろ上洛しては? と晴信に勧めてみますが、

絵を描いてもらっているからか、身動き一つありません。
いや、身動きできないのを良いことに
返事をごまかしているだけかもしれません。

そこへ、尾張の織田信長が上洛するために
清洲城を発ったとの知らせが舞い込みます。
「世の中動き始めておりまする。急がねばなりません」


義元は、信長が将軍足利義輝からの要請で京に向かったと知り
将軍家も見境なくなったのう、とあきれ顔です。
信長といえば、尾張守護の家臣である守護代のまた下の
さらに下の……と小馬鹿にしています。

それだけに、そろそろ自分の出番だと確信します。
上洛ではありません。
京に上り、自分が天下を治めるという意味です。


今川家に居候の身である武田信虎は
昼間から酒をあおり、大の字になって寝ております。
愛妾のらんがそれを見て、足で蹴って信虎を起こし
怒鳴り上げて庭に追い出すわけですが、

厳しい言葉を浴びせられても、らんがいなくなっては
一日でも暮らしていけない信虎は、
もはやらんの言いなりです。


甲州金山ですが、このまま掘り続ければ
5年後には産出量が
半分に減ってしまう可能性が出てきました。

国内には有力な金山が見当たらないため、
金山を得るならば、越後か駿河の金山を
目指さなければなりません。

駿河の金山が近いのう、と原 虎胤がつぶやきますが、
金山を奪うということは、それだけ大戦になり得るということ。
人馬奉行の原 昌俊は、4万の軍勢を持つ今川に
戦をしかけるのは無謀だと怒鳴り声を挙げてしまいます。

軍議が終わり、主殿を後にする昌俊と虎胤ですが、
最近不調を訴えていた昌俊が震えながら
頭を押さえて倒れました。

虎胤は、主殿で昌俊を怒らせてしまったから
病を酷くしてしまったのだ、と自分を責めますが、
フッと息を吐いた昌俊は、静かに亡くなります。

人馬奉行の役目は、昌俊の子・原 昌胤が継ぎました。


景虎は、将軍から再度の上洛要請を受け
京に向かうことにしました。

それを知った関東管領・上杉憲政は大喜びですが、
対しての上杉家の体たらく、
自分のことではありますがほとほと呆れ返っています。

とんでもない! と景虎は憲政を励ましますが、
ふと思いついたように……。
「関東管領の役目、そなたに差し上げよう」

即断は禁物、と直江実綱は忠告しますが、
景虎は、自分が関東管領となれば
“美しき流れ”を関東に呼び込むことが出来、
北条を押さえ、武田を追い出すことが出来ます。


駿河では大雨が降り続けています。

雨が降り続いているというのに、
信虎は障子戸を開けたままで酒を呑んでいます。
突然、庭の木に落雷があり、信虎は
感電したかのように身体がビクッビクッとなります。

穏やかだった表情が、急に鬼の形相になり
刀の刃で自分の顔を映し出して鏡の自分を問いつめます。
「虫けらのごとき生き様……甲斐の国主ではなかったのか!
 甲斐の国主の誇りをどこに捨てて参ったのじゃ!」

翌朝、信虎は珍しく酒を呑んでおりませんで、
らんを夜桜見物に誘いまして、らんが贔屓にしている
呉服問屋の京屋にも参加させるわけですが、

最初こそ楽しげに酒を味わっていた信虎が
豹変するのに時間はかかりませんでした。
桜は散ってこそ桜、とらんが憎々しげに言えば、
いつまでも咲かせてなるものか! と桜を睨みつけます。

「これは……別れの杯じゃ」
杯を受け取ったらんは、アッという間に飲み干します。
このらんなしには生きられぬくせに! とバカにするらんに
信虎は片肌脱いで、刀を抜きます。

「生きてみせる!」
逃げるらんを追いかけ、刀を振り下ろします。


釜無川の工事が完了し、
善光寺のご本尊を甲府に移した晴信は
名を「信玄」と改めます。

一年後の永禄3(1560)年・春、
義元が上洛するため、
兵を貸してほしいと言ってきました。

三国同盟のこともあり、信玄は快諾。
義元がよく知る山本勘助以下、
軍勢を差し向けることを約束します。

そして勘助に、指令を出します。
「織田信長と力合わせ、今川義元が首、必ず討ち取るのじゃ」


永禄2(1559)年2月、
武田晴信は長禅寺住職・岐秀元伯を導師に
出家し「徳栄軒信玄」と号す。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと56年3ヶ月──。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
──────────
[出演]
中井 貴一 (武田晴信)
柴田 恭兵 (長尾景虎)
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宍戸 錠 (原 虎胤)
小林 克也 (原 昌俊)
児玉 清 (飯富虎昌)
──────────
中村 勘九郎 (今川義元)
滝田 裕介 (上杉憲政)
宮崎 萬純 (らん)
岸田 今日子 (寿桂尼)
──────────
平 幹二朗 (武田信虎)
宇津井 健 (直江実綱)
小川 真由美 (八重)
西田 敏行 (山本勘助)
──────────
制作:村上 慧
演出:布施 実

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