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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2016年3月の31件の記事

2016年3月31日 (木)

年度末

世の中、年度末です。

年度末といえば、会社によってはいろいろあるんでしょう?
この日までに経費を使ってしまわなければ、
次年度からの予算がガクンと下がってしまう、とか。
人事関連で大多数の人間が大移動(異動)する、とか。

とは言ったって、Kassyが勤めている会社では
正確に言えば年度末ではありませんで、
いたって普通の一日であります。

明日はエイプリルフール?

Kassyにとっては普通の一日なので、
特にエイプリルフールネタは何も考えていませんよ(笑)。

2016年3月30日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(147)

終点停留所の旅“たそがれ”第117弾です。

今回はF岡県I塚市の
上M緒団地バス停をご紹介します。


Mj0734Mj0738

炭坑で働く方々にも日常の生活があり
その代表格と言っていい、住宅。

C豊を物語る町並みです。

「上M緒団地」の転回場は
そんな団地に囲まれたところにありまして、

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2016年3月29日 (火)

プレイバック武田信玄・(23)信虎変身

1980(昭和55)年、
ブラジル・アマゾン川上流に大量の砂金が発見され、
またたく間に2万人を超す人々が小さな山に群がった。
その中には、医者・弁護士・果ては市議会議長までいたという。

金──それは時代を越えて
人の心をとらえる不思議な力を持っている。

その力を最も利用されたのが、日本の戦国時代であった。
戦乱の世にあっては、軍資金が調達できるかどうかが
その国力を決定した。
当然の如く、金山があるところに有力大名が生まれたのである。

晴信は、金山衆(かなやましゅう)と呼ばれた
専門技術者集団を抱え、特に金山の開発に力を注いだ。
中でも、隠し金山として知られる黒川金山は豊富な産出量を誇り、
甲斐が小国から軍事大国へと成長する原動力となった。

越後の長尾景虎もまた、
佐渡のほかいくつかの有力金山を持っていた。

晴信と景虎、この宿命の対決は
一方では、二大経済大国が
その主導権を賭けた戦いだったのである。

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2016年3月28日 (月)

風と共に去りぬ?

Kassyが今の会社に入社して、
一貫していろいろとお世話になっていた上司が
この春の異動で県内の別店舗に移られることになり、
今日がその最終日でした。

引っ越しを伴う転勤だったので
送別会は時間的に無理だろうと判断し、
代わりとしてチームからカンパを戴いて
ささやかなプレゼントをお渡ししました。

でも、今日が最終日なので
せめて最後に熱い抱擁……もとい固い握手でも、と考えまして
Kassyと同様に上司にお世話になっていたであろう
チームの同僚たちと従業員通用口に待機していたら、

上司はKassyたちに目もくれず、
風のようにピューッと去っていかれました(^ ^;;)
アッという間。
待機していたKassyたち、口をポカーンw

Kassyがその上司と働いた4年10ヶ月も、
ピューッと飛んでいってしまった感じでした(笑)。

2016年3月27日 (日)

大河ドラマ真田丸・(12)人質 〜信繁鉄火〜

徳川の刺客となった室賀正武を、昌幸は返り討ちにした。
これをもって真田は信州小県を平定。
それは、徳川との長い戦いの始まりでもあった──。


徳川の資金で作らせた、上田城。

ここからの眺めはとてもよく、
真田信繁ときりは二人でそれを眺めています。

信繁は、室賀正武の返り討ちにあたって
涙ながらに叫んだきりに礼を言います。
自分の気持ちを代弁してくれたから、だそうです。
(きりは照れ隠しか“そういうことにしておきます”と返しますが)

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2016年3月26日 (土)

講師役

人前に出てものを教える、という“実演会”が
ウチのお店で明日ありまして、
ついにKassyにそのお鉢が回ってきてしまいました。

Kassyが塾の正社員講師をやっていたことは
ブログ開設の初期の頃にお越しのみなさまは
すでにご存知かと思いますが、

もともとKassyは人にものを教えることは大好きで
講師スタイルの基本は押さえているつもりだし
改まって何の躊躇もないのですが、
人前に立って教えるって何年ぶりなんだろう……??

塾の正社員講師を退職して、
転職した某オーディオメーカーの販売員として
某Y電機の社員さん向けに勉強会で説明したとき以来か?
だとしたらあれは27歳のときなので、13年ぶり、ということに。

明日はどんな方が来るのか、
どんな質問をされるのか分からないので
それだけは事前に準備しておいて、
用意周到で挑みたいと思います。

2016年3月25日 (金)

プレイバック武田信玄・(22)奸風発迷

晴信が信濃平定を果たしたころ、
尾張国でも織田信長が国内の統一を目指し
苦しい戦いの日々を送っていた。

織田家は代々、下剋上の家系である。
父の死によって信長が家督を継ぐや否や
一族や重臣たちの謀反が起こり、再び国内は乱れていった。

これに対し信長は、武力をもって平定していったが
ここにきて最大の危機に直面することになる。
実の弟・信行と有力な家臣である柴田勝家が
信長に対して反旗を翻したのである。

信長は数々の内乱を鎮め、
9年の歳月をかけて尾張を統一した。
尾張統一、その時信長は戦国大名として
晴信と肩を並べるまでの力をつけていた。

織田信長、やがて晴信の前に立ちはだかり
武田家を滅亡へと追いやる宿命を持った男なのである。

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2016年3月24日 (木)

vol.189・プレッシャー

vol.189・プレッシャー
(パーソナリティ:Kassy)

第189回放送です。

ごめんなさい、誕生日ネタからふくらませて
そのままフリートークしちゃいました。
今回用意していたネタはまたの機会に。

今回のListening Pointは……
反面教師


番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2016年3月23日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(146)

終点停留所の旅“たそがれ”第116弾です。

今回はF岡県I塚市の
T野バス停をご紹介します。


Mj0726

おっとっとっと。行き過ぎちゃった。

バスの転回場というのに気づかなくて、
そのまま通過しちゃいました。

バスは画像の奥からこのスペースにやって来ていました。

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2016年3月22日 (火)

プレイバック武田信玄・(21)景虎失踪

上杉謙信の旗印は『毘』の一文字。
“毘”は、毘沙門天の“毘”である。

謙信はなぜ、“毘”を旗印にしたのだろうか。

毘沙門天は、あらゆる悪に打ち勝つ守護神である。
また北方、北の方角にあるものすべての守り神でもある。

謙信の目に映る戦国の世は、悪がはびこる暗黒の時代である。
北の越後の主として、自らを
毘沙門天の生まれ変わりと信じたとしても不思議ではない。

謙信にとって、“毘”は尽きない正義の旗印だったのである。

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2016年3月21日 (月)

ですよね。

今日は3連休最終日。
ということは祝日です。

ただ、おしごとのシフトの関係で
毎週月曜日なみの人員でありまして、
(いやむしろいつもよりも少ないか?)

その小人数でお店を回さなければならないということで
朝から晩までてんてこまい。

なので、やらなければならない業務には
一切手がつけられず。
当然のことながら、残業コースとなりました。

ま、何を言われても「ですよねー」な一日でしたw

2016年3月20日 (日)

大河ドラマ真田丸・(11)祝言 〜昌幸暗殺〜

真田は頑として沼田を明け渡そうとしない。
北条は、再度 徳川に真田の説得を迫った。
追い詰められた家康が取った策とは……。


夜遅く、徳川家康は室賀正武を呼び出し
真田昌幸についてどう思うか聞いてみます。

室賀は、家康が言わんとしていることは
沼田のことだな、とピーンときまして、
小県の国衆をここまで引っ張って来たのは真田昌幸、と
日ごろは見下しているのに今回は珍しく褒めちぎります。

家康は、上杉が支配する虚空蔵山城(こくぞうさんじょう)が接する
小県の北の海士淵(あまがふち)に城を築いておりますが、
その城は完成後、真田が所有することになっております。

その証文には、室賀ら小県の国衆の名も一切書かれていません。
形として、家康も室賀も昌幸にだまされた格好だというのです。
家康が出て行った後、室賀はシブい顔で本多正信に聞きます。
「何をすれば良い?」

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2016年3月19日 (土)

早上がりの日は

時間に比較的余裕があるので、
ブログだったりインターネットラジオだったりツイッターだったり
そういったKassyがやっていることについて
あれこれと企画を練っています。(本格的ではなく、ただ漠然と)

まぁ、そういう企画をされたことのある方はお分かりだと思うのですが、
計画を練っているときってとても楽しいんですよね。
あれやってみよう、ここに行ってみよう、誰を呼ぼう、などなど。

ただ、その計画が実現に向かって順調に行けば行くほど
実施日までの間で、必ずどこかのタイミングで
“あぁ、やめておけばよかったかなぁ”って
猛烈に不安になることも、正直あります。

でも、結果的にふたを開けてみれば
「やってよかった!」につながることも多いわけで、
そうなると、“また次!”ってなってつながっていきます。
(正確には、終了直後には“もうやらん! 疲れた!”がほとんどw)

今日も、一つは5月下旬ごろの、もう一つは7月上旬ごろの
2つのイベントについて実は漠然と空想していたのですが、
今日からの時間を考えると、それぞれそろそろ
本格的に動き出さないと手遅れってことになりかねません。
(いや手遅れにはなりません。できなければやらなきゃいいんだから)

時間ってすぐに経過していくから、ちょっと焦っているKassyです。

2016年3月18日 (金)

プレイバック武田信玄・(20)二百日の対陣

敵を知り己を知れば百戦危うからず──。

現代野球では、先々対戦するチームの
戦力や調子を調べることが重要な戦略の一つである。

戦国の諜報部員、彼らに与えられた名は数知れない。
乱波(らっぱ) 透波・素波(すっぱ)
草 のきざる 忍びの者 隠密 etc.
いずれにせよ、いわゆる忍術使いではなく
スパイ活動や噂をバラまくなど情報活動を主としていた。

戦国大名のなかでも、晴信はこの情報戦を重視し
乱波たちの他にも、僧侶・山伏・商人など
あらゆる人間たちを使って情報を集めていた。
その武田情報部の要となったのが、山本勘助である。

三河国、今の愛知県に生まれた勘助は武芸百般に優れ
日本中を歩いてその事情にも通じていた。

そしてもうひとり。
あの猿飛佐助・霧隠才蔵を従えた真田幸村の
祖父にあたる人物がいる。
信州忍者軍団を率いる真田幸隆である。

真田幸隆と山本勘助。
この類いまれなる参謀を得て、
甲斐は一大情報王国となったのである。

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2016年3月17日 (木)

ノルマ

働いている会社の、Kassyの職種では
ありがたいことに(?)営業ノルマというものは存在しません。
ただ、個人成績、ひいては昇給につながる
直接的な“課題”のようなものはあります。

昨年度、がんばって60通余りを提出したKassyですが
提出した割には大して昇給しなかったもので(^ ^;;)
今年度、提出をちょっとおサボりしてしまったのですよ。
このままでは、評価は0どころかマイナス評価です。。。

で、年度末。

その課題は提出期限が明日(3月18日(金))だったのですが、
ワタクシ、毎週金曜日は会社お休みなので
20時に終業だったワタクシ、とりあえず提出数が2ケタになるように
今日会社に居残って、カキカキしてきました。

まぁ、その提出した枚数の中で、
どれだけ認められてどれだけ却下されるかで
今年度の提出成績が決定するのですが、
全て認められれば微々たるものですがプラス評価、
一部認められなければゼロ評価となりますw

あとは運を天にまかせるとしましょう。

2016年3月16日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(145)

終点停留所の旅“たそがれ”第115弾です。

今回はF岡県K麻市の
I築S田バス停をご紹介します。


バス停のお話の前に、
近辺にあった沖出古墳に行ってきましたので
それをご紹介しておきましょw

Mj0717Mj0720Mj0718

前方後円墳、小学校社会でも習いましたね。
真上から見れば鍵穴のような形のものです。
ただし、鍵穴の“まる”は後ろ、“しかく”が前。

後円の部分にある石室にも行くことができます。

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2016年3月15日 (火)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

たっくんさん


今日、3月15日は
“ヘビーコメンテーター”のたっくんさんの誕生日♪

てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

あなたにめぐり逢えて本当によかった。
一人でもいい、心からそう言ってくれる人があれば。


(相田みつをさんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

2016年3月14日 (月)

プレイバック武田信玄・(19)三国同盟

第二次世界大戦は、
アメリカ・イギリス・ソビエトを中心とする同盟国と
日本・ドイツ・イタリアを中心とする
数十国との世界的な戦争であった。

古来、国と国との関係は
政治的な主義主張や、経済的な利害で結びつき
あるいは決裂し、複雑な歴史を繰り返してきた。

戦国時代、各大名は
姻戚関係で国同士の結びつきを強めてきた。
武田晴信の姉・於豊、嫡男義信は今川家と婚姻関係を結び
北条氏康は今川家から妻を迎えていた。

甲斐・駿河・相模の三国は強い絆で結ばれていた。

しかし、この三国の周りには
長尾・上杉・織田などの強大な勢力が控えていた。
ここに、北条氏康の相模、今川義元の駿河、
そして武田晴信の甲斐──。

三国は、今新たに堅く結ばれようとしていた。

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2016年3月13日 (日)

大河ドラマ真田丸・(10)妙手(みょうしゅ) ~誰も死なせぬ策〜

徳川についた真田は、北条軍に大きな打撃を与えた。
しかし、徳川と北条とが突然の和睦。
真田は領地を奪われる形となった。
昌幸が打つ、次の一手は──。


甲斐・信濃は徳川のもの、上野は北条のもの。
徳川家康と北条氏直の同盟によって、
領地は両者に分配されることになってしまいます。

「お主はなめられておるのだ!」
室賀正武が怒鳴り散らすのも無理はありません。
しかし、真田昌幸は何がどうなっているのか
さっぱり分からない、とため息ばかりです。

昌幸の弟・信尹は、徳川家重臣の本多正信に対面し
北条と徳川の戦で徳川に勝たせるために
真田が味方したことをお忘れなく、と釘を刺しておきます。

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2016年3月12日 (土)

プレイバック武田信玄・(18)さらば湖衣姫

時、まさに健康ブーム。

日本人の平均寿命は……
[女性]80.93歳 [男性]75.23歳 (昭和61年)

今や世界一の長寿国である。

“健康”という2つの文字に、
人類はつねに最大の関心を持ち続けてきた。

古くから人間を苦しめてきた病に「結核」がある。
昭和25年ごろ、全国に50万人以上の患者がいて
死亡原因の第一位を占めていた。
今では抗生物質の普及で結核患者の数は大幅に減少したが
時々集団感染が起きるほど、結核菌は強力なものである。

晴信の側室・湖衣姫が冒されていた労咳も
結核菌が引き起こしたものである。
決定的な治療法がなく、衛生環境も悪かった戦国時代、
結核によって死ぬ危険性は、
現代とは比べ物にならないほど高かったに違いない。

労咳にひどく蝕まれていた湖衣姫。
いま、その若い命を閉じようとしている。

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2016年3月11日 (金)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

うっちゃんさん


昨日、3月10日は
“ヘビーコメンテーター”のうっちゃんさんの誕生日♪
(昨日は『ヤッテキ!!』の更新日でありまして、
はぴはぴネタは1日遅れのご紹介となりました。あしからず)


てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

上を向いて進め、下を向いて暮らせ、過去を思い出して笑え。


(野村克也さんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

2016年3月10日 (木)

vol.188・旅情空間

vol.188・旅情空間
(パーソナリティ:Kassy)

第188回放送です。

せっかく3連休取れたんだもの。
そうだ、どっかに行こう。
録り鉄のみなさんも必聴の旅情空間をみなさまで。

今回のListening Pointは……
気になる女性


番組に関するご意見・ご感想は、
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2016年3月 9日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(144)

終点停留所の旅“たそがれ”第114弾です。

今回はF岡県F津市の
西F間三丁目バス停をご紹介します。


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かつてここには、N鉄M地岳線「F間駅」がありました。

この写真のこの辺りには
電車が走っていた平成19(2007)年3月末までは駅建物があり、
鉄道線が廃止されて代替バス路線(行先番号[1-3])が運行されていた
平成21(2009)年3月末までは、バス転回場とバス停がありました。

取材当日(平成25(2013)年9月20日)時点では
駅建物は取り壊されて完全になくなってしまい、
今やその名残りすらなくなりつつあります。

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2016年3月 8日 (火)

プレイバック武田信玄・(17)虎との出会い

「男は、外にあってつねに7人の敵を持つ」という。
思わぬところから敵は現れ、意外な時に目の前に立ちはだかる。

男は誰でも野心を持ち、そのゴールに向かって突き進む。
例えば、戦国の武将・武田信玄と上杉謙信。
信玄は西の京を目指し、謙信は関東の統一を夢見ていた。
ふたりの生涯の目的は、互いに別のものであったという。

しかし現実にはそれぞれ異なる目的を全うするため
相手を敵に回さざるを得ないことがある。
かくて、晴信と景虎の12年戦争は
今まさに始まろうとしていた。

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2016年3月 7日 (月)

先が長いと

次の休みまで「あと○日!!」なんてカウントダウンしようものなら
そのお休みの日がやってくるまでの間に
息切れしてしまって疲れてしまいます。

だから、休みまで先が長いと、
あまり先のことを考えないようにしています。

これは自分の中でもそうですし、
誰か別の人間にカウントダウンされても
かなり不機嫌になると思います。

だから、フッと気がついたら「明日休み!?」
なんて感じにしておきたいのです。

んで、今日から見たら明日は休みではないのですが、
明日さえこなせば、待ちに待ったお休み。
大変だろうなぁ、なんて事前に考えていた以上に
すんなりこなしてこれましたw

明日、どうにかがんばる。
うん。

2016年3月 6日 (日)

大河ドラマ真田丸・(09)駆引 〜命と戦〜

織田信長の死から始まった、東国の覇権争い。
北条と徳川がついに激突する。
その裏で、昌幸は誰も想像しない形での決着を狙っていた──。


徳川を甲府に追い詰めた、との知らせを受けた北条氏政は
特に喜ぶでもなく、安堵するでもなく
飼っていた鷹にエサを与えながらシブい表情です。
「家康も、これまでか」

北条軍は信濃での上杉との戦いを避けて南下。
甲斐にいる家康の軍勢の襲いかかったわけです。
新府を拠点に巻き返しを図った家康でしたが、
窮地に陥っています。

真っ正面から攻めよと鼻息洗い本多忠勝の策を
そんなものは策ではない! と一蹴した本多正信は、
旧武田家家臣を味方につけるのが得策と家康に進言します。
「例えば──真田安房守とか」

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2016年3月 5日 (土)

習慣っておそろしい

毎週土曜日が6時半出勤の開店要員となって
かなりの時間が経過しますが、
昨日が22時半退勤の閉店要員でありまして、
その関係で今日は通常の9時出勤に変更。

でも身体は“6時半出勤”で覚えているんですよねぇ。

いつもはすでに退勤となっている時間帯に
まだおしごとを続けていますと、
残業している感覚になるんですよね。
(残業は一切してませんしてませんw)

つくづく、身体のリズムというか
習慣っておそろしいなぁって思います。

2016年3月 4日 (金)

プレイバック武田信玄・(16)信濃征服

平安時代末期、初めて歴史に登場した騎馬武者は
またたく間に勢力を広げていった。
その頂点にあったのが、
当時最強と謳われた武田騎馬軍団である。

なぜ、彼らは強かったのか。

甲斐は馬に恵まれていた。
八ヶ岳や駒ヶ岳のふもとには奈良時代から牧場が設けられ
数多くの馬を生産していたのである。

当時の馬は、現在のサラブレッドに比べて
はるかに小型ではあったが、
頑丈で、持久戦にも良く耐えた。

馬は乗り手を選ぶ。
甲斐は馬の乗り手にも恵まれていた。

生活のなかで、馬と慣れ親しんでいた甲州武者たちは
戦場という修羅場にあっても、
思いのままに愛馬を操ったのである。

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2016年3月 3日 (木)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

やまさん


今日、3月3日は
“ヘビーコメンテーター”のやまさんの誕生日♪


てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

「ああ、これは、悪魔のささやきなんだなあ。」
チヤホヤされると、いつも、自分を戒めています。


(イチローさんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

2016年3月 2日 (水)

方向幕考(135)

幕ファンのみなさま、
大変長らくお待たせいたしました。

“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”
通称“幕コレ”の第80弾は
N鉄バスC豊のN方営業所車両を
ご紹介します。


Kassyがこのバス車両の調査に入ったのは
N方営業所所属の一般路線バスのほとんどが
LED方向幕に切り替えられた後でありまして、

方向幕車としては残りわずか、
そしてLEDへの切り替えも時間の問題という
かなり切羽詰まったような状況の
ギリギリのときだったと思います。

全て切り替わってしまってから、
幕の時に調査できていればなぁ! と後悔しても後の祭り。
……であることは、今までにも相当数経験していることなので、
同じ失敗は繰り返しませんっ。

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2016年3月 1日 (火)

プレイバック武田信玄・(15)母と子

(廊下を駆けてきた近習が、
片隅に設置された赤の公衆電話の受話器を取り)

「もしもし! お電話代わりました。ハイ! 間違いありません。
 上杉勢12,000、川中島に向かっております!」

──というわけにはいかなかった戦国時代。
情報はどのように伝達されたのであろうか。

(森の中の一本道を早馬が駆け抜けていく)
ただ今、川中島を早馬がスタートしました。

川中島から甲府までおよそ160km。
馬を乗り継いでも6時間かかるのである。

戦国時代、最も早い情報伝達の手段として
のろしが使われていた。
が、信玄ほど大規模かつ緻密に
のろしネットワークを作り上げた武将はいない。

特に12年間で5回の戦いが行われた川中島。
ここから3つのルートを通り、およそ2時間半で
のろし通信は伝わったと言われている。

疾きこと風のごとし──一早い情報の入手と、
棒のように真っすぐな軍用道路、大道を使った機動性。
信玄は謙信より遠い川中島という不利を
見事にカバーしていた。

今日ののろしは白一本。
目指すは諏訪か? 川中島か?

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