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2016年4月 1日 (金)

プレイバック武田信玄・(24)義元討死

今川義元(42歳)──駿河・遠江・三河、
それに尾張の一部をも支配する百万石の名門。

一方、織田信長(27歳)は
同族との骨肉の争いに明け暮れ、この時
尾張一国をほぼ平定したばかりであった。

永禄3(1560)年5月1日、
現在の静岡市の駿府城を発った今川の大軍はおよそ25,000、
5月19日には駿府からおよそ150kmの地点、
現在の豊明市、あるいは名古屋市緑区の付近に到着している。

一方、織田軍は
清洲城を発った時には信長以下わずかに7〜8騎。
後で追いついた2,000ほどの軍勢をもって
義元の本陣を襲ったのである。

世に有名な『桶狭間の合戦』。
戦国の世の風雲児・信長は
今まさに歴史の表舞台に飛び出そうとしているのである。


今川義元が首、必ず討ち取るのじゃ──。

義元が元主君でもある山本勘助は
武田信玄の密命に、黙って従います。
「今川殿、京へは上らせぬ」


今川家の食客である武田信虎は
義元が上洛して天下に号令をかけることを知って
ご機嫌伺いに訪れますが、

今や天下まであと一息の義元を見ていれば
信玄の愚将ぶりが目にあまり、とても腹立たしく
結局は愚痴になってしまいます。

義元としては、自分が天下をつかさどり
晴信には東日本を任せる、と言っていますが、
(これは信虎を喜ばせるためのでまかせ?)
そのためには越後の長尾景虎をどうにかしなければなりません。

非力な信玄であっても必ず勝ってみせるといきがる信虎。
しかし寿桂尼は、ぜひそのように、などと
挑発的に信虎の言葉を遮って言うものだから
信虎は完全に顔を真っ赤にして怒り始めてしまいます。

寿桂尼は信虎に、下がられよ、と命じると
寿桂尼に対して「ばばあ!」などと暴言を吐いてしまいます。
義元は、能面のような表情のない表情になります。
「信虎、下がれ」


能を楽しんでいる織田信長に、今川情報が入ります。
昨日、3万の軍勢で駿府城を出て西に向かっているとのこと。
その途上には、この清洲城があります。

しかし信長は、今は能の最中じゃ、と聞こうとしません。
柴田勝家は面食らい、平伏するしかありません。


永禄3(1560)年5月13日、掛川着。

掛川の陣で、勘助は義元と久々の対面。
上機嫌の義元は、勘助に杯を取らせます。

ただ、義元は勘助を心底信じているわけではなさそうです。
昔の主従関係であった義元と勘助であれば、
お互いに相手のことを知っているし、意気投合しやすいですが、
それがかえって油断を生じさせ、破滅につながりやすいからです。

五分は疑い、五分は信じる──。
これが生き残る者の生きる術と言えるかもしれません。


勘助は、さっそく秘密裏に動きます。

梁田政綱を呼び出した勘助は、
織田殿は今川を討たれよ、と伝えます。

今川軍が尾張領内に入ったら3万の軍勢が幾つかに分かれ
小さな城を潰しながら西に向かう予定です。
よって、アリの這い出るすき間もありません。
今のうちに、今川を討つ方法を考えろ、というのです。

今川軍が尾張領内に入ったら、
その動きを知らせると勘助は約束します。
「そなたを信じるしかなさそうじゃな」


5月18日、尾張沓掛城──。

織田勢に動く気配がありません。
目の前にある鷲津砦、丸根砦は昼前には落とせそうです。


清洲城では、信長は相変わらず鼓を打っています。
柴田ら重臣たちは武具甲冑に身を包んでいますが
不安がって、信長を見つめています。

ふと打つのをやめ、尾張の地図を見つめる信長に
柴田は声を荒げます。
「早く、籠城のお下知を!」

うんうん、と頷きながら
わしはしばらく寝るぞ、と席を立って行ってしまいます。

別室で、戻った梁田から報告を受ける信長は
少々話が出来過ぎている、
ウソつく者は必ず「己を信じよ」と言う、などと
不安材料ばかり並べますが、

もしも信玄が上洛を希望しているならば、
義元を討てば駿河という西の出口を得られ
しかも金山も海も手に入るという一石三鳥であります。
これは勘助が云々というより、吉兆であるに違いありません。

「出陣の用意致せ!」
信長は、大好きな『敦盛』を舞います。


5月19日・早暁──。

雨の中、少数の騎馬隊が走り抜けます。
先頭は、信長です。


「信長が城を出た?」
相変わらず上機嫌な義元ですが、
勘助からの報告に少し不安気な表情を覗かせます。

しかし、その数が700〜800と聞いて呆気にとられます。
25,000の大軍に比べれば、ほんの少しです。
ご用心を、という勘助の忠告を遮って大笑いです。


今川軍が桶狭間に向かっているという
1時間ほど前の情報を梁田から聞いた信長。

狭間という土地を考えると、
25,000の大軍は長く細くなって行軍せざるを得ず
信長が考える、他は構わず義元本隊のみを急襲するという戦法は
ひょっとしたら……ひょっとするかもしれません。

よし、行こう! と小屋を出た時、
そこには勘助が控えていました。
信長は勘助から義元本隊の場所を詳細に聞き取り
本隊目がけて飛び出して行きます。


桶狭間に並ぶ家で雨宿りをしていた義元ですが、
雷鳴の中、軍勢が雪崩を打ったように
分け入ってくるのが見えます。

敵だ! と認識した時にはすでに遅く
幾人から斬られ、よろめいて庭に落ち、
突っ伏してしまいます。
「……都へ……都へ」


永禄3(1560)年5月19日、
尾張国桶狭間で合戦が行われ、今川義元が討ち取られる。
『桶狭間の戦い』

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと54年11ヶ月──。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
──────────
[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
紺野 美沙子 (三条の方)
石橋 凌 (織田信長)
麻生 祐未 (濃姫)
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児玉 清 (飯富虎昌)
大門 正明 (市川大介)
河原崎 建三 (梁田政綱)
──────────
中村 勘九郎 (今川義元)
内藤 武敏 (岐秀和尚)
岸田 今日子 (寿桂尼)
──────────
平 幹二朗 (武田信虎)
小川 真由美 (八重)
西田 敏行 (山本勘助)
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制作:村上 慧
演出:重光 亨彦

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