2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« よふかし | トップページ | バス停について本気出して考えてみた(149) »

2016年4月19日 (火)

プレイバック武田信玄・(29)勝利と敗北

世に有名な「川中島の合戦」。
武田信玄と上杉謙信が雌雄を賭けた一戦であり、
かつ極めて悲惨な戦いとしても歴史に残るものであった。

決戦の場は、広さおよそ2平方キロメートル、
両軍合わせて33,000の将兵が9時間に渡って戦闘を繰り広げた。
戦い終われば、そこに8,000の戦死者が残されたのである。

武田軍の戦死者は、全軍20,000人のうちおよそ4,600人。
全体の23%にあたる。
一方上杉軍は、(全軍13,000人のうち)およそ27%の
3,500人であった。

死者と同じ数の負傷者がいたとして、
死んだり傷を負ったものは全軍のほぼ半数と推定できる。
ちなみに天下分け目の「関ヶ原の合戦」では、
東軍の戦死者は、わずかに4%であった。

より多くの死傷者を出しながらも、川中島に踏みとどまった武田軍。
合戦の勝ち負けについてはさまざまな説がある。
しかし両軍が、その勝利と敗北に払った犠牲は
あまりにも大きかったのである。


武田信玄と上杉政虎が相見えた「川中島の合戦」は
最初は政虎の勝ち戦で、後は信玄が勝ちましたが、
未だ戦は終わっておりませんでした。

善光寺方面へ敗走する上杉軍を追って攻撃を続ける武田軍。

善光寺に陣を張る様子の上杉軍を見て、馬場信春は、
政虎の首を取るべく、善光寺町に火をかける許可を求めますが、
武田の領土である善光寺に火をかけるとは何ごと、と
信玄は全軍に「引け」の合図を出します。

7割勝てば勝ち戦、
あとの3割を勝つために無益の戦をしてはならない。
信玄のポリシーです。

ただ、ナレーションの大井夫人曰く
正直に言えばこの戦いに勝ち負けはありませんで、
次男・武田信繁を失っただけでも大いなる敗北であり、

まして山本勘助はじめ多くの家臣・兵の命を奪ったことは
詫びねばならないことでもあります。と。


死体が転がる川中島を
平三がとぼとぼとあてなく歩いています。

そこに遠くから「兄者〜! 兄者〜!」と呼ぶ声。
弟の平五です。

再会に涙する、兄弟。
兄は、足を負傷している弟をおぶって
陣に戻っていきます。


信玄は戦に出た武将たちを海津城に集め
賞罰について話し合います。
恩賞については、まぁ戦よりも難しいですが
なるだけ不公平がないようにと注文をつけます。

そして──。

本陣(=信玄)の命令に背いて秩序乱した
嫡男・武田義信の処分について、です。

義信は、自分たちが頑張ったからこそ
敵が崩れはじれたと信じるもので、
信玄が言うような、じりじりと引く計略を用いる
余裕すらないはずだ、と申し開きをします。

戦はその時その時の潮の流れで決断を変えるべきであり、
命に従って負けるのは下の下と義信は考えています。
逆に言えば、あのように敵を崩れさせて戦を勝利に導いても、
罰を受けることになるのか、と言いたいわけです。

「黙れッ!」
信玄の怒りは沸点に達しておりますが、
傅役の飯富虎昌は、義信を庇います。

そこに真田幸隆が恩賞! 恩賞! と騒ぎ立て
原 虎胤と言い合いになります。
飯富三郎兵衛は、捕らえた敵兵の処分について
信玄に伺いを立てます。

真田も原も、そして三郎兵衛も
それぞれがみな勝手に発言しているわけではなく
信玄と義信の確執を止め、
遠回しにふたりを引き離そうとしているわけです。

捕らえた敵兵の処分は、武田信廉が
いちいちお館さまに報告すべきことではなく
若殿とともに適当に処理せよ、と言われて
三郎兵衛は義信を伴って下がっていきます。

一点を見つめたままの信玄は
家臣たちの気遣いに感謝しつつも、
義信の勝手な振舞いは許さず、もう一度
このような振舞いに出れば切腹させると宣言します。


その夜、信玄は高熱を発して
立木仙元の看護のもと、床に伏しております。

これだけの死傷者を出した大戦の直後だけに
信玄は、死について考えていました。
一度、心臓が止まってしまえば迎える死。

医者の立木に聞けば、自分は命を救ってきた人間なので
死についてはよくは分からない、と言われます。
ただ、信玄はまだまだ若いですが、年老いた自分は
死はもはや「隣人」のようなものだ、と立木は笑います。

ふと、外で人の気配を感じた信玄。
立木に明かりを消すように言おうとしますが
立木は何でそんなに慌てているのか分かっていません。

シュッという音がして、立木の背中に矢が3本……。

信玄は明かりを消し、太刀を手に取ると
乱入してきたらっぱたちと斬り合いになります。
そこに近習たちも加勢して、全員を倒します。

三郎兵衛を呼び出した信玄。
虎昌は、“呼ばれてもいないのになぜ行くのだ”という
義信を連れて信玄の元に駆けつけます。
「行かねば疑われまする」

越後のラッパが紛れ込んでいて、
立木は自分の盾となって死んだと怒りに震える信玄。
先ほど話に出てきた、一旦捕らえた敵兵の処分ですが
三郎兵衛曰く、その多くは農民であることもあり、
明日にでも国許に帰すことになっていました。

「捕らえし敵の兵、残らず首をはねよ!
 越後国境にバラまけ!」
この処分には、義信も恐怖におののきます。


戦死者の供養を済ませた武田軍は
躑躅ヶ崎の館に戻ってきました。

わずかながらに褒美を持って帰った平三・平五ですが
母のとらに褒美を強引に取られてしまいます。

汗臭い身体を川で洗って来い! と兄弟を家から追い出したとらは
床下から瓶を取り出し、しっかりと貯金。
兄弟がなまけものになりませんように、と手を合わせながら。
恐らくこの金は、ふたりに嫁が来たときのための貯蓄のようです。


虎胤は、死の直前まで一緒にいた
平三をつれて山本勘助の家に出向き、
妻のきぬと著難の勘市に勘助の形見を差し出して
最期の様子を伝えます。

平三は、窮地のところを勘助に助けてもらったので、
もし勘助がいなかったら、自分の命はもとより
武田軍は負けていたかもしれません。
「今度川中島に行ったら、山本さまの仇、とりますだ」


北条家から家臣の松田がやってきて
関東から上杉の息のかかった者たちを追い出すべく
今こそ北条と武田を力を合わせて戦いたいと申し出がありました。

しかし信玄は、川中島から帰ってきたばかりで
すぐには兵を用意して出立ということはできません。
難色を示す信玄ですが、
松田も良い答えを聞くまでは帰らないつもりです。

そんな時、屋敷の奥から義信の怒鳴り声が聞こえてきます。
信玄が「このような振舞いがあれば切腹させる」と言ったことが
義信の耳に入ったようで、
罰を与えるなら与えよ! と暴れているわけです。

必死に止めに入る虎昌、そして妻の御津禰をはね飛ばし
大広間に向かっていきます。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
──────────
[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
柴田 恭兵 (上杉政虎)
紺野 美沙子 (三条の方)
大地 真央 (里美)
堤 真一 (武田義信)
古村 比呂 (御津禰)
──────────
池上 季実子 (恵理)
児玉 清 (飯富虎昌)
美木 良介 (馬場信春)
篠田 三郎 (飯富三郎兵衛)
村上 弘明 (高坂弾正)
──────────
矢崎 滋 (立木仙元)
佐々木 すみ江 (とら)
浜村 純 (倉科三郎左衛門)
橋爪 功 (真田幸隆)
──────────
宍戸 錠 (原 虎胤)
小川 真由美 (八重)
──────────
制作:村上 慧
演出:布施 実

« よふかし | トップページ | バス停について本気出して考えてみた(149) »

NHK大河1988・武田信玄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« よふかし | トップページ | バス停について本気出して考えてみた(149) »