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2016年4月26日 (火)

プレイバック武田信玄・(31)義信事件(二)

「御旗楯無、御照覧あれ!」
「御旗楯無、御照覧あれ!」
(武田信玄を筆頭に、手をついて頭を下げる先には
『楯無鎧(たてなしのよろい)』がドーンと構えている。
武田家の家宝として伝えられている)

──実はこの鎧、私たちの町
茨城県勝田市と深い関わりがあるんです。

人口およそ10万の茨城県勝田市。
古い遺跡が数多く残るこの地は
意外にも武田信玄のルーツとして最近脚光を浴びている。

信玄から祖先を遡ること19代前、
源氏の流れを組む新羅三郎義光の子・義清が
この地で初めて武田の姓を名乗り、館を築いたのである。
やがて武田家は義清の時に甲斐に移り住むことになる。

戦に明け暮れた武田信玄、彼もまた現代人と同じように
自らのルーツであるこの地に思いを馳せていたのかもしれない。

では今宵は、ドラマをごゆっくりご覧ください──。


武田信玄が川浦の湯の寝所で休んでおりますと、
刺客が3人、こっそりと寝所に入ってきます。

ふと何かを感じ取り、彼らが見たその視線の先には
飯富三郎兵衛の姿がありまして、
刺客はたちまちのうちに切り伏せられます。

ただ、刺客の姿を改めてみますと、
立木仙元が殺された時のような
越後から送り込まれた刺客には思えませんが、
息絶え絶えの刺客に問いつめても、何も答えません。

信玄にとって、今回の事件はことのほか
不快なものとして記憶に残ります。

翌朝、立木の後を引き継いだ薬師の御宿監物は
半年ほど養生しなければ
労咳になる可能性があることを正直に話します。


信虎からの使者が躑躅ヶ崎の館に来ている、ということで
信玄は久しぶりに川浦の湯から躑躅ヶ崎に戻ってきます。
そして信玄は、父・武田信虎が襲撃されたことを知ります。
「時を移さずに今川を攻めよ」というのが信虎からの伝言です。

武田と今川(と北条)は盟約を結んだ間柄でありますので、
前守護の信虎を襲うことは考えられないわけですが、
おそらくは信虎が今川家臣に謀反をそそのかしたのであろ、と
信玄は厳しい表情です。

そして今川家から弁明の使者が到着します。

信虎を預かってもらっていることで、これまで武田から今川へ
長年にわたり多額の賄いを送り、礼を尽くしたにもかかわらず
理不尽にも父を襲って命を奪おうとした。
たとえ今川の使者が子細を話して弁明したとしても
その全てを信じることは出来ません。

今川の使者を斬り、すぐに駿河に兵を送ったとしても
礼儀を欠くことなど何一つありません。
それが国と国との体面というものであります。

信玄は、武田義信に冷静に教えます。
「戦とは、そのようにして始めるのじゃ」

と言いつつも、信玄は今川に兵を送らず
なるだけ事を荒立てずに済ませます。


それからの3年、越後の上杉政虎の力を弱めるため、
信玄は北条氏康と力を合わせて西上野を攻撃します。

永禄8(1565)年・夏。

甲斐から見て東方面は北条に任せ
北の信濃方面も一段落ついています。
残るのは──西です。

尾張の織田信長からたびたび献上品が届いていて
甲斐と盟約を結びたいそぶりを見せています。
配下の徳川家康も頻繁に動いているらしいので、
おそらく信長の目的は、駿河ではないかと思われます。

由緒正しい今川家を滅ぼしてはならない。
今川を活かすために、信玄は甲斐の属国として
駿河を支配することを考えています。

義信にとっては妻の里であり、盟約を結んだ相手でもあります。
何も手出ししないことこそ良策と義信は主張しますが、
甘い考えは捨てよ、と父に一蹴されてしまいます。

特に3年前、今川は信虎の命を狙ったこともあります。

あれは謀反をそそのかした父が悪く、
命を狙われて当然という考えの義信に
信虎は義信の祖父でもあると言葉を荒げます。
「父の命は、駿河一国よりも重いぞ」

義信は、もし今川を攻めるなら
自分に切腹を命じてから、と譲りません。

あまりにも切腹切腹というものだから、
「腹切る度量もないくせに、切腹など口にいたすな!
 腹切れるものなら切ってみよ。儂が見届けて遣わす」
信玄は義信を睨みつけます。

公家の血が武田の血を穢したのじゃ!
そう言う信玄に、信廉が険しい表情になります。
「兄上が仰せられたことは、
 かつて父上が仰せられた言葉と同じですぞ」

「男子たるもの、口先だけでは事済まぬと教えるのじゃ!」
信玄が義信に手をかけようとしたので、
家臣たちは義信と信玄を引き離し
義信を傅役・飯富虎昌の屋敷に移します。


三条夫人の侍女・八重に呼び出された虎昌。

義信に正義あり、という考えは
両者とも一致しているわけですが、
今回は信玄の怒りを買っているだけに、
少々難しい問題になってしまっています。

八重は、長い間国主の座に居座れば
腐り、傲慢が生まれ、不正義が育つので、
甲斐の行く末を思うなら
新しい流れを考えねばならないと虎昌をそそのかします。


明日にも駿河を攻める、という信玄に
父を葬る、と義信は覚悟しました。
その決意を聞いて、虎昌は
今はその時期にあらずと反対の立場です。

しかも、たとえ義信が国主の座に就いたとしても
家臣一同、みな信玄の味方であります。
かつて信玄が信虎を追放した時のような、
家臣がみな信虎から心が離れていたときとは違いすぎます。

しかし、義信は虎昌に頭を下げて
謀反を頼み込みます。

虎昌は、義信に躑躅ヶ崎に戻るようにし
事が成就するまでは館で静かに過ごすように伝えます。
「して、いつ動く?」
「今日か明日にでも」


その夜、三郎兵衛は虎昌に誘われて酒を呑みかわします。

その席で虎昌は、信玄の行動予定を聞いたり
自分に何かあった場合の後を託したりするので
三郎兵衛は兄が何かを画策しているのではと疑います。
「明日の夜……川浦」


そして当日。

虎昌は川浦の湯で名乗りを上げ、信玄を急襲しますが
不意討ちを狙ったつもりが、信玄の守りは堅く
虎昌は初めから戦意喪失しています。

アッという間に捕縛される虎昌。
やはり、守りを固めさせたのは三郎兵衛であります。

信玄は、身分に関係なく力あるものを登用してきましたので
それが元で人の恨みを買うことも多く、
今回の謀反にも信玄を恨んでいるものが多数参加しました。

そんな虎昌の謀反を、信玄は悲しく感じています。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
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[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
紺野 美沙子 (三条の方)
堤 真一 (武田義信)
古村 比呂 (御津禰)
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村上 弘明 (高坂弾正)
美木 良介 (馬場信春)
児玉 清 (飯富虎昌)
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篠田 三郎 (飯富三郎兵衛)
橋爪 功 (真田幸隆)
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宍戸 錠 (原 虎胤)
浜村 純 (倉科三郎左衛門)
小川 真由美 (八重)
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制作:村上 慧
演出:布施 実

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