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2016年5月17日 (火)

プレイバック武田信玄・(37)駿河攻め

『北京オリンピック開幕』──。

いよいよ4年に一度のスポーツの祭典が始まった。
これから繰り広げられる数々の名勝負、
その中でもとりわけ世界の注目を集めている熱き戦いがある。

カール・ルイス、27歳。
4年前のロサンゼルスオリンピックでは、
アメリカ代表として4つの金メダルを獲得し
その時点で彼は世界一早い男だった。

カナダ代表ベン・ジョンソンはその時、100m3位。
それまでルイスには7連敗しており、
この男が3年後に驚異的な世界記録で
ルイスを敗るとは誰も予想だにしなかった。

圧倒的実力者の前に現れるニュー・ヒーロー。
信玄の前にも一人の武将が大きく立ちはだかった。
永禄11(1568)年9月、信長は将軍・足利義昭を奉じ
天下獲りレースの先頭に躍り出た。

思えば桶狭間で今川義元を討ってからわずか8年で
信玄に対抗しうる力を備えたことになる。
それはあたかも神業のごとき早さであった。

信長という新たなライバルを得て、
信玄はついに西への出口・駿河攻略を決意した。
往年の大国・駿河今川家も信玄の前では
風前の灯火であった。


竜宝が、中国僧・雲嶺を伴って
躑躅ヶ崎の館を訪問します。

信玄は、広げていた風林火山の旗印を雲嶺に読ませ
風林火山の中国語読みをじっくり楽しみます。

其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、
難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、
懸権而動、先知迂直之計者勝、此軍争之法也。

「何度聞いても美しき響きじゃ」
そんな信玄は、ついに駿河へ進軍を開始します。

ただ、信玄の目的は駿河ではなく、
その先の尾張・織田信長にあります。
信長に天下を獲らせてはならない。
信玄は家臣たちを見据えて言い放ちます。


そして遠江からは
信玄と同盟を結んだ織田信長の差し金か
武田と挟み撃ちしようと徳川家康が現れました。

迎え討つ今川氏真は、顔色を失っています。


上杉家では、塩止めしてほしいという今川の願いを
聞き入れてはいかがかと、直江実綱が上杉輝虎に説得を重ねます。
駿河・相模に加えて越後が塩止めすれば
三方向からの塩の流通が止まり、信玄は必ず音を上げるでしょう。

「我が戦は領民との戦にあらず。武田信玄いかにあろうと、
 我が正義の道に変わりない。塩止めは、せぬ」
輝虎のこの決心こそが、後の世に
『敵に塩を送る』という言葉になって残ります。


今川軍は、薩埵(さった)峠の上に陣を張り
武田軍は、峠の下に陣を張っています。

完全に我を忘れてうろたえる氏真は
援軍の北条勢と合わせれば武田軍の倍になる兵力で
一気に峠を下って武田を攻めよと命じます。

峠では敵が登ってくるのを待って攻撃するのが
戦の常套手段でありまして、それに反して
こちらから峠を下りるのは危険極まりないわけですが、
庵原忠胤はしぶしぶ承諾せざるを得ません。
「では明朝、峠を下りまする」


武田軍は、薩埵峠の今川軍を攻めて
駿府に進軍することにします。

それを前に、瀬名信輝、朝比奈政貞、三浦義鏡、葛山氏元らが
本陣から離れ、峠を下って駿河に逃げ帰ってしまいました。
峠に残された庵原隊だけでは武田を迎え撃つことは出来ず
いったん駿府に撤退することにします。

武田軍は、峠を越えてさらに駿府に押し寄せる気配。
籠城して迎え討つか、討って出て蹴散らすか。

氏真の決断は“朝比奈泰朝を頼って掛川へ引く”でした。
駿府城を捨てるは、駿河国を捨てることであり
庵原は激しく抵抗しますが、氏真としては
裏切り者に囲まれて戦など出来ないというわけです。


信玄は、今川軍と戦わずして
駿府城に入ることが出来ました。

高齢で掛川へ逃げられなかった寿桂尼は
御津禰とともに信玄の前に現れます。

生きているうちに聞きたかった、と寿桂尼は
今川義元が死んだのは信玄が罠を仕掛けたためか、と
問いつめますが、信玄は顔色一つ変えずに知らないと通します。
「国主に力なくば、国失いまする」

寿桂尼はこの後、息を引き取ります。


陣を張っていた家康ですが、駿河に入った後
家康を裏切って遠江方面に攻撃してきました。

信玄に焦り見える、と笑っていた家康は
恐らくは信長が上洛し、それを阻止するために
信玄は行動を開始しているわけで、その目的は
駿河から遠江、尾張を経て京への上洛の道であります。

信玄の思い通りにはさせぬ、と
北条氏康と手を組んで
武田を挟み撃ちすることにします。


永禄11(1568)年12月13日、
今川軍と戦わずに武田軍は駿府に入る。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと46年4ヶ月──。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
──────────
[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
柴田 恭兵 (上杉輝虎)
古村 比呂 (御津禰)
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美木 良介 (馬場信春)
岡村 菁太郎 (原 昌胤)
──────────
中村 橋之助 (徳川家康)
岸田 今日子 (寿桂尼)
──────────
橋爪 功 (真田幸隆)
篠田 三郎 (山県昌景)
宇津井 健 (直江実綱)
──────────
制作:村上 慧
演出:吉川 幸司

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