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2016年5月31日 (火)

プレイバック武田信玄・(41)月夜の鏡

Q.八重という女性についてどう思いますか?

──恐いオバさん?

──お姫様をこうずっと見ていかなきゃならないでしょ?
  だからあのぐらいのこう、知恵と腕力がなければ
  ダメじゃないのかしら? ……と。

──特にアタシたちは女子校だから、だから余計分かると思うんですよ。
  女の子のヤなところ全部寄せちゃった、みたいな。

──あぁ偉い人ですよあの人ほんと八重という人は。
  普通、あれだけの尽くす人はいないでしょうと思いますよ。
  だけど、やはり見方によって違いましょうね、見る人によって。

八重にとって、三条の方は「神」そのものであった。
八重は、自らの悲しみのために泣いたことはなく
三条と、その子どもたちのためにのみ泣いた。

しかしその涙は、いつしか怒りと策略へとすり変わり
武田家を大きく揺り動かすことになったのである。

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2016年5月30日 (月)

再検査

たかだか“風邪”で、です。

再検査の結果、診断に間違いなし、とのこと。
いっそ、こういう病気でしたァ! と
言われた方がどんなに楽なことか。

最初の診断から1週間。
・処方された薬(抗生剤・咳止め)は全く効いていない
・頭痛がひどくなっている
・眠れない(入眠障害)(処方された入眠剤はほぼ効かず)
・めまいと耳鳴り、ときどき目が回る(←耳鼻科にて検査済み。異常なし)
・風邪の病状が少しだけ悪化(Lv.1→Lv.2)

風邪が少し悪化って何ですねんw
様子を見ましょう、といえるほど時間的に余裕はありません。
2週間以上、単なる風邪で休ませてもらっている者の
立場にもなってみておくれ。

あー、非難轟々だろうなぁ。。。

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2016年5月29日 (日)

大河ドラマ真田丸・(21)戦端 〜天下一統 最終課題 沼田城vs北条〜

後陽成天皇の聚落第行幸を実現させた秀吉。
その翌年、茶々が男子を出産する。
望むものをすべて手に入れたかに思えた秀吉であったが……。


北条家から上洛を断る返事が届きました。

討ち滅ぼそうか、と言い出す秀吉に
“今は力を養う時”と石田三成は答え、
徳川家康も、放っておけばいずれは頭を下げてきます、と
相手にしないことを進言します。

ただ、秀吉としては捨丸のために
一日も早く天下を統一したい考えが根底にあります。
「佐吉、北条攻めじゃ」

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2016年5月28日 (土)

出費

Kassyにとって、病気による結果・診察の医療費が
日に日にかさんでいくとは思っておりませんで。

昨日夜に急に発生した、目が回ってしまうという症状のことで
本日、耳鼻咽喉科に行ってきたのですが、
めまい・目が回るという検査を一通り。
あとはキーンという耳鳴りがひどいので、それも加えて検査しました。

結果は特に異常はなく、あっさりと「老化ですね」と言われw
耳にビタミン剤を入れるお薬を処方されただけでしたが
それだけでも「えっ」と思うほどの治療費……。

ああっ、貯金額がどんどん減っていく……。
今年車検なのに……(ボソッ

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2016年5月27日 (金)

プレイバック武田信玄・(40)暗闇の鬼

山梨県一宮町で、平成元年(※)
150年ぶりに大文字焼きが町おこしの行事として復活した。

大文字の送り火といえば京都が思い出されるが、
信玄の正室・三条の方は京都の公家の出身。
15歳の時、ひとつ年上の信玄に嫁いできた。

ここで、三条の方の系図をひも解いてみよう。
三条家は京の名門で、代々朝廷に仕え、
父・三条公頼は左大臣という要職にあった。

しかし戦国時代は京の公家にとって
家柄だけに頼るしかない辛い日々であったろう。
三条の方も、政略結婚で
信玄に嫁いできたのかもしれない。

京の都から遠く離れた甲斐国でおよそ30年、
戦乱の世に弄ばれた子どもたちの不幸を悲しみながら、
ひとりの母として生き抜いたに違いない。

春の梅の香が漂うような女性だったと伝えられる三条の方。
どんな思いで、この甲斐の大文字の送り火を眺めたであろうか。

(※)「平成元年」とナレーションされていますが、
平成元(1989)年は『武田信玄』の放送翌年にあたるため
昭和63年の放送当時のナレーション内容から
差し替えられた可能性がありますことをお断りしておきます。

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2016年5月26日 (木)

ついに手を出しちまった

クセになるから、と
「処方してください」と意地でも言わなかった睡眠導入剤ですが、
すいません、完全に白旗です。

……ください。

土曜日の夜からパッタリと睡魔がやって来なくなりました。
それはもう、ホントにあっさりと。

例えば、眠っていて少々の物音で目覚めてしまう、とか
睡眠時無呼吸症候群で呼吸が止まり、苦しくなって目覚めてしまうとか
Kassyが経験した不眠の病気にはない、新しい攻撃方法でした。
眠れない。眠気が来ない。全く。

前の日(土→日)は結局30分ぐらいしか眠っていないから、と
次の日(日→月)は少し早めに布団に入ったKassy、
ひたすら目を瞑り横になり続けますが、全く眠くならない。
時間が1分1秒過ぎて行くのがよく分かるほどに。

さらに次の日(月→火)になると、
ふつうなら眠れなければイライラするのですが
「眠れなくても目を瞑っていれば7〜8割程度の睡眠効果が得られる」
という言葉だけが心の支えになっていきます。

そして(火→水)に
たまたま偶然に2時間ぐらい眠れたりしたのですが、
たった2時間なんですけど、心の中では万々歳!
「あぁ〜、よく寝た!」って完全に勘違いw

そんな状態でありまして、
今まで普通にできていたことができなくなっていることについて
急に不安に感じ出したKassyは、
思い切って先生に打ち明けてみることにしたのです。

このまま極限状態を迎えて精神崩壊を起こすのは良くないです。

で、病院に行くと……そうでした!!
主治医お休み。(ガーン)

代理の先生に、一から病状を説明して
眠れない理由、教えてあげようか? と言われて聞いてみると
「それは『睡眠時無呼吸症候群』だねっ」(ドヤッ

だから、睡眠時無呼吸症候群も経験済みだし分かっているし、
そういう睡眠障害とはまったく性質が異なるものですってば! と
ついつい声を荒げてしまいまして。。。
こちとら極限状態を迎えつつあったので、すんません先生。

そんなバトルがあって、とりあえず4錠だけ処方してもらいました。

診察後、優しそうな看護師さんが
テテテテ……と追いかけてきて、いろいろフォローしてくれて
いつもは薬の受け渡しだけの関係の薬剤師さんには
薬を服用するにあたってのアドバイスをいろいろ聞けて、

とりあえずそれを頼りに
今夜、服用してみます。

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2016年5月25日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(153)

終点停留所の旅“たそがれ”第123弾です。

今回はF岡県I塚市の
H瀬団地バス停をご紹介します。


Mj0774

「(県住)H瀬団地」。

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2016年5月24日 (火)

プレイバック武田信玄・(39)京の夢

世界最大のぶどうの産地・フランス。
そこで生み出されるワインは、
世界中の食通・グルメの喉を潤してきた。

山梨県勝沼町──。

甲府盆地。
ここは日本一のワインの産地である。

原料はほとんどがこの地方特有の甲州ぶどう。
起源は古く、今からおよそ1300年前。
仏教とともに中国からもたらされたといわれている。

武田信玄は、農業が国造りの基本と考え
甲府盆地のぶどう栽培を奨励した。
それ以後、甲州ぶどうの質は上がり
現代では日本のワインの90%近くを生み出している。

甲州ワイン。その中にも
武田信玄が生きているのである。

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2016年5月23日 (月)

“いま”を理解すること

水曜日に風邪を引いて、
木曜、(金曜=公休)、土曜、日曜とお休みさせてもらいまして
これ以上は休めん!! と、体調が少しよくなったことをいいことに
無理して出社。

声は出ないし、咳は激しいし。

休憩時間を利用して病院に行ってきたら? と同僚に言われ
とりあえず中抜けして行って参りました。
血液検査+レントゲン、ですね。

すると、微熱にまで落ち着いていたはずの体温が
38.7度にまで成長(?)していました。
でもまぁ、重篤な病気でもなさそうだし
会社に戻って業務の続きをこなしました。

他の人たちから、一斉に“帰れコール”が鳴り響きます。
今の自分の身体の状況を理解しなさい、と。

でも、早退するとお給料から引かれる額が大きいし
せっかく出社したのだから、定時までがんばりましたよん。
(残業指示がでていたけれど、ごめんなさい、これは許して)

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2016年5月22日 (日)

大河ドラマ真田丸・(20)前兆 〜探偵信繁名推理!〜

秀吉は、信長の姪・茶々を側室とし、
その牽制は頂点に達しようとしていた。
秀吉に逆らえない真田は、
徳川の姫との縁組みを迫られていた──。


一度は記憶を失い、徐々に取り戻しつつある松を連れて
真田昌幸と真田信幸が上田城に戻ってきました。

母の薫、祖母のとり、
信幸の妻・こうが松を出迎え、涙の再会です。
「またみんなで一緒に暮らせるのですね」

その言葉を聞いた信幸は、
気まずそうな表情を浮かべ、頭を下げます。

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2016年5月21日 (土)

風邪ひきさん。

本当にすいませんm(_ _)m

水曜日の夜から風邪を引いてしまいまして、
予定していたことが全くできずに、ずっと横たわっております。
会社も休んでいます。すいませんm(_ _)m

一回風邪を引くと、4〜5日は寝込んでしまうんですよねー。
うーん、身体はめっきり弱くなっちまったもンだ。
薬を飲んで、一時的には熱は下がるのですけど
しばらく経つと、またパーッと発熱してしまう。

そのくり返しで4〜5日です。

でも!! だいぶ回復傾向にはあるので
明日には出社できそう。
ここ4〜5日でたまった仕事を消化すべく
身体の調子を見ながらがんばっていきますぞ。

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2016年5月20日 (金)

プレイバック武田信玄・(38)小田原攻め

第35代アメリカ大統領 ジョン・F・ケネディ──。
『米国民諸君「国が何をするか」ではなく
 「諸君が国に何をするか」を自問してほしい』

歴史は、時として彗星のように表舞台に登場し
その使命を終えるや、風の如く消えていくヒーローたちも多い。

彼らは新しい時代の扉を開き、そして
時代の圧力によって短い生涯を追えるのである。

織田信長──。
この人物も、天下平定を目前にして
本能寺に倒れることになる悲劇のヒーローである。

織田信長ほど、その性格について多く語られる人物は例を見ない。
曰く、直感的、合理的、無神論者、はたまた冷酷無比、
いずれにせよ、彼の既成にとらわれない挑戦的な生き方に
人は共感を覚え、500年経った今も魅せられるのである。

信玄から見れば、信長は
新人類として映ったに違いない。
それゆえに信玄は、信長を警戒し
信長もまた、信玄の底力を畏れたのである。

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2016年5月19日 (木)

vol.193・試験あるある

vol.193・試験あるある
(パーソナリティ:Kassy)

第193回放送です。

知らぬ間に、試験という巨大な怪物が
足音を忍ばせて近づいていました。
今から焦って間に合う? 間に合わない?

今回のListening Pointは……
勉強


番組に関するご意見・ご感想は、
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2016年5月18日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(152)

終点停留所の旅“たそがれ”第122弾です。

今回はF岡県I塚市の
O山バス停をご紹介します。


現在では、このO山まで上ってくるバスはありませんで、
西A田、というバス停がここの最寄りということになりそうです。
(コミュニティバスは除く)

相互リンク先の、ちょんびんさん「ほぼ西鉄バスの旅」に
この西A田を循環するバスルートについて詳細に記載がありました。
ご参考にどうぞ。

で。
西A田からさらに坂を登っていくと
「N村橋」「上相田」(旧バス停)を経て

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2016年5月17日 (火)

プレイバック武田信玄・(37)駿河攻め

『北京オリンピック開幕』──。

いよいよ4年に一度のスポーツの祭典が始まった。
これから繰り広げられる数々の名勝負、
その中でもとりわけ世界の注目を集めている熱き戦いがある。

カール・ルイス、27歳。
4年前のロサンゼルスオリンピックでは、
アメリカ代表として4つの金メダルを獲得し
その時点で彼は世界一早い男だった。

カナダ代表ベン・ジョンソンはその時、100m3位。
それまでルイスには7連敗しており、
この男が3年後に驚異的な世界記録で
ルイスを敗るとは誰も予想だにしなかった。

圧倒的実力者の前に現れるニュー・ヒーロー。
信玄の前にも一人の武将が大きく立ちはだかった。
永禄11(1568)年9月、信長は将軍・足利義昭を奉じ
天下獲りレースの先頭に躍り出た。

思えば桶狭間で今川義元を討ってからわずか8年で
信玄に対抗しうる力を備えたことになる。
それはあたかも神業のごとき早さであった。

信長という新たなライバルを得て、
信玄はついに西への出口・駿河攻略を決意した。
往年の大国・駿河今川家も信玄の前では
風前の灯火であった。

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2016年5月16日 (月)

やらなければならないこと。

今やらなければならないことを集中的に処理しました。
だってみんなやらないんだもーん(笑)。

おかげで(?)倉庫はかなり軽くなりました。
見るからに。

当分は、誰も何も言わなくなるでしょう。
ふふ。

とりあえず、今後の目標は
出されたらすぐに処理!
よし、これでいこう。

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2016年5月15日 (日)

大河ドラマ真田丸・(19)恋路

ついに上洛した昌幸は、家康の下で与力大名となった。
父のために奔走した信繁を助けたのは、
秀吉が想いを寄せる茶々であった──。


父・真田昌幸との対面を豊臣秀吉に掛け合うことを条件に
茶々の、私の願いを聞いてほしいという約束があった真田信繁。

信繁が茶々に呼ばれて赴くと、
茶々は侍女が着る着物に身を包んでいました。
大坂城内にある、ある蔵の中を見たいようです。

秀吉に見つかったら大変なことになる、と怖じ気づく信繁ですが、
「見つからなければいいことですッ」という茶々の言葉が
ストンと腑に落ちる信繁w

茶々が見たかった蔵は、いわゆる武具倉庫でした。

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2016年5月14日 (土)

或る計画

ある計画を始動させました。
該当する方々にはお声かけを始めています。

いずれみなさんにはお分かりになることではありますが、
内容については、ここは“シークレット”で。

うまくいくといいなぁ☆☆☆

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2016年5月13日 (金)

プレイバック武田信玄・(36)信長上洛

塩──それは人が生きるために欠かせないものである。

塩が取れない甲斐国では、毎年漬け物をつける。
それは戦国の世以来、山国の人たちが
保存のために生み出した生活の知恵である。

山梨県塩山市。
その地名にも関わらず、塩が取れたという事実はない。
しかしいかに塩を大切にしていたかが分かる史跡がある。

臨済宗向嶽寺(こうがくじ)。
室町時代に作られた塀には、万が一に備えて
塩が塗り込められていたのである。

「塩送りなんていうふうなお話もずいぶんありますので
 常日ごろ、やっぱり塩を大事にするという
 国の人の心がけもこの辻塀に叩き込まれていて、
 大量の塩がここで貯蔵されていたんじゃないかと」
(向嶽寺・光木寿康さん)

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2016年5月12日 (木)

無事!

Kassyがブログを始めて9年半、初期のころからブログ上のみならず、
いろいろとお世話になっている方で「しゅんさん」がいらっしゃいます。

Kassyのグダグダなオフ会にも遠方から参加してくれましたし、
Kassyがお休みの日にしゅんさんが働くホームセンターへ
襲撃(という名の訪問)したこともありましたっけ。

しゅんさんは熊本に住んでいらして、たまに福岡にも遊びにお見えとか。
今では結婚なさって、パパさんです。

そう、熊本といえば、つい先月発生した熊本地震なのです。

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2016年5月11日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(151)

終点停留所の旅“たそがれ”第121弾です。

今回はF岡県I塚市の
Y北団地バス停をご紹介します。


Mj0757Mj0759

「Y北団地」バス停。

終点停留所なので、バス停標柱は1本。
そのバス停銘板には、ここが始発となる
バス路線の行先が記載されています。

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2016年5月10日 (火)

プレイバック武田信玄・(35)盟約崩壊

平成元年(※)、東京都杉並区で
武田信玄に関する古文書が数多く発見された。
これらを所有する菅野(スゲノ)さん。
代々武田家に仕えてきた荻原一族の子孫である。

荻原家のこの古文書は、本物との鑑定を受け
さらに歴史的にも価値の高いものと判明された。
なぜならば、信玄自筆の文書が含まれていたからである。

当時、文書はそのほとんどを家臣が書き
領主は花押のみを記すのが一般的であった。
この荻原家の文書を加えても、信玄自筆のものは
十数点しか現存していないといわれる。

今回発見された信玄の文書は、家臣の病を気遣い
その治療を寺に依頼するという内容のものであった。
厳しい軍略家として知られる信玄。
しかし、この荻原家の古文書を通じて
人間・武田信玄の一面が、新たに浮かび上がってくるのである。

(※)「平成元年」とナレーションされていますが、
平成元(1989)年は『武田信玄』の放送翌年にあたるため
昭和63年の放送当時のナレーション内容から
差し替えられた可能性がありますことをお断りしておきます。

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2016年5月 9日 (月)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

都市高502さん

昨日、5月8日は
“ヘビーコメンテーター”の都市高502さんの誕生日♪
(昨日は日曜日のため、大河ドラマネタと決まっておりまして
1日遅れのご紹介となりました。あしからず)

てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

嫉妬は
自分で生まれて自分で育つ化け物
でございますよ。


(ウィリアム・シェイクスピアの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

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2016年5月 8日 (日)

大河ドラマ真田丸・(18)上洛 〜父の背中〜

秀吉は、実の母・大政所を家康の元へ人質として差し出した。
それを受けてついに家康は上洛。
関白秀吉の天下統一が目前に迫っていた──。


大坂にいる真田信繁からの書状によると
豊臣秀吉は、真田昌幸を大名として取り立てるのだそうです。
重臣の石田三成が約束した、とあります。

喜びながら昌幸にその書状を見せる信幸ですが、
昌幸は書状を一瞥すると、ポイッと放り投げます。
「気に入らん」

大名の座とは、力づくで勝ち取るものだと考えている昌幸にとって
取ってもいないものを“授ける”形が気に食わないようです。
信幸は、父の力を認めたからこそ大名に、と
話を持ちかけたと説得しますが、昌幸は頑に固辞します。
「上洛はせん!」

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2016年5月 7日 (土)

続く残業

怒濤のゴールデンウィークが終わりまして
それでも週末、母の日というイベントがあるため
続けて残業期間中です。

あぁ……いつになったら平常勤務に戻れるのやら。。。

もちろん、残業しているのは自分だけではないので
不満を言えるところではないのですが、
指示分の残業時間ではとてもじゃないけれど終われない!!

同じ時間に勤務を開始した同僚たちが、
ニコニコ顔で「お疲れっしたぁ〜☆」と帰って行く。
それを見送るのがつらいです。

そしてこのイベントが終わっても、来月はじめには
ウチの会社の最大イベントが待ち受けています。
それでまた残業……。

ぐったり(-_-;;)

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2016年5月 6日 (金)

プレイバック武田信玄・(34)上州攻め

武田信玄と正室・三条の方との間に生まれた嫡男・太郎義信。
歴史書には、彼について多くは語られていない。

天文7(1538)年に生まれた義信は、13歳で元服。
17歳で初陣を迎え、24歳の若さで川中島決戦に出陣。
性格が一本気なため、
父・信玄とたびたび意見の対立を見たと伝えられている。

嫡男でありながら、不遇な生涯を送ったとも言われる義信。
歴史的に明らかにされていない人物ではあるが、
その人生は波乱に富み、数奇な運命に縁どられたに違いない。

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2016年5月 5日 (木)

vol.192・標準語? 方言?

vol.192・標準語? 方言?
(パーソナリティ:Kassy)

第192回放送です。

自分の論理をハッキリ持つ時、裏を取るためにも
参考とすべき文献はたくさん読む必要があるんですね。
学者でさえそうなんですから、私らも……ねw

今回のListening Pointは……
たい、たい


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2016年5月 4日 (水)

方向幕考(122)改

“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”。
今回は、第122回(第68弾)でご紹介した内容の修正版です。

過去に公開した幕内容の更新ということで
上のようなタイトルにしているという裏事情は
前回もご説明いたしました通り。

第122回では、N鉄バス北K州からN谷営業所所属の一般車両と
N鉄バスK留米からF岡空港〜K留米線高速車両をご紹介しましたが、
今回更新したのはN谷営業所所属の一般車両の方ではなく
F岡空港〜K留米線高速車両の方です。

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2016年5月 3日 (火)

プレイバック武田信玄・(33)鬼美濃の死

世に名高い「武田二十四将」。

無敵の甲州軍団は、
この勇猛果敢な重臣たちによって支えられていた。
しかし、甲斐の国が巨大化していく中で、
信玄は多くの武将を、戦場であるいは病で失った。

板垣、甘利、飯富など
信玄の父・信虎の時代から武田家に仕えてきたり
信玄がその才能を抜擢し、重臣の列に加えた山本勘助など
甲斐の国にとってかかせない武将たちであった。

甲斐を更に大国にし、京の都を目指す信玄にとって
戦略・知略に長けた武将たちも重要であった。
信玄は優秀な若者を次々と登用し、
重臣の列に加えていった。

一方その影で、かつて“鬼美濃”と畏れられ
歴戦を生き抜いた男・原 美濃守虎胤は
いま、死に場所を求めているのである。

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2016年5月 2日 (月)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

りゅうポンさん

今日、5月2日は
“ヘビーコメンテーター”のりゅうポンさんの誕生日♪

てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

やれなかった、やらなかった、
どっちかな。


(相田みつをさんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

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2016年5月 1日 (日)

大河ドラマ真田丸・(17)再会

信繁は関白秀吉の馬廻衆となった。
その直後、秀吉は徳川家康に真田討伐の許しを与える。
真田にとって最大の危機が訪れようとしていた──。


徳川の家臣となった真田信尹が、兄・真田昌幸に
徳川が真田を攻める、と知らせて来ました。
気になる北条は、沼田近くでにらみ合いが続いています。

真田信繁は羽柴秀吉の馬廻衆なので
徳川が攻めて来るという大事を知らせて来ても
いいはずなのに、全く知らせが来ません。
真田信幸は信繁に苛立ちを隠しきれません。

大坂で その信繁は──、

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