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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2016年6月26日 (日)

大河ドラマ真田丸・(25)別離

小田原合戦によって、北条家は滅亡した。
伊達政宗も服従し、秀吉に対抗する勢力はいなくなった。
豊臣秀吉による天下統一の完成である──。


天正19(1591)年。
関白・豊臣秀吉の子、捨は
「鶴松」と名を改めて3歳になっていました。

秀吉の期待を一身に背負った鶴松でしたが、
病床に伏し、楽観視できない極めて良くない状態。
茶々も、秀吉も、鶴松の枕元で必死の看病が続いています。

実は、切腹して果てた千 利休の怨念が
鶴松に取り憑いたのではないかという専らのウワサです。


【回想】
小田原合戦で、真田信繁が小田原城内に潜入した際
蔵の中で鉄砲玉をこしらえる鉛を大量に見つけたのですが、

その鉛には魚の絵、
つまり「とと屋(=千 利休)」の刻印が打たれており
利休が敵である北条に鉛を売りつけていたというわけですから
これは大問題であるわけです。

ただ、利休にその事実を突きつけても
「あんさんの話を、どれだけ殿下がお信じになりはるか、でんなあ」
と特に慌てる素振りもなく、気にする様子もありません。

秀吉は利休を全般的に信用しており、
それを知っている石田三成や大谷吉継らは
秀吉の弟・豊臣秀長に訴えて、秀吉に伝えてもらうようにします。

利休は、茶人であると同時に堺の商人でもある。
利があると見れば、たとえ敵であれ取引を厭わない──。

「利休は力を持ち過ぎた」と秀長はつぶやきます。
秀吉も自分(=秀長)もいなくなった時、誰が鶴松を支えるか。
鶴松のためにも豊臣家のためにも、
誰かに権力が集まるようなことだけは決して避けねばなりません。

秀吉にそう訴え続けた大和大納言秀長は、
1月22日、秀吉を残して52歳でこの世を去ります。


「明日の朝までは持たぬ」
鶴松存命中から、葬儀の段取りを始めた吉継を
三成はたしなめますが、吉継はさらりと言ってのけます。

想定できるすべてのことに対して全力で対処できるよう
あらゆる手はずを整えておく。
吉継の決断の早さ、用意周到さを、
三成はどんなふうに見ていたのでしょうか。


【回想】
大徳寺山門・楼上に入った三成と吉継は
そこに利休のかたどった像が安置されているのを見ます。

多少手荒な真似をしてでも追い落とす。
キレイごとだけでは政治はやっていけないと
三成も分かってはいるのですが、吉継は三成を見据えます。
「本当に手を汚すとはどういうことか、まだ分かっておらぬ」

そして、利休に似せた木像を山門に据えたことで
知らないうちに秀吉に利休の股の下をくぐらせていたと
直接訴え出るのです。

よきようにせよ、という利休の言葉を受けて
三成は、利休を堺屋敷に蟄居せよとの命を下しますが、
吉継は、更に文言を加えます。
「蟄居半月ののち、切腹を申し付ける」


沼田城主となった真田信幸は
27,000石の大名として領地経営に忙殺されています。

何か不行き届きでもあったかな、ととぼける矢沢頼綱に
勝手に堀を広げたことを咎める信幸。
自分が城主であるとの威厳を示そうとします。
「今は城の守りを固めるより、することがあるのです!」

そして妻・稲からは冷たくあしらわれ
笑った顔が見たいとコショコショとこしょぐれば
とてもとても冷めた目で睨まれる始末。

結局は、信幸は侍女(になった)おこうの元に行って
寂しさのあまり、ギュッとしていますw


上田城では、病床に伏すとりを前に
帰って来た小山田茂誠と松夫婦がお見舞いに来ています。

茂誠の顔を見たら、
松は昔のことも思い出しつつあるようで
とりはとても喜びます。

その茂誠と松は、真田昌幸の命で
岩櫃城に向かうことになりました。


鶴松の看病が続いています。

信繁は大蔵卿局から、大徳寺の利休の木像の件に
茶々が関わっていることを知ります。

つまり、父のように慕っていた茶々のために
利休が木像を造らせプレゼントしようとしたところ
寸法を間違えて発注してしまい、
多少大きめの木像が届いたしまったわけです。

茶々が望んでいたのはそれよりも小さめのものだったので
受け取ることはできません。
そこで、利休が多額を寄進した大徳寺であれば
大切に預かってくれるのではないか? と提案したのです。

話はつながった、と信繁は腑に落ちたようです。
一方できりは、人々の運命を巻き込んでいく
茶々が恐いとつぶやきます。


秀次を筆頭に、豊臣秀俊(のちの小早川秀秋)、豊臣秀勝、
豊臣秀保、宇喜多秀家といった一門が三成に呼び出され
正直に、鶴松の容体が明日の朝までもつかどうか、という
危篤状態であることが明かされます。

とはいえ、昌幸も徳川家康も
鶴松が危篤に陥っていることは何となく分かっております。
もしかしたら他の大名たちも、
分かっていた者たちは少なくなかったかもしれません。


その日の夜、おそく。
鶴松の容体が急変します。

鶴松は何のために生を受け、何のために死んでいくのか。
ずっと鶴松の枕元にいて付きっきりで看病していた秀吉は
いたたまれなくなってすっと立ち上がり、
自分の居室に戻ってしまいます。

秀吉の後を追いかけた信繁は、秀吉を励まし続けます。

そこに狼狽えた片桐且元の姿が……。
「殿下! すぐにお戻りください!」

8月5日未明、鶴松は2年2ヶ月の生涯を終えました。

北政所(寧)がきりに持って来させたでんでん太鼓を
鶴松に向けて秀吉が鳴らしています。

放心状態の茶々を、北政所がしっかりと抱きとめると
茶々は、堰を切ったように泣き崩れます。

鶴松の死は、豊臣家に大きな影を落とします。
しかしそれは、更なる悲劇の序章に過ぎません。


天正19(1591)年8月5日、
鶴松は淀城で死去する。享年3。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと23年9ヶ月──。


作:三谷 幸喜
音楽:服部 隆之
題字:挾土 秀平
語り:有働 由美子 アナウンサー
──────────
[出演]
堺 雅人 (真田信繁)
大泉 洋 (真田信幸)
長澤 まさみ (きり)
木村 佳乃 (松)
山本 耕史 (石田三成)
新井 浩文 (加藤清正)
藤井 隆 (佐助)
吉田 羊 (稲)
小林 隆 (片桐且元)
片岡 愛之助 (大谷吉継)
──────────
桂 文枝 (千 利休)
寺島 進 (出浦昌相)
中原 丈雄 (高梨内記)
近藤 芳正 (平野長泰)
高橋 和也 (宇喜多秀家)
竹内 結子 (茶々)
──────────
小日向 文世 (豊臣秀吉)
草笛 光子 (とり)
高畑 淳子 (薫)
鈴木 京香 (寧)
近藤 正臣 (本多正信)
内野 聖陽 (徳川家康)
草刈 正雄 (真田昌幸)
──────────
制作統括:屋敷 陽太郎
    :吉川 邦夫
プロデューサー:清水 拓哉
演出:渡辺 哲也


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『真田丸』
第26回「瓜売」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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