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2016年6月10日 (金)

プレイバック武田信玄・(44)氏康の挽歌

北条氏康。
信玄より6歳年上の彼は、信玄が国主となった同じ年
天文10(1541)年に北条家を継いだ。

彼の祖父・北条早雲は武力一筋で相模・伊豆を掌中に収めた。
無名の武士から一国一城の主になった人物である。

その早雲の孫に当たる氏康も、武力に長けた名将であり
北条家の地位安泰のため、外交にも手腕を振るった。
武田・今川と三国同盟を成立させたのもその一つである。
氏康は、嫡男・氏政に信玄の娘・梅を正室として迎え
姻戚による同盟強化も図った。

16歳で初陣を飾って以来、
生涯一度も戦いに敗れたことがなかった氏康は
信玄にとっては、
謙信・信長とは違った意味でのライバルであった。


高坂弾正の思い人となった越後のスパイ・しのですが、
高坂を殺せ、という直江実綱の命令が下りまして
床を並べて就寝中、
床の下から懐剣を取り出し振り上げます。

しかし、何か躊躇している様子です。
男女の仲が止めているようにも見えます。

しのからの吉報を春日山城で待つ直江ですが、
その知らせがなかなか届かないことを不審に思い、
直江は、(上杉輝虎の小姓・菊丸が成長した)大村景時に
直に確認に行かせます。


信玄がしきりに出兵し、敵の領国を脅かしている現状で
北条氏政は、松田康郷を越後に派遣し、同盟を結んだ輝虎に
武田の背後を攻撃して挟み撃ちにしてほしいと再三の願い出です。

ただ、関東管領職の輝虎は、相模国主の氏政と
志が同じなわけで一緒に戦おうと言っているわけで
陣を同じくして氏政と並ぶことを願っていますが、
氏政は輝虎を疑っているのか、それを拒み続けています。

輝虎は、氏康八男・北条氏秀を養子として預かり、
「上杉景虎」と改名させてわが子同然に育てているというのに
なぜ輝虎のことを信用してくれないのか、残念に思っています。

その報告を受けた氏政と家臣たちが言い合っているところへ、
病気療養中の氏康が登場します。
そして、氏政と陣同じくしたいと言っているのであれば
そのようにしたらいい、と言い出すわけです。

氏政にも、相模国主としてのプライドがあるわけで
越後の陣に入れば、輝虎の配下になったと世間に見られ
それは絶対に避けたいところなのですが、
氏康の見方はちと違うようです。

上杉勢の3倍4倍の軍勢で押しかけ、
陣の中でも堂々としていれば
輝虎としてももはや威張ってはいられないでしょう。
「上杉輝虎、相模に害及ぼすこと明らかなら、その場にて命奪え」


輝虎は関東管領職のことは忘れることが出来ないでしょうし、
氏政はそんな輝虎を操ることは出来ないでしょう。
自らの命がそう長くはないと悟った氏康は
松田憲秀を信玄の元に派遣し、同盟を結べるか模索せよと命じます。

氏康からの内々の書状を受け取った信玄。
もとより同盟に異存はありません。
北条と再び手を結べたとなれば、背後の敵は越後のみとなり
北条が攻めかけてくる心配はなくなります。


海津城の高坂ですが、しのは高坂が死ぬような時は
自分も一緒に、という気持ちになりつつあります。

高坂ももやはこの世に思い残すことはなく、
一緒に旅立てればどんなにか幸せであろう、と嘆きますが、
一緒に死のう、と懐剣をしのの首元に当てた高坂は
今までの柔和な表情から一変、鬼の形相になります。
「そちは何者か? 前夜、わしを刺そうとしたであろ」

上杉にて生まれし者にござりまする、と
命令により高坂の命を狙っていたことを正直に打ち明けます。
ただし、気持ちに変化が起こり、もし高坂を亡き者にできたら
しのはその後から追いかけるつもりであったようです。

高坂は、世が明けないうちに海津城を出よ、と
しのを解放するわけですが、
高坂の命を取らなければ越後に帰れない、と
高坂に突進してきます。

高坂としのが重なった瞬間、ドン! という音が。
そして、しのが崩れ落ちます。


元亀2(1571)年の春、信玄は初めて三河へ攻め入ります。

そして同じ年の秋、織田信長が
朝倉義景に味方した比叡山延暦寺に攻め上って焼き討ち
僧俗男女3,000人を討ち取ったのです。


病床の氏康は、氏政を呼び
同盟国であった越後と手を切り
甲斐と再び手を結べと伝えます。

国を守るためには、鬼と手を結べ。
これからは血のつながりこそが家を助ける──。

そこに、信玄に会いに行っていた康郷が戻ってきます。
「……首尾は?」「はいッ、上々にござりまする!」

そうか、と微笑んだ氏康は
海が見たいと言って、憲秀に無理を言って
海が見える崖の上まで連れてきてもらいます。

我が生涯は、国のため、家のため、子孫のために費やされた。
野心捨てて日々つつがなきこと望み、大酒慎み女色に溺れず
倹約を旨として今日の日を迎えた。何たる慎ましき生涯ぞ。

このようにして終わるなら、一度は天下を望むべきであったか。
それももはや叶わず──。

氏康はヨロヨロと立ち上がり、刀を崖の下に放り投げます。
その場で倒れた氏康は、この世を去りました。


元亀2(1571)年10月3日、
北条氏康が小田原城において死没。享年57。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと43年7ヶ月──。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
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[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
柴田 恭兵 (上杉輝虎)
石橋 凌 (織田信長)
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村上 弘明 (高坂弾正)
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宇津井 健 (直江実綱)
杉 良太郎 (北条氏康)
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制作:村上 慧
演出:大森 青児

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