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2016年6月18日 (土)

プレイバック武田信玄・(46)最後の出陣

竜宝「父上……父上……父上……」

第六感、虫の知らせ、あるいはテレパシー。
我々の伺い知ることの出来ない不思議な力は
果たして存在するのであろうか。

かつて人は自然の声を聞き、魂の叫びを感じ取ることが出来た。
現代人が、洪水のように押し寄せる情報を目と耳で理解するように
研ぎすまされた心でも、恐らくはより豊かに何かを感じ取っている。

そして人は、口で語るよりもはるかに多くのことを
心で語り合ってきたのである。


自分自身が四方八方から向かってくる矢に射られ
倒れる夢を見てうなされていた武田信玄は、
ふと目を覚まし、汗だくのままポツリとつぶやきます。
「竜宝が来る」

夢を見ていたのです、夜明けまでしばらくゆっくりと、
などと語りかけるふたりでしたが、
近習の、竜宝来訪を告げる報告に、
ふたりとも驚きの表情です。

さらに、部屋に入ってきた竜宝の一言目が
「お呼びでございますか」だったので、
驚きを通り越してとまどいの境地w
ふたりは、信玄の寝所から下がります。

「西に向かわれてはなりませぬ。北の方さまの思いにございます」
都に輝ける光、見えませぬ。そう言われた信玄は
“暗闇より出でて光り輝く庭を見た。
そして長く求めていたものがただの光であること分かった”と
かつて幽閉していた子・義信が言っていた言葉を思い出します。

しかし、自分は西に向かわねばならない。
都で、将軍はじめ多くの人たちが
武田の軍勢が上洛するのを待っています。
武田の軍勢が光とならなければならないわけです。

「運命じゃ」
信玄は言いきります。


将軍家から、上洛を求める矢の催促です。
信玄は、上洛準備を家臣たちに任せ、
自らは川浦の湯で湯治し、療養します。

その間にも、上杉謙信が西上野に姿を表し
北条領を脅かしているという話です。
北条氏康の遺言で再締結となった同盟もあり
救援を求められた信玄は、病を押して出陣します。

敵と戦うというよりも、昔なじみに会いに来たような
そんな感覚で信玄は出陣したのでしょうか。
軍勢の先頭に信玄がいることを知った謙信は
律儀な男じゃ、と笑っています。


岐阜城の織田信長は、
信玄が西上野で謙信と対陣していることを知り
焦りの色を隠し切れません。

徳川家康の言うことを信じれば、
信玄はすでに甲斐を発って
上洛の途についていることになります。

信玄からは北条と再度和睦した書状も
到着していることですし、この出陣の話が本当なら、
信玄が病床に伏していることも偽りということになります。

浅井・朝倉と戦っている現状、
それらを滅ぼす前に信玄が上洛する動きを見せたら
織田としてはかなり厄介です。
信玄が上洛の途につく前に浅井・朝倉を倒さなければなりません。


元亀3(1572)年・夏──。

武田の上洛を信じて戦い続ける浅井・朝倉も
なかなか出発できない武田を見れば、
いつか戦う意欲も落ちてしまうかもしれません。

ここは出陣の日取りを決め、その日を決して動かさず
出陣の日に山県昌景率いる第一陣が出発、
そして数日後に第二陣、第三陣……と出発していく。

そうすることで、信玄にはなるだけ
長く甲斐に留まってしっかり療養してもらい、
浅井・朝倉も出陣の度に戦う意欲を新たにしてもらい、
織田は慌てふためいて岐阜に引っ込むかもしれない、
という結論になりました。


そのころ信玄は、川浦の湯で
真田幸隆と呑気に碁など打っております。

パチン、と信玄が碁を打てば、
真田はすかさずパチンと打ち返す。
信玄から見れば、
真田は少しせっかちになったようにも思えます。

真田がせっかちになったのは、年齢のせいもあるでしょうが
今回の上洛に関する真田のお役目が甲斐での留守居役なので
黙って軍勢を見送り、その結果を待って聞くことしか
出来ないという不満もあるようです。

信玄は改めて、留守居役は真田にしか出来ない役だ、と諭します。
たとえ信玄が死んでも、領民は残り、敵も残ります。
そういう状況で何もかも任せられるのは真田しかいないのです。


夏が終わり、秋も深まる頃
信玄が川浦の湯から躑躅ヶ崎の館に戻ってきました。
信玄の出陣をいよいよ遅らせることが
出来なくなっていたわけです。

亡き三条の方の侍女・浅黄と若狭が京に戻ることになり
その別れがやってきました。

そして出陣を前に、里美と恵理とも杯を交わし
竜宝も出陣を見送ります。
「この竜宝、力の限り祈りまする!」

10月3日。
信玄は25,000の軍勢を率いて京の都を目指します。

その信玄を、三河の徳川家康が待ち受けていました。
その家康の後ろには、信長が控えています。

覚悟の出陣でした。


元亀3(1572)年10月3日、
9月29日に山県昌景が3,000の兵で出陣したのに続き
武田信玄が22,000の兵を率いて甲府から出陣する。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと42年7ヶ月──。


脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
──────────
[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
柴田 恭兵 (上杉謙信)
大地 真央 (里美)
石橋 凌 (織田信長)
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池上 季実子 (恵理)
美木 良介 (馬場信春)
村上 弘明 (高坂弾正)
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河原崎 建三 (梁田政綱)
大門 正明 (市川大介)
中村 橋之助 (徳川家康)
──────────
橋爪 功 (真田幸隆)
篠田 三郎 (山県昌景)
佐藤 慶 (阿部勝宝)
──────────
制作:村上 慧
演出:大森 青児

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