プレイバック武田信玄・(48)信玄倒れる
武田信玄が都から仏師を呼び
自らをモデルにして彫らせた「武田不動尊像」(恵林寺 蔵)。
この像からは、勇壮な武将・信玄の実像を窺い知ることが出来る。
時として残虐な戦ぶりを展開した信玄は
子どもに対しては深い愛情と洞察力を示したと言われている。
信玄は、戦話を聞く4人の子どもの態度から
それぞれの性格付けをしている。
──人は 童子の時より知れり。
まづ、武辺(ぶへん)物語の度に童子四人あり。
一人は口をあき、語る者の顔ばかりを見て聞き、
二人目は耳を澄ましてうつむきて聞き、
三人目は語る人の顔を見て 少しづつ笑ひ意味顔し、
四人目はその物語を聞きてその席を退く。
かやうに色々あり──。
まず、ぼんやりと人の話を聞く子は
武将としていい家臣には恵まれない。
耳を澄ませて聞く子は名のある武将になる。
話を面白がる子は
やがて手柄を立てるであろうが、人の憎しみを受ける。
そして話の座を立つ子は臆病者となるであろう。
信玄は、身近な子どもを鋭く観察し
武将としての将来性を探ったのである。
ここに、信玄の子どもに対する優しさと
思いやりを感じることが出来るのである。
子どもたちに深い愛情を示した信玄も、
家庭的には決して恵まれてはいなかった。
そこに、戦国のヒーロー・武田信玄の
悲劇を感じることが出来るのである。
元亀3(1572)年・三方ヶ原──。
武田勢は、三方ヶ原の戦いにおいて
徳川・織田連合軍を一蹴し
なお西に進路をとります。
三河 船着山に到着した信玄は
徳川家康が浜松城から出て武田勢を追ってこようという
様子は見られないことに少し安堵しますが、
家康のことは分からぬ、と動きを注視しておきます。
そこに、朝倉義景が越前へ撤退を始めたという知らせを聞き
日ごろは冷静沈着な信玄が、拳を叩き付けて怒りを露にします。
つまり、美濃岩村城に秋山信友、伊勢に一向宗、
都には将軍家、近江に浅井長政、越前に朝倉義景と
信長包囲網はほぼ完璧に出来上がっているはずなのですが、
それを理解していないのか、朝倉が撤兵を始めたわけです。
信玄は、朝倉をはじめ本願寺や浅井、将軍家など
直筆書状を持たせて三方ヶ原の大勝利を伝えさせます。
元亀4(1573)年の正月を祝う間もなく、西進を急ぎ
徳川の属城・野田城に向かいます。
三方ヶ原で大敗し、武田の軍勢を半時も持ちこたえられず
平手汎秀を討ち死にさせ、大量の兵士を失い
すごすごと岐阜城に戻った佐久間信盛ですが、
信長はもちろん大激怒、叱責します。
武田の軍勢がここまで強いとは──。
とはいえ、信長としては手をこまねいているわけにもいかず。
越後・上杉謙信に使者を送り、信濃への出陣要請を出します。
さらに京の朝廷にも使者を送り、
将軍家と和睦を結べるよう、先に手を打っておきます。
もし武田勢が信長の自領に攻め込んだとして、
その後に和睦を結んでも、将軍・足利義昭は
信玄の西進を大喜びして信長の和睦は聞き入れないでしょう。
そのための対策です。
今までの無理がたたったのか、
信玄の容体が急変しました。
息苦しい様子です。
信玄が病床についている間、
影武者として武田信廉が代わって先頭に立ちます。
そして、信玄の病床に若武者がやってきました。
里美です。
どうやら信廉が手配したようで、
戦場に向かうということもあって
鎧兜に身を包み、ここまでやってきました。
「輿で参りとうござりまする」と言って聞かなかった恵理は
残念ながら躑躅ヶ崎でお留守番w
陣中に輿で行けば、信玄の身に何が起こったか
その場にいなくとも容易に推測できるからです。
野田城を囲んでおりますが、思いのほか抵抗されまして
簡単には落とせなさそうです。
ここは甲斐から金山掘を呼び寄せまして、
野田城の二の丸と本丸の間の地下道を少しずつ掘って
二の丸と三の丸に詰めている城兵たちが
畏れをなして本丸に移るのを見計らい、
本丸の水の流れを止めて兵糧攻めにしたほうがよさそうです。
信玄は諏訪勝頼に、国造りとは人を作ること、と教えます。
結局 野田城は1ヶ月ほど持ちこたえまして、
ようやく落とすことが出来ました。
その間、信玄はずっと横になって
里美の介抱のもと、ゆっくり休むことが出来ました。
御所では、義昭が信長の使者と対面し和睦の話をしますが、
そこに、野田城陥落の知らせが入り、
「信長としては、来るのが少々遅すぎたのではないか?」と
和睦を結ぶつもりはありません。
これまでの将軍家への数々の無礼が許せない義昭です。
「田舎者め……下がれッ」
ゆっくり休むことが出来た、とはいえ
信玄の病状が好転したわけではありません。
一時の回復であり、また再び悪化の一途をたどります。
元亀4(1573)年2月16日、
城兵の助命を条件に野田城を開城し、
城主・菅沼定盈は捕虜として武田軍に連行される。
慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで
あと42年2ヶ月──。
脚本:田向 正健
原作:新田 次郎「武田信玄」
音楽:山本 直純
タイトル題字:渡辺 裕英
語り(大井夫人):若尾 文子
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[出演]
中井 貴一 (武田信玄)
大地 真央 (里美)
石橋 凌 (織田信長)
麻生 祐未 (濃姫)
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池上 季実子 (恵理)
美木 良介 (馬場信春)
村上 弘明 (高坂弾正)
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河原崎 建三 (梁田政綱)
大門 正明 (市川大介)
市川 団蔵 (足利義昭)
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篠田 三郎 (山県昌景)
佐藤 慶 (阿部勝宝)
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制作:村上 慧
演出:田島 照
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