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2016年8月 2日 (火)

プレイバック真田太平記・(09)華燭の宴

真田幸村が越後・春日山城に入って
城主・上杉景勝の近習になって1年半、
今では幸村は景勝を敬い、景勝もまた
戦国武将としての心得を存分に幸村に注ぎます。

そして、家康と秀吉の謁見を済ませた真田昌幸・真田信幸は
岩櫃城に戻る前に名胡桃城に立ち寄り、お徳と於菊と対面。
父が娘を抱く姿は、城主・鈴木主水からは
「まるでじいさまと孫」とからかわれていますw

ただ、真田が徳川の傘下に入ったことで
徳川と同盟を結んでいる北条にとっては
名胡桃城と沼田城は北条のもの、と見なしているようで、
いま真田が下手に動いて刺激しないほうがいい、と
信幸は父に進言します。

昌幸は於菊にヒゲを引っ張られて、
いたいいたいと言いながらとても喜んでいます。
それどころではない?(笑)


翌朝、岩櫃城に入った昌幸と信幸。

信幸よりも先に岩櫃に戻っていた矢沢頼康の報告で
信幸が徳川家重臣本多忠勝の娘・稲姫と婚約したことを
母の山手殿はとても喜んでいますが、
叔母の久野は、表情には出しませんが内心複雑です。

そして昌幸の口から、今は越後に言っている幸村を
大坂へ人質として差し出さなければならなくなった、と
ふたりに伝えると、少しばかり衝撃が……。

で、昌幸としては、お徳と於菊の処遇を
そろそろ考えてやらなければなりません。
信幸は、山手殿と久野を岩櫃城から上田城に移した後
この岩櫃でお徳母子を引き取るのが賢明、と案を出します。

名胡桃は手薄になりますが、
徳川・北条には決して手渡してはならない。
本多忠勝の娘を妻に娶ろうとも、真田としては
それだけは守り通さなければならない。

信幸は父を見据えて発言します。


春日山城に入った昌幸は、
家康と秀吉との謁見が無事に済んだことを報告し、
昌幸が徳川方から妻を娶ること、そして人質として
幸村を大坂に差し出すことになったと伝えます。

幸村を我が子のようにかわいがってきた景勝だけに
反対を唱えたい景勝ですが、秀吉の命とあらば
昌幸であれ自分であれ逆らえないと、諦めます。
景勝は、せめて大坂まで送り届ける役目を買って出ます。


幸村の大坂行きを前に、備前島には
壺谷又五郎を筆頭とする草の者が集まる小屋が造られます。
情報によると、秀吉は九州島津を平定し
次の狙いは北条、ということです。


昌幸は、沼田領を北条に引き渡すとする秀吉の命令に
ついに承服します。

そして幸村が大坂へ。

秀吉と対面した幸村は、大坂城はどうかと問われ
まるで女子のよう、と例えます。
遠くから見ればとても華麗に見え、
城内に入ればとてもしたたか。

初めこそ「城がか弱いと申すか!?」と立腹していた秀吉も
幸村の言葉を聞き、次第に表情が緩み、満足げに頷きます。
「それじゃそれそれ!──」


沼田城受け取りに、北条氏政は大軍を沼田に差し向けます。
血と汗で勝ち得た沼田城の所有者が、北条に移ったのです。

複雑な表情の昌幸です。


しばらくして、徳川家から稲姫が輿入れしてきます。
上田城は祝福ムードで稲姫を迎え入れます。

信幸は徳川に縁づき、幸村は豊臣に行った。
おもしろいことになった……。
信幸はそうつぶやきます。

この兄の予言通り、この兄弟がそれぞれの立場で
後々関係が分かれていきます。
しかし、この時の信幸は、
それを知る由もありませんでした。


天正17(1589)年9月、
徳川家康は重臣本多忠勝の娘・小松姫を養女とし、
真田信幸を出仕させて娶らせる。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと25年8ヶ月──。

(『真田丸』では「(18)上洛」〜「(20)前兆」付近)


原作:池波 正太郎
脚本:金子 成人
音楽:林 光
タイトル題字:池波 正太郎
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
渡瀬 恒彦 (真田信幸)
草刈 正雄 (真田幸村)
遙 くらら (お江)
坂口 良子 (お徳)
──────────
長門 裕之 (豊臣秀吉)
夏八木 勲 (壺谷又五郎)
香野 百合子 (久野)
清水 綋治 (石田三成)
──────────
紺野 美沙子 (稲姫)
伊藤 孝雄 (上杉景勝)
花沢 徳衛 (横沢与七)
小山 明子 (山手殿)
丹波 哲郎 (真田昌幸)
──────────
制作:榎本 一生
演出:永野 昭

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