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2016年8月 5日 (金)

プレイバック真田太平記・(10)惜別の章

天正17(1589)年・秋──。

真田信幸に嫁いだ稲姫は小松殿となり
奥に入っては三河の料理などを女たちに教えて
これがなかなか好評です。

小松殿が得意なのは料理だけではなく
裁縫も上手で、足袋をたちまち縫い上げてしまったり
武術では薙刀もたしなむとかで
真田の嫁としてはなかなか頼もしい限りです。


大坂に入った真田幸村から信幸に宛てた書状によると
豊臣秀吉とともにいるおかげで、
海外の文化に触れる機会が多く
いい体験をさせてもらっているようです。

秀吉の命により、真田は北条に沼田を取られていますが
逆に徳川から伊那と箕輪をもらっております。
沼田を斡旋された形の北条ですが、
秀吉への挨拶が未だにありません。

「儂はもう待てぬ。やるからには早い方がよい。やれ」
北条のことで、ある男が秀吉から何らかの命を受けます。

その男は山中内匠長俊でありまして、甲賀の豪族の出身。
徳川諜報網の元締めである
山中大和守俊房の「またいとこ」にあたります。

内匠長俊と大和守俊房はそれぞれ独自に動いていたようで、
内匠長俊は、今は秀吉の御伽衆のひとりとして活躍していました。
その内匠長俊は、柏木吉兵衛にそのまま伝達します。
「かねて申しおいた如く。よいな」


吉兵衛が向かったのは、北条の小田原城。

加賀の百姓「宅五郎」と名乗り、
北条氏直の御伽衆で絵師の住吉慶春に
会わせてほしい、と門番に頼み込みます。

この住吉慶春は、実は甲賀忍びの酒巻才蔵で
大和守俊房の命で北条家の中に潜り込んでいるわけです。
吉兵衛から、母が病気であると知った慶春は
北条氏直に暇乞いを求め、許されます。

それから、小田原法城院住職・心山も
内匠長俊の叔父で、実は甲賀忍びです。
甲賀の命で仏門に入った心山は
小田原の土地でずっと寺に従事しております。

忍びの者とはいえ、あちこちを飛び回る者だけではなく
その土地の人間になりきって仕えるという
そんな仕事の者もいるわけですね。
なかなか大変です。

吉兵衛から真田の紋が入った文箱を
預かった心山は名胡桃城へ向かい、
北条の紋が入った文箱を
預かった慶春は沼田へ向かいます。


沼田への道中、慶春の前に立ちはだかるお江。

慶春はかつて、お江の父・馬杉市蔵に
公私ともにかなり世話になったらしく、
お江が真田の忍びを務めていると知った慶春は
そのまま別れるわけにはいかない、と情報を伝えます。

沼田の北条勢が名胡桃城を攻める──。

これは徳川も、当の北条も全く知らない
秀吉が北条を陥れるために企てた罠であります。

つまり沼田の北条は、小田原からの
ニセの書状によって名胡桃城に攻め込むことになり、
そして名胡桃城の鈴木主水には心山によって届けられた
ニセ書状によって、名胡桃城を空け上田へ向かう手はずに。

それを知ったお江は、急いで上田へ走ります。

お江からの急報を聞いた昌幸は
もしそれを聞かなかった場合と聞いてしまった場合とで
てんびんにかけて考えます。

聞かなかった場合、名胡桃が攻められたと知った途端に
昌幸はおそらく兵を送ったでありましょう。
そして多くの血が流れる。
小田原は、出兵するしないに関わらず秀吉の餌食になる。

秀吉の許しを得ないまま、名胡桃に出兵すれば
後でその咎めを受ける可能性は高いです。
秀吉の狙いは、北条であると同時に真田でもある?

「見捨てねばならぬ」
昌幸が出した結論は、お江は耳を疑います。
友である鈴木主水を見殺しにしようとするのですから。


沼田城に到着した慶春は、
沼田城城代・猪俣能登守に面会を求め
ニセの書状が入った文箱を渡します。

この二日のうちに名胡桃城を奪え、との命令書です。
豊臣にも徳川にも話は通してあるので、
思い切って急襲せよ、とあります。

同じころ、名胡桃城の主水には
昌幸からのニセの書状が届けられていました。
箕輪城改築について相談したいという話です。

お徳への書状がなかったことを問いつめましょう、と
いたずらっ子っぽく笑う主水は、上田城に行く前に
岩櫃城の矢沢頼綱に会うことにします。

頼綱は、箕輪城改築の話など知らないと言われ
届けられていた書状を見せると、違うと一蹴。
昌幸が幼い頃から手習いで見てきた字とは違うわけです。
「これはニセでござる。名胡桃が危ない!」


主のいない名胡桃城は、北条軍によって
アッという間に占拠されてしまいます。

岩櫃から急いで戻ってきましたが、
間に合わなかった主水は、城外で責めを負い
自害して果てます。

そして、北条が攻めかかってきたことを
上田に知らせようとお徳が夜道を飛び出して行きましたが、
北条の兵士たちに見つかり、矢で射かけられます。

それでも地面を這いつくばって上田へ行こうとするお徳。
主水の割腹を見届けたお江がお徳を発見します。
「上田のお屋形様へお伝えくだされ。名胡桃は落ちたと」
お江の胸でお徳は絶命します。


お江から預かった、お徳の遺髪を持って
昌幸は自分を責め続けます。


天正17(1589)年11月3日、
真田家所有の名胡桃城が北条軍によって強奪される。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと25年6ヶ月──。

(『真田丸』では「(21)戦端」付近)


原作:池波 正太郎
脚本:金子 成人
音楽:林 光
タイトル題字:池波 正太郎
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
渡瀬 恒彦 (真田信幸)
草刈 正雄 (真田幸村)
遙 くらら (お江)
榎木 孝明 (樋口角兵衛)
──────────
長門 裕之 (豊臣秀吉)
坂口 良子 (お徳)
鈴木 瑞穂 (住吉慶春)
──────────
紺野 美沙子 (小松殿)
戸浦 六宏 (山中内匠長俊)
加藤 嘉 (矢沢頼綱)
丹波 哲郎 (真田昌幸)
──────────
制作:榎本 一生
演出:大原 誠

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