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2016年8月16日 (火)

プレイバック真田太平記・(13)お江受難

徳川方の甲賀忍者の元締めである山中大和守俊房の屋敷に
秀吉の御伽衆・山中内匠長俊が入って行くのをお江が目撃します。

ちなみに両者とも山中姓を名乗っていますが、
お江によると俊房と長俊は“またいとこ”の関係であります。
しかし一方は徳川方、もう一方は豊臣方ということもあって
その二人が対面するということはとてもゆゆしき事態なのです。


俊房が長俊を呼んだのには理由があり、
豊臣秀吉の朝鮮出兵のことを聞き出したかったようです。
秀吉の狙いは、目先の朝鮮国ではなく
その先にある明国である、と。

俊房は、その朝鮮出兵が失敗に終わった時のことを
あれこれ想定しているのです。


つまり朝鮮出兵に狩り出された諸大名たちは
出費がかさみ領国安堵もうまくいかず、そして戦に。
せっかくの平穏の世を、再び戦にしてはいけない。
しかし秀吉の天下では、それも危うい。

「のう内匠、儂と手を組まぬか」
いずれは徳川の世の中になるだろうから
今のうちに水面下で動いておこう、というわけです。

かつては豊臣家でも働き口があった長俊も
最近では……という思いがあり、
俊房のいう通り、協力することにします。

俊房と長俊の間を取り持つのは、猫田与助。
お江にかなりの憎悪をむき出しにする
あの不気味な男です。


甲賀忍者がひとり戻って来ないことを知った俊房は
逃がさず始末するように与助に命じます。

複数の忍者に狙われるお江。
初めこそ果敢に応戦しますが、やはり多勢に無勢
手裏剣が刺さり、左腕と右足太ももを受傷してしまいます。

追っ手から必死に逃げるお江ですが、
お江包囲網は次第に狭まっていきまして
しかも山の頂上に追い詰められていきます。


京に入っていた壺谷又五郎が
真田忍びの里に戻ってきてみると、
少年がすばやく駆け、飛び回り
投げた手裏剣を避け、投げ返すという鍛錬を行っていました。

「佐助でございますよ」
と横沢与七は教えてくれます。
佐助とは、向井佐平次の息子のことです。

佐平次の妻・もよから佐助を預かり
鍛錬させている、と与七から聞いて、
それでもよいのか、ともよを問いただします。

忍びの者では身分はなく、真田の家臣名簿?にも名前が残らず
いつも死と隣り合わせで動き回らなければならないのです。

佐平次とは乳児の頃にともに暮らしただけで
物心ついてからは父に会っていない佐助。
佐平次は大坂にいていつ戻るか分からないし
父の顔すら知らず、それをもよは不憫に感じたようです。

「いつでも会えるようにしてやりたい、と」
もよの言葉に、わかったと頷くしかない又五郎です。


佐助が作った粥をすすっていると、
お江と分かれた忍びのもたらした俊房と長俊の情報が
リレー方式で又五郎の耳に入ります。

又五郎はそれを真田昌幸に知らせます。

徳川家康の目論見を考える昌幸ですが、
昌幸には、真田信幸の妻となった小松殿のことを
“女狐(めぎつね)”と蔑んで見ています。

つまり小松殿は徳川の風を
真田に吹かせるために遣わされた忍者のようなものであり、
そんな小松殿の言動に惑わされてはならないと強く警戒し
又五郎に小松殿暗殺を命じます。

又五郎は、一度はその命令を受けるわけですが、
仮に小松殿を暗殺しても
そうさせた人物はすぐに分かってしまうので、
信幸が昌幸に離反して真田を離れていくでしょう、と分析。

それでも殺しますか、と見据える又五郎。
ケッと声にもならない音で昌幸は目を背けます。
「忘れてくれ」


その小松殿ですが、待望の子を授かりました。

子ができないことを気にした小松殿が
お順を信幸の側室として上げようとしましたが、
今となっては上げなくて本当に良かったと思っています。

信幸も、朝鮮出兵の出陣には
鈴木右近を連れていかないことにしました。
まずは出陣前に祝言を挙げさせ、右近を沼田に残す。
信幸の餞です。

ただ、右近はそうは受け取らなかったようで
西国の肥前名護屋に行きたかった右近は
信幸が名簿から右近の名を削除したということは
自分が役立たないからだ、と思い込んでいます。

お順からの訴えで、
まだ知らないはずの右近の沼田居残りが
本人が知ってしまったことを知った信幸は
右近が残した手紙で、右近の思いを知ります。

右近は自らを恥じ、お順とも夫婦にならず
暇乞いをして沼田城を後にしたのです。


大坂城の真田幸村の元に、又五郎が情報を持って現れます。

ひとつは俊房と長俊のことで、長俊が徳川に内通となれば
大坂のことがこれまで以上に徳川にダダ漏れになり、
かつ真田本家のことも徳川に流れてしまうことになること。

そしてもう一つはお江の消息が6日も分からないこと、です。

幸村は、
お江が捕らえられたか命を奪われたかいずれも信じられず、
眠れぬ日を過ごします。

慶長19(1591)年の
大晦(おおつごもり)も近い日のことでした。


(『真田丸』では「(25)別離」〜「(26)瓜売」付近)


原作:池波 正太郎
脚本:金子 成人
音楽:林 光
タイトル題字:池波 正太郎
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
渡瀬 恒彦 (真田信幸)
草刈 正雄 (真田幸村)
遙 くらら (お江)
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夏八木 勲 (壺谷又五郎)
井川 比佐志 (田子庄左衛門)
戸浦 六宏 (山中内匠長俊)
石橋 蓮司 (猫田与助)
──────────
紺野 美沙子 (小松殿)
花沢 徳衛 (横沢与七)
佐藤 慶 (山中大和守俊房)
丹波 哲郎 (真田昌幸)
──────────
制作:榎本 一生
演出:永野 昭

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