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2016年8月26日 (金)

プレイバック真田太平記・(16)名護屋撤退

永禄元(1592)年7月、豊臣秀吉の母・大政所が逝去。

死ぬる人あれば生まれる人あり。
一方で、真田信幸の妻・小松殿が無事に姫君を生んだと
肥前名護屋城の信幸の陣に急報がもたらされます。

真田昌幸に知らせた信幸は、秀吉よりも先に
小松殿の養父・徳川家康に知らせるべきと
昌幸の反対を押し切って報告に上がります。

大政所の葬儀を済ませた秀吉は
再び名護屋城に戻ってきますが、
以前にも増して感情の起伏が激しくなり
しかも朝鮮出兵に関して気を揉んでいたという大政所に胸を痛め
講和して朝鮮出兵から撤退しようかとも考え始めます。

そんな時、朝鮮の戦況が石田三成によってもたらされます。
朝鮮の依頼を受け、明が朝鮮に援軍を送り
日本軍は各地で敗走しているというらしいです。
「なんと! 加藤清正が! 小西行長が! 負けておる、と!」


信幸は、前々から考えていたことを
正直に昌幸に打ち明けます。
つまり、太閤秀吉が亡くなった後のことです。

信幸は、秀吉の後を継ぐのは家康しかいないと考えています。
特に天下というものは、狙って得るものではないわけで
もし仮に狙って得たとすれば、それに反発して
足を引っ張るものが必ず出てくるものだからです。

真田は真田が信じるままに進むべき。
昌幸はそう信じています。


大政所の死、朝鮮出兵の失敗と
秀吉にとって悪い話が続いていましたが、
ついに秀吉にも運の芽が出てきました。

側室の淀の方が秀吉の子を身ごもったのです。
「淀め! でかした!」


上田城で城を守るように命じていた樋口角兵衛が
己の身勝手な一存で名護屋まで出てきました。

城で留守番を続けていれば、どうしても怠けてしまう。
それよりは戦場に立って、存分に活躍したい。
そんな気持ちが逸ったのでしょう。

しかし昌幸は、もし信幸や幸村に何かがあれば
角兵衛が代わって真田の家を継がなければなりません。

ゆえに上田城で城を守れと命じていたはずなのに
勝手に出てきたことで、
当然戦に加わることを認めるはずもありません。

「城で城代の仕事をするのも武士の仕事じゃ」(幸村)
「上の言いつけに背くものは武士ではない」(信幸)
自分の行動を快く受け入れてくれるかと思いきや
全否定される角兵衛は、名護屋の昌幸の陣を飛び出して行きます。

名護屋の浜辺で、荒波を睨みつけていた角兵衛。
そんな姿を見ていた杉坂重五郎は
角兵衛の境遇を聞き、同感し、
角兵衛の心のすき間に入り込んで行きます。


そして、名護屋にやって来た重五郎と入れ替わりに
名護屋に行っていた猫田与助が甲賀の山中屋敷に戻されます。

重五郎がお江を捕らえるのに失敗したと聞き、
与助は、お江の何もかもを知っているからこそ
任せてほしいと言ったのに、と悔しがります。

山中大和守俊房は、そんな与助の
力を借りたいと言って与助を喜ばせます。


再びケガをし、休養しているお江。
自分のために大切な田子庄左衛門を失った衝撃は大きく
忍びの者としてやっていく自信を
なくしているようにも見えます。

壺谷又五郎は、お江に
幸村からの激励の手紙を渡し
一緒に上田に行くことにします。

キレイな水、美しい鳥、鮮やかな草花。
見るものがすべて新鮮です。
「生きていてようございまいた」


自分は天下国家のために働いている。
もし同じようにそういうフィールドで働きたいなら
そのお方に引き合わせる、と重五郎に言われて
角兵衛は俊房の元に連れて来られます。

お江の動向を探っていた与助は
真田の人間という角兵衛と対面し
角兵衛を大いに利用することにします。


淀の方が男子を産みました。
「拾」と名付けられたその男子が
後の豊臣秀頼であります。

皆々様にお頼み申す! と秀吉はいきなり立ち上がります。
「お拾のこと、豊臣家のこと、何とぞお頼み申す」

秀吉はすぐに大坂へ向かいます。


お拾に対面した秀吉は
朝鮮からの撤退を認める代わりに
伏見城建築のための費用捻出を諸大名に命じます。

昌幸は、秀吉に子が生まれて
寿命が更に延びるかもしれない、と愉快そうに笑います。

かつて信幸が言っていた、天下は狙って取るものではなく
天下の趨勢によってトップが決まるもの、という考えに則れば
天下はやはり秀吉のモノ、という結論に至ったわけです。

ただし、信幸には黙っていろ、と
一緒に酒を呑んでいた幸村に頼みますw

そこに、ウワサをしていた信幸が。
名護屋撤兵の挨拶に来たそうです。

昌幸は信幸に杯を持たせ
今度はいつ会えるか分からない、と
酒を呑みかわします。


真田親子は、行先の違う道のりを東へ向かいます。
昌幸は上田へ、信幸は沼田へ、幸村は大坂へ──。

そして幸村は左衛門佐に叙せられ
大坂城内に屋敷を与えられます。
幸村、28歳のことでした。


天正20(1592)年7月21日、
豊臣秀吉の生母・大政所が逝去。享年77。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと24年9ヶ月──。

(『真田丸』では「(26)瓜売」付近)


原作:池波 正太郎
脚本:金子 成人
音楽:林 光
タイトル題字:池波 正太郎
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
渡瀬 恒彦 (真田信幸)
草刈 正雄 (真田幸村)
遙 くらら (お江)
夏八木 勲 (壺谷又五郎)
榎木 孝明 (樋口角兵衛)
──────────
中村 梅之助 (徳川家康)

長門 裕之 (豊臣秀吉)
石橋 蓮司 (猫田与助)
──────────
佐藤 慶 (山中大和守俊房)
清水 綋治 (石田三成)
戸浦 六宏 (山中内匠長俊)
丹波 哲郎 (真田昌幸)
──────────
制作:榎本 一生
演出:永野 昭

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