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2016年8月30日 (火)

プレイバック真田太平記・(17)揺らぐ夏

文禄4(1595)年5月。
沼田城の真田信幸には、その前の年に
待望の男子が誕生していました。
息子を抱っこしてあやす信幸です。

そしてもう一人、息子をあやす男がいました。
豊臣秀頼を授かった、豊臣秀吉であります。
目に入れても痛くないほどかわいいようですが、
秀吉の頭はほぼすべて白髪になってしまいました。

秀吉は真田幸村を呼び、
年の離れた妹・於菊のことを持ち出します。
石田三成の弟に嫁がせたいというのです。

三成は、幸村を生み出した真田家と縁続きになりたいと
強く考えているようで、是非にと言ってきました。
幸村は、自分の一存ではどうにも……と難色を示しますが
結局は押し切られて、使いを出してみると三成に約束します。

14歳の於菊は可憐に成長し
どこに嫁に出しても恥ずかしくないおとなの女性ですが
真田昌幸は、於菊を手放したくないのか
三成の弟との縁談について眉間にシワを寄せています。


於菊の母・お徳の住まいであった屋敷には
樋口角兵衛が住みついていました。

山中大和守俊房の手下である男ふたりは
角兵衛に真田家へ家来として斡旋してもらって
真田家の中に入り込もうと画策しているわけですが、

昼間から酒ばかり飲んでいる角兵衛は
なかなか昌幸に合わせようとしないので
男たちははっぱをかけますが、
うるさい! とたちまち凶暴化してしまいます。


初夏になると、関白・豊臣秀次の乱行が
京や大坂を震撼させます。
秀吉の情愛が秀頼に向けられたことで
疑心暗鬼となり、乱行に走ったわけです。

結果、秀次は7月
高野山にて自害を命じられます。
そして正室側室や子どもたちも合わせて処刑され
見るも無惨な姿に変わり果ててしまいました。

実はこのことは、真田家は無関係ではありませんで
山手殿の妹が秀次の正室(第一の寵愛を受けた女性)ということです。
ゆえに秀吉が、親類縁者までその罪をかぶせようとするならば
真田家も秀吉の敵となってしまいます。

昌幸は、仮に秀吉が真田家に累を及ぼそうとした時には
幸村とともに反旗を翻すつもりでいます。
もし昌幸と幸村が滅んだとしても、
真田家は信幸に託せばいいわけです。


上田城近くの里で、
甲賀から脱出し下久我から戻ってきたお江が
療養していました。

壺谷又五郎はお江を呼び出し
秀次切腹の件で幸村が危ない、と
お江を大坂に遣わします。

そして万一の場合は幸村を
上田に取り戻すように命じます。

上田で発見したお江が西に向かったことを掴んだ俊房は
猫田与助にお江をつけるように命じます。
そして真田の忍びの宿を突き止め
場合によっては殺しても良い、と許可を出します。

そして与助がしくじった時のために
杉坂重五郎もお江につかせます。

付けられていることに気づいたお江に
仲間をやられた与助ではありましたが、
翌朝、ついにお江を仕留められるチャンスを得ます。

お江に向けて弓を振り絞ったその時、
大地がぐらぐらと揺れ始めます。

慶長元(1596)年7月12日、
京・大坂一帯が激しい揺れに見舞われます。
「慶長の大地震」であります。
この地震により伏見城も倒壊し多くの死傷者が出ます。

しかし結果、お江は命拾いし
幸村も軽い怪我程度だったそうです。

そして昌幸が気にしていた、真田家への累ですが
秀吉自身は何とも思っていないようです。


秀吉は再度、朝鮮へ出兵を決定し
諸大名に出兵を命じます。

しかし信幸は、家康の計らいにより
朝鮮出兵を免れます。


大坂の忍び宿に幸村が現れ
お江とのほんの短いひとときを過ごします。

「会いたかった」
そう言う幸村の気持ちを、お江はキャッチします。
たとえ抱きしめなくても、
二人の気持ちが通っている瞬間です。


上田城では、矢沢頼綱が病床に伏していました。

自分の寿命が尽きる前に、と昌幸に遺言を残します。
真田の家が天下にあってもなくてもいい。
これからは本家や分家ということに思い煩うことなく
好きに生きるのもいいと思う──。


信幸は伏見の真田屋敷に入ります。

三成の弟にもらい受けたいという於菊の縁談話
あるいは太閤秀吉の朝鮮出兵の話など
幸村から信幸にいろいろと情報が渡るのですが、
信幸がどう考えているのか、イマイチはっきりとは分かりません。

その都度、幸村は話題を変えるのですが、
結局のところ、それぞれの子どもたちの話に落ち着くわけです。

「お主とこういう話ができるとはな」
信幸は幸村と笑います。


慶長2年5月、真田家の重鎮であった頼綱は
ついに息を引き取ります。

本家と分家の争いになった時には、分家である自分は
本家であるあなた(=信幸)に槍を突きつけねばならない。
その覚悟で領国経営に励みなさい、と
生前の頼綱に教えられたことがありました。

それを今、じっくりとかみしめる信幸です。

頼綱の死は、真田家のひとつの時代の終わりを、
そして新しく激動の時代が始まることを
予感させていました。


慶長2(1597)年5月7日、
真田昌幸の叔父で、真田信幸・幸村兄弟の大叔父に当たる
矢沢頼綱が死去。享年80。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと18年──。

(『真田丸』では「(29)異変」付近)


原作:池波 正太郎
脚本:金子 成人
音楽:林 光
タイトル題字:池波 正太郎
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
渡瀬 恒彦 (真田信幸)
草刈 正雄 (真田幸村)
遙 くらら (お江)
夏八木 勲 (壺谷又五郎)
榎木 孝明 (樋口角兵衛)
香野 百合子 (久野)
中村 久美 (於利世)
岡田 有希子 (於菊)
──────────
長門 裕之 (豊臣秀吉)
村井 国夫 (大谷吉継)
清水 綋治 (石田三成)
石橋 蓮司 (猫田与助)
──────────
紺野 美沙子 (小松殿)
加藤 嘉 (矢沢頼綱)
佐藤 慶 (山中大和守俊房)
小山 明子 (山手殿)
丹波 哲郎 (真田昌幸)
──────────
制作:榎本 一生
演出:田島 照

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