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2016年8月14日 (日)

大河ドラマ真田丸・(32)応酬 〜家康覚醒・vs三成〜

石田三成と徳川家康が激しく対立。
三成に依頼され、昌幸は家康暗殺を決行するが、失敗に終わる。
そんな時、太閤秀吉が、死んだ──。


徳川家康暗殺が失敗に終わり、徳川の家臣たちに
追われることになった出浦昌相は瀕死の重傷であります。
真田信幸の報告によれば、とりあえず徳川には内密に
有馬へ運んで養生させることにしたそうです。

家康暗殺を企んだのは昌幸だった、と知った信繁。
直接的には石田三成から命じられたから企てた昌幸ですが、
武田家からの守り抜いた伝来の地を取り戻すためには
再び乱世に戻すしかないという昌幸の考えも合致したためでした。


一方、命を狙われた側の家康ですが
本多正信は「どうせ狙われる命なら、いっそ天下を」と
家康をそそのかしますが、くどい! と苦虫をかみつぶした表情です。
しかし、その表情の奥に映るものを、正信は見逃しませんでした。

石田三成は、豊臣秀吉の死をしばらくは公表せず
その死は五大老・五奉行にのみ明らかにし、
この10人が政治を執り行っていくことにします。

秀吉の遺骸は壺の中に塩漬けにされ、
大坂城の奥の部屋に置かれます。

ひととおり遺骸の移設は完了し、三成に報告する信繁ですが
そのついでに、家康屋敷が賊の襲撃を受けたこと、
賊は暗殺をしくじったことをそれとなく伝えます。
三成から見れば、信繁は
“ワシは知っておるんだぞ”という無言の圧力だったでしょう。

信繁は、秀吉薨去によって馬廻を解かれるわけですが、
改めて、秀頼の馬廻衆として仕えることもできまして
三成は信繁にその希望を聞いてみます。
「石田様の下で働きとうございます」


秀吉の死を知った家康は、徳川秀忠を呼び
すぐに江戸に戻るように命じます。
「何ゆえに?」
「──たまには頭を働かせろ!」


家康は、すぐにはおかしな動きはしないでしょうが、
上杉景勝や毛利輝元、宇喜多秀家には
家康と互角に戦えるだけの力はあるとも思えません。
となると、頼みの綱は加賀の前田利家であります。

前田大納言利家は秀吉の盟友でもあり
76万石の大大名でもあります。
ただ、すでに病床にありそう長くは持たなそうです。
三成は、今のうちに打てる手は打っておきたい考えです。


五大老・五奉行が一堂に会します。

秀吉の葬儀は、朝鮮に出兵している者たちが
全て日本に引き揚げてしまってからとします。
そしてその引揚げの算段は第一陣が11月、
最終で12月末までの引き揚げを目標としています。

こういったことも事細かに、10人の同意を揃えていく必要があります。
大変ではありますが、誰か一人に力が片寄らないようにするためには
この方法しかないわけです。

こういった方法は、三成を主体に着実に進んでいるようにも見えましたが
家康側室の阿茶局が、秀吉葬儀の日取りが決まらないのは
三成が横やりを入れているからだと北政所の耳に入れます。

家康もそれに乗って、三成を叱りつけてやりますなどと言うものだから、
三成を呼び出して問いただしてみると、真相は
朝鮮からの引揚げが完了してから葬儀をと決していることを知り、
北政所は誰のどこを信じていいものやら分からなくなっています。


徳川屋敷では、いろいろな大名たちを誘い
頻繁に宴が催されています。
参加者は伊達政宗や長宗我部盛親など。
信幸もその宴に誘われています。

「徳川め、大名たちを引き込むつもりだな」
長束正家の報告で、その宴のことが耳に入った三成は
家康と同じことをやってみますが、
こちらは集まりが非情に悪いわけです。

集まったのは、いつもの顔なじみ……。
宇喜多秀家や小早川秀秋、片桐且元など。
秀家は、努めて明るく振るまい、場を和ませようとしますが
彼が頑張れば頑張るほど冷ややかな風が通り抜けるようです。

そこに遅れてやってきたのは、細川越中守忠興。
丹後11万石を有した大名で、
彼の妻は細川ガラシャこと明智 玉であります。

忠興は、三成主催のその会合は
「行って損した」と玉に漏らします。


11月、朝鮮から加藤清正が帰国。

清正は三成に言いたいことは山ほどありますが、
あえてそれは言わず、共に豊臣家を支えて行こうということで一致。

しかし、その後の三成が用意した宴で、
仕事が残っていると中座しようとした三成に対し
もっと話したいのだ! と清正が三成にからんで
両者はケンカになりかけます。


伏見で一つの事件が起こります。
伊達政宗の娘と、徳川家康の息子の婚儀が決定し、
更には福島正則の息子と徳川家康の養女の婚儀が
計画中であるというのです。

徳川の真意を確かめてくる、と言った信繁。
直接出向くのははばかられるので、信幸を頼り
義父の本多忠勝の仲介で家康と対面することができました。

信繁は、いざとなったらおどおどして
遠回しに聞いて来る信幸とは違って
単刀直入に婚儀のことを確認。

それが本当のことだと分かると、
太閤の遺志に反することと分かっていながらの
その判断にどういう所存なのかを聞いてみます。

家康は、“遺言”とはその者が死んでから効力を発するもので
秀吉は未だに死んでいない(葬儀も済んでいない)ので
まだ遺言に従う時ではない、と言いたいわけです。

信繁は、何も言い返せません。


明けて慶長4(1599)年 正月5日、
太閤秀吉の死が公表されます。
豊臣秀頼は、秀吉の遺言に従って
後見の前田利家と共に大坂城に入ります。

加藤清正ですが、家康の娘を嫁にもらうそうです。
「あれは考えていた以上のバカだ」

家康を呼び出して評定の席で問いただし、
ゆくゆくは老衆(おとなしゅう=大老)を外すつもりです。
いま、家康を外せば政治が立ち行かなくなることは分かっていますが
三成としてはどうしても我慢ならないわけです。

「時を待て」と大谷吉継はアドバイスしますが、
秀頼が成人するまでなんて、三成が待てようはずがありません。

大谷吉継は、そんな三成の気持ちが痛いほど分かるので
家康vs三成という形にはせず、あくまでも家康と
他の老衆が対する形に持ち込むのがいい、と三成に念を押します。

いざ家康を問いただしてみれば、
許可なく、大名同士は婚姻してはならないという掟は
失念していたようで、

家康vs他の老衆という図式を目論んで、信繁を派遣してまで
家康を問いただすことを承服させた景勝は、
家康を前にボソボソと小声で反論するばかり。

家康が大声で景勝を威圧すると、
「何でもござらぬ」と引き下がってしまったのです。

我慢ならない三成は家康に食ってかかりますが、
家康は、秀吉自ら命じて老衆に就任したので
それを勝手に退かせるということは、それこそが
秀吉の遺命に背くことになると大きく出ます。


「腹は決まった」
徳川屋敷に夜討ちをかけ、家康の首を取る──。

正月21日、伏見の最も長い一日が始まろうとしていました。


慶長4(1599)年1月、
石田三成は、徳川家康による諸大名との無断婚姻を法に違反するとして、
前田利家らと諮り、家康に問罪使を派遣する。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと16年4ヶ月──。


作:三谷 幸喜
音楽:服部 隆之
題字:挾土 秀平
語り:有働 由美子 アナウンサー
──────────
[出演]
堺 雅人 (真田信繁)
大泉 洋 (真田信幸)
長澤 まさみ (きり)
山本 耕史 (石田三成)
新井 浩文 (加藤清正)
松岡 茉優 (春)
吉田 羊 (稲)
片岡 愛之助 (大谷吉継)
──────────
遠藤 憲一 (上杉景勝)
斉藤 由貴 (阿茶局)
小林 隆 (片桐且元)
高橋 和也 (宇喜多秀家)
星野 源 (徳川秀忠)
竹内 結子 (茶々)
──────────
小日向 文世 (豊臣秀吉)
藤岡 弘、(本多忠勝)
高畑 淳子 (薫)
鈴木 京香 (寧)
近藤 正臣 (本多正信)
内野 聖陽 (徳川家康)
草刈 正雄 (真田昌幸)
──────────
制作統括:屋敷 陽太郎
    :吉川 邦夫
プロデューサー:吉岡 和彦
演出:小林 大児


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『真田丸』
第33回「動乱」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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