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2016年8月31日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(164)

終点停留所の旅“たそがれ”第134弾です。

今回はF岡県北K州市Y幡西区の
S田バス停(跡)をご紹介します。


現在はコチラまでは路線が延びてはおりませんが、
Hヶ丘団地の北側にかつての終点停留所がありました。

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旧バス通り? は「S田さくら通り」というらしいです。

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2016年8月30日 (火)

プレイバック真田太平記・(17)揺らぐ夏

文禄4(1595)年5月。
沼田城の真田信幸には、その前の年に
待望の男子が誕生していました。
息子を抱っこしてあやす信幸です。

そしてもう一人、息子をあやす男がいました。
豊臣秀頼を授かった、豊臣秀吉であります。
目に入れても痛くないほどかわいいようですが、
秀吉の頭はほぼすべて白髪になってしまいました。

秀吉は真田幸村を呼び、
年の離れた妹・於菊のことを持ち出します。
石田三成の弟に嫁がせたいというのです。

三成は、幸村を生み出した真田家と縁続きになりたいと
強く考えているようで、是非にと言ってきました。
幸村は、自分の一存ではどうにも……と難色を示しますが
結局は押し切られて、使いを出してみると三成に約束します。

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2016年8月29日 (月)

ダブルはぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

soramameさん
松原さつきさん


昨日、8月28日は“ヘビーコメンテーター”の
soramameさん & 松原さつきさんの誕生日♪
(毎週日曜日は大河ドラマネタと決まっておりまして、
ブログ開設時からのルールとしてそちらを優先させました。
 あしからず!)


てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一人お一つずつ。

──────────

soramameさんへ

逃げない、はればれと立ち向かう、それがぼくのモットーだ。


(芸術家 岡本太郎さんの言葉より)


松原さつきさんへ

発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることなのだ。


(フランスの作家 マルセル・プルーストさんの言葉より)

──────────

お二人ともおめでとうございまーす。

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2016年8月28日 (日)

大河ドラマ真田丸・(34)挙兵 〜七将襲撃・ガラシャ走る!・直江状上杉征伐・三成の涙・清正との誓い・ついに関ヶ原〜

徳川家康打倒に立ち上がった石田三成。
徳川屋敷襲撃を画策するが、未遂に終わる。
三成を敵視する大名は日に日に増えていた──。


徳川屋敷襲撃を企て、未遂に終わった石田三成。
表向きには石田屋敷で謹慎生活を送っているようにみせて
伏見城から小田原攻めや朝鮮出兵などの記録を持ち込み
時間があるうちにまとめておこうと忙しなく動いています。

ただ、これまで豊臣秀吉政権の中枢を担ってきた人物が
政治から離れているわけで、政が停滞してしまうのも当然。
そろそろ誰かが動き出すだろう、という三成の予想通り
宇喜多秀家らが三成復権に力を注いでいるらしいです。

そんな三成を訪問した真田信繁。

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2016年8月27日 (土)

気になる気になる

ここ数年に渡り、毎週土曜日はおしごとであるわけですが、
昨日の公休日に出勤したので、本日はその代休です。

土曜日は休日ということもあって、来客者数は平日のそれと比べても
大変増えるのはどこのお店も同じだと思うのですが、
従業員の数(出勤者数)がそれに比例して増えてくれるとありがたいのに
変わらないどころか減っているというので、大変な激務な曜日なのです。

毎週出勤しているので、その忙しさは身体に染み付いておりますが
前出の事情で本日お休みをいただいておりますので、
心配で心配でちょっと優越感には浸れません。

今日の結果は、明日の出勤時に分かるという。。。
ちと恐いな。。。

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2016年8月26日 (金)

プレイバック真田太平記・(16)名護屋撤退

永禄元(1592)年7月、豊臣秀吉の母・大政所が逝去。

死ぬる人あれば生まれる人あり。
一方で、真田信幸の妻・小松殿が無事に姫君を生んだと
肥前名護屋城の信幸の陣に急報がもたらされます。

真田昌幸に知らせた信幸は、秀吉よりも先に
小松殿の養父・徳川家康に知らせるべきと
昌幸の反対を押し切って報告に上がります。

大政所の葬儀を済ませた秀吉は
再び名護屋城に戻ってきますが、
以前にも増して感情の起伏が激しくなり
しかも朝鮮出兵に関して気を揉んでいたという大政所に胸を痛め
講和して朝鮮出兵から撤退しようかとも考え始めます。

そんな時、朝鮮の戦況が石田三成によってもたらされます。
朝鮮の依頼を受け、明が朝鮮に援軍を送り
日本軍は各地で敗走しているというらしいです。
「なんと! 加藤清正が! 小西行長が! 負けておる、と!」

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2016年8月25日 (木)

vol.200・ヤッテキ!! 超会議2016

vol.200・ヤッテキ!! 超会議2016
(パーソナリティ:Kassy)
(ゲスト:松原さつきさん・ちょんびんさん・KASHIIさん・
むしぇさん・まめつぶさん・ふじくん・まつじゅんさん)

ついに第200回放送です。

200回スペシャル版を制作致しました!
データ量が大きくなってしまうので、ファイルを4つに分けました。
a.b.c.dの順で聞いていただけたらすんなりお分かりいただけるかと。

あと、第1班のほぼラストで、ちょんびんさんから各出演者陣に配られた
西鉄が運行する観光列車『旅人号』のオリジナル開運カードの話が出ましたが、
その詳細についてはコチラをご参照ください。

今回のListening Pointは……
不具合


番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

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2016年8月24日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(163)

終点停留所の旅“たそがれ”第133弾です。

今回はF岡県N方市の
R王峡バス停をご紹介します。


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長い長い一本道を山に向かって進んでいくと、
R王峡のバス停が見えてきました。

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2016年8月23日 (火)

プレイバック真田太平記・(15)暗闘忍びの群れ

文禄元(1592)年4月、
甲賀・田子庄左衛門の小屋──。

山中大和守俊房の屋敷に潜入し
甲賀忍者の襲撃を受けて受難したお江が
庄左衛門にかくまわれてすでに4ヶ月。

お江は順調に体力を回復し、
忍びとしての勘を取り戻すことに余念がありません。

食事の支度をしようと、ふと小屋の外に出た庄左衛門は
小屋の外で何かを感じ取ったようで、
ちょっとしたすき間から丸い鏡を通して外の様子をうかがうと
俊房の家来・杉坂重五郎が小屋を見張っているようです。

ということは、お江がこの小屋にいるという情報は
俊房もすでに知っているということになります。

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2016年8月22日 (月)

今日もがんばっています

イライラしない
落ち着く
冷静になる
客観的に見る

くじけるな
負けるな
耐えろ
受け止めろ

大人になる
ムキにならない
根気強く
広い心を持つ

他人と比べない
簡単に信じない
媚売らない
悲観しない

日本の女子は今日もがんばっています。

(原文ママ・ツイッターより)

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2016年8月21日 (日)

大河ドラマ真田丸・(33)動乱 〜関ヶ原への誓い〜

太閤秀吉の死後、老衆徳川家康と、奉行石田三成の対立は、
次第に激しさを増していく。
そして遂に事態は、三成の徳川屋敷襲撃に発展する──。


慶長4(1599)年1月21日、早暁。

伏見城内の治部少輔丸に集められた真田信繁、小早川秀秋、
宇喜多秀家を前に、石田三成が徳川屋敷の襲撃を告白します。
真っ正面から徳川家康と渡り合っても全く埒があかず。
ここは屋敷に討ち入って家康の首を挙げたいのだそうです。

そんな三成に賛同する秀家は、
石田軍に加勢しようと兵を出すことを志願しますが、
事を荒立てたくない三成にやんわりと断られます。
我が手の者のみで……と言って呼び出されたのは、島 左近です。

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2016年8月20日 (土)

健康診断

今年の健康診断はいろいろありまして……。

(1)検査会場一番乗りを狙って行ったら、3番目だった。
 一昨年2位(銀メダル)→昨年1位(金)→今年3位(銅)
 と、2連覇は果たせず。

(2)あまり好まない人と同日の健康診断はオススメしない。
 血圧が上がって上がって仕方がない。
 検査中、終始不機嫌。

(3)体重・腹囲がアップ。
 これでも3ヶ月前よりは3kgぐらいやせたのー。

(4)右目の視力が0.7→0.2へ
 裸眼だけではなくメガネをかけての検査が必要なのに
 メガネを撮りに行く面倒くささから「忘れた」ということにして
 後日、要再検査の告知が会社に行くらしい。
 ちなみに左目は変わらず1.5。

(5)胃透視検査(バリウム飲むアレ)がけっこう楽だった
 昨年は逆さまに倒された時に握力だけでは
 Kassyの巨体が支えきれなくなり、バランスを崩して
 検査台から転落しそうになるところだった。
 今年は、技師さんが上手だったか、
 ある程度冷静になってとても楽に受診できた。

(6)下剤を飲んでもしばらく効かず。
 すぐ効く時となかなか効かない時とがあり、
 どうやら今年は後者の方だったらしい。
 ちなみにすぐ効く時は、下剤飲んで会計済ませて
 病院を出た時にトイレに行きたくなる、という“ほぼ瞬時”。

今年もお疲れさまでしたw

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2016年8月19日 (金)

プレイバック真田太平記・(14)それぞれの道

文禄元(1592)年1月。

猫田与助ら甲賀忍者たちに襲撃を受け、追い詰められたお江は
受傷して滝の近くで気を失って倒れていました。

その姿を見つけた男に助けられたわけですが、
助けた田子庄左衛門は、与助の仲間です。
そしてお江が寝かされていたのは庄左衛門の家の地下蔵であり
未だにお江は敵の真っ只中にいるわけです。

与助がお江を追っていると知った上で
庄左衛門はお江を助けたのですが、
お江の父とは、共に甲賀から甲斐へ行き
武田家のために一緒に働いた仲間というつながりがありました。

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2016年8月18日 (木)

せわしない

明日は年に一度の健康診断。
バリウム飲んで胃透視をするため、今日は21時から絶食です。

もちろんシフトは最終(昼過ぎから閉店時まで)。
本来であれば日勤(朝から夕方)とかに変更してもらえると思うのですが
毎年こうだから、もう言う気も起こりませんw

いつもの最終のシフトなら、16時ごろにお昼ご飯を食べて
おしごと終わりに夕ご飯を食べるタイムスケジュールですが、
おしごとを終えた時にはすでに絶食タイムを迎えておりますので、

今日は出勤前に軽くおにぎりを食べ(←お昼ご飯代わり)、
夜19時ごろに夕ごはんを社内で食べるようにしました。

都合悪く、ウチのチームはいつもの木曜日に比べてメンバーが一人少なく
日勤者と最終者(=ワシ)の2人しかおりませんで、
しかも夕ご飯を食べに行く時には、日勤者は帰っているという。。。
つまりKassyがひとりというわけです。

さあご飯! とお弁当を開けますと、売場から呼び出しコールが。
しかも2件であります。
とにかく売場に来てほしいという要請だったので、
お弁当は置いておいて売場へ。

2件の接客を終え、事務所に戻ろうとした時
問い合わせの電話が。
( -_-)≡3 はふん

まぁもちろん電話にはでましたけど、
ゆっくりご飯を食べさせておくれ〜っ!!

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2016年8月17日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(162)

終点停留所の旅“たそがれ”第132弾です。

今回はF岡県N方市の
J福寺バス停をご紹介します。


現在では、イOンモールN方へ路線が延伸しておりますので
あくまでも“終点停留所”ではないのですが、
バスセンターの行先表記にもあることだし
方向幕のコマにも収録されていたので、
勝手に“終点停留所”とします!(←なんと勝手なw)


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道沿いにポツンと立っているバス停標柱。

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2016年8月16日 (火)

プレイバック真田太平記・(13)お江受難

徳川方の甲賀忍者の元締めである山中大和守俊房の屋敷に
秀吉の御伽衆・山中内匠長俊が入って行くのをお江が目撃します。

ちなみに両者とも山中姓を名乗っていますが、
お江によると俊房と長俊は“またいとこ”の関係であります。
しかし一方は徳川方、もう一方は豊臣方ということもあって
その二人が対面するということはとてもゆゆしき事態なのです。


俊房が長俊を呼んだのには理由があり、
豊臣秀吉の朝鮮出兵のことを聞き出したかったようです。
秀吉の狙いは、目先の朝鮮国ではなく
その先にある明国である、と。

俊房は、その朝鮮出兵が失敗に終わった時のことを
あれこれ想定しているのです。

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2016年8月15日 (月)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

ちょんびんさん


今日、8月15日は
ヘビーコメンテーターのちょんびんさんの誕生日♪

てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

誰もの心に、何かに向かって燃える火があります。
それを見つけ、燃やし続けること
が、私たちの人生の目的なのです。


(米国の元体操選手、ロス五輪金メダリスト メアリー・ルー・レットンさんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

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2016年8月14日 (日)

大河ドラマ真田丸・(32)応酬 〜家康覚醒・vs三成〜

石田三成と徳川家康が激しく対立。
三成に依頼され、昌幸は家康暗殺を決行するが、失敗に終わる。
そんな時、太閤秀吉が、死んだ──。


徳川家康暗殺が失敗に終わり、徳川の家臣たちに
追われることになった出浦昌相は瀕死の重傷であります。
真田信幸の報告によれば、とりあえず徳川には内密に
有馬へ運んで養生させることにしたそうです。

家康暗殺を企んだのは昌幸だった、と知った信繁。
直接的には石田三成から命じられたから企てた昌幸ですが、
武田家からの守り抜いた伝来の地を取り戻すためには
再び乱世に戻すしかないという昌幸の考えも合致したためでした。


一方、命を狙われた側の家康ですが
本多正信は「どうせ狙われる命なら、いっそ天下を」と
家康をそそのかしますが、くどい! と苦虫をかみつぶした表情です。
しかし、その表情の奥に映るものを、正信は見逃しませんでした。

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2016年8月13日 (土)

ボールばかり集めて

図らずも、始めてしまった『ポケモンGO』。

モンスターを集めて回る、
という主旨なのに集めて回ることはせず、
ポケストップを巡って、せっせせっせと
モンスターボールばかりを集めています。

2日間、仕事終わりにぐるりと回って200個弱。
よう集めたものだw

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2016年8月12日 (金)

プレイバック真田太平記・(12)沼田城主信幸

天正19(1591)年 春。

真田信幸が沼田城に入って半年。
沼田城の修繕に着手していました。

そんな時、小松殿は
自分の身には子どもはできないからと
世継ぎを作るために側室をお作りあそばせ、と
信幸にいうわけです。

その実践として、侍女のお順を指名するわけですが、
小松殿の女としての恐さを畏れて、お順は
鈴木主水の子・小太郎こと鈴木右近に相談します。

側女にならずに済むように取りはからってほしい、と懇願するお順。
その今にも泣きそうな評定を見ると、頷くしかない右近です。

果たしてその夜、お順は信幸の寝所に待機するのですが、
床下からヌッと姿を現した右近に
急かされるまま、床下から逃げます。
代わって布団に入る右近。

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2016年8月11日 (木)

vol.199・おっさんの傾向と対策 (後編)

vol.199・おっさんの傾向と対策 (後編)
(パーソナリティ:Kassy)

第199回放送です。

自由抑制型・支配型・若作り型・陰虚型・
過剰節約型・ネガティブ型……。
今回決定! Kassyはおじさんか!? おじさんでないか!?

今回のListening Pointは……
ポイントカード


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2016年8月10日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(161)

終点停留所の旅“たそがれ”第131弾です。

今回はF岡県N方市の
下S団地バス停をご紹介します。


正確には「県営R光寺団地」というようで、
平成2年のバス路線図を見る限りでは
この周辺にまでバス路線が伸びてきていますが、
詳細の情報が……実はありませんm(_ _)m

1棟から4棟まである団地のどの辺りに終点停留所があって
どこで転回・待機していたのか?
小規模団地でよく見られるような、
団地内をグルッと一周して元のバス路線に復帰するパターンか
はたまたどこかで転回場を設けていたのか。

いろいろ調べてみたわけですが、確定できる材料がないので
ここでは、あえて別の場所に転回場を設けていたと仮定して
記事を進めることにしましょう。

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2016年8月 9日 (火)

プレイバック真田太平記・(11)小田原攻め

天正17(1589)年10月。

“北条氏直からのニセの指令書”によって
真田の名胡桃城を攻撃した北条軍。
“真田昌幸からのニセの呼出状”によって
管理する名胡桃城から離れていた城代の鈴木主水は
その間に城を奪われた責任を取って割腹。

天下を取った豊臣秀吉は、他国の城を攻める時には
予め許可を得ること、となっていたにもかかわらず
形としては北条が勝手に名胡桃を奪い取ったようになるため
北条家が秀吉に釈明でもするのかと思いきや、
釈明どころか上洛の気配すら見せません。

関白秀吉は、小田原への攻撃を決定したようです。

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2016年8月 8日 (月)

やっぱりか。

8日、東海地方は高気圧に覆われ、広く晴天になり、
岐阜県多治見市では午後2時13分、
今夏全国最高の39・7度を記録した。

やっぱり今年は暑いのか──。

昨年、一昨年と冷夏が続いたので、
今年もと淡い期待を抱いていたのですが、
やっぱり酷暑らしいですね。

もうため息しか出ませんわぁ。

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2016年8月 7日 (日)

大河ドラマ真田丸・(31)終焉(しゅうえん) 〜秀吉最期・家康暗殺〜

度重なる天災、朝鮮への再出兵。
世間の不安は高まるばかりだった。
そして今、太閤秀吉の死がすぐそこまで迫っている──。


伏見城──。

ベッド? に寝かされ、もしも用があるときは振ってください、と
真田信繁は呼び出しベルを秀吉の手の届くところに置きますが、
信繁が立ち去ろうとすると、秀吉はチリンチリンと振ります。

いよいよ秀吉が危ない、ということで、これからの豊臣政権は
老衆(おとなしゅう=つまり「大老」)として
徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・上杉景勝・毛利輝元、
奉行は、浅野幸長・大谷吉継・石田三成・増田長盛・
前田玄以・長束正家の、計11名で務めることになりますが、

病気療養中でもある吉継は、このような醜態を晒したくないと
奉行から外してもらうように三成に懇願します。

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2016年8月 6日 (土)

ちょっとした気遣い

毎週土曜日、うちのチームは全7人中、3人出勤態勢。
でありながら、さらにうち1人は別店舗へ応援出張に行っていて
最終的には2人態勢であります。

それなりにチラシも相当アイテム数入っているし、
週末のかき入れ時なので、2人で売場を回せるだけの
人数でないことは事前の段階で分かっておりましたが、
シフトを組んだ上司に話しても、何もしてくれませんで(^ ^;;)
この2人態勢のまま、客数多い土曜日に突っ込むことになりました。

で、まあ、Kassyが退勤する時点では
売場のお仕事はほぼ手つかずの状態でありまして、
そりゃ残業することも覚悟の上で出勤したので
そのまま残業に突入することになったのですが、

周囲のみなさん方が、
それとなくKassyに気遣ってくださっているのが
痛いほど分かりまして、申し訳なく思っております。

そういえば、毎回毎回ではないものの、
Kassyがいよいよピンチ! の時には「大丈夫?」とか
「手伝おうか?」とかそれとなく声をかけていただいて、

Kassyが残業していようものなら、
「私らが後を引き継ぐから、Kassyはもう帰りなさい! ね!」と
そのまままるっと引き継いでくれたりもします。
おかげで、ごくごく一般的な残業で帰れます。

でないと、ワシみたいな人間は
6時半に出勤して、16時前に退勤という日であるにも関わらず
21時になっても帰っていないということが頻発するから(^ ^;;)

現に、研修で本部に行っていた新人さんが21時前に帰社して
さすがにワシは帰っているだろう、と思っていたら、
その子の前にワシが現れた、というほどだから(笑)。

ありがたや(^人^)

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2016年8月 5日 (金)

プレイバック真田太平記・(10)惜別の章

天正17(1589)年・秋──。

真田信幸に嫁いだ稲姫は小松殿となり
奥に入っては三河の料理などを女たちに教えて
これがなかなか好評です。

小松殿が得意なのは料理だけではなく
裁縫も上手で、足袋をたちまち縫い上げてしまったり
武術では薙刀もたしなむとかで
真田の嫁としてはなかなか頼もしい限りです。


大坂に入った真田幸村から信幸に宛てた書状によると
豊臣秀吉とともにいるおかげで、
海外の文化に触れる機会が多く
いい体験をさせてもらっているようです。

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2016年8月 4日 (木)

嗚呼、のり弁

会社に行く前に、必ず(と言っていいほど)立ち寄るコンビニがある。

決まってそのコンビニなものだから、
ただでさえ他店に比べてバリエーションが少ない中でも
メニューも自ずと決まってきてしまう。

で、今日は珍しく「のり弁」が入荷されていた。
思わず手に取り、買った。

お昼に食べた。

食べた時に思い出した。
ああ、この味。
懐かしい。

学生時代に食べた、衝撃的なおいしさ。
親にねだってのり弁ばかり作ってもらったっけ。
彼女にお弁当は何がいい? と聞かれて、
すかさず「のり弁!」と答えたこともあったっけ。

そうそう、そういえばワシはのり弁好き人間だったのだ。
そんな楽しげなことさえもすっかり忘れていた。

夜、仕事終わりにほっともっと行ってきた。
もちろん、のり弁買うために。
やばい。
顔がほころんできている。

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2016年8月 3日 (水)

方向幕考(136)

幕ファンのみなさま、
大変長らくお待たせいたしました。

“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”
通称“幕コレ”の第81弾は、N鉄バスF日市・A木営業所の
「T人号」専用車車両をご紹介します。


F岡都心部から“わがまち”D宰府へ、
F岡(T神)から電車で行ける便利さもあるので
直通バスが運行されると知ったとき、正直
「ま、まさかねぇ」と思ったものでしたが、

いざふたを開けてみればドル箱もいいところでして
開設当初は1日7本だったダイヤも増便に増便を重ね
お正月にはなんと10分おきに出発するという
地元民のバス好きにしてみれば“シンジラレナーイ”路線です。

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2016年8月 2日 (火)

プレイバック真田太平記・(09)華燭の宴

真田幸村が越後・春日山城に入って
城主・上杉景勝の近習になって1年半、
今では幸村は景勝を敬い、景勝もまた
戦国武将としての心得を存分に幸村に注ぎます。

そして、家康と秀吉の謁見を済ませた真田昌幸・真田信幸は
岩櫃城に戻る前に名胡桃城に立ち寄り、お徳と於菊と対面。
父が娘を抱く姿は、城主・鈴木主水からは
「まるでじいさまと孫」とからかわれていますw

ただ、真田が徳川の傘下に入ったことで
徳川と同盟を結んでいる北条にとっては
名胡桃城と沼田城は北条のもの、と見なしているようで、
いま真田が下手に動いて刺激しないほうがいい、と
信幸は父に進言します。

昌幸は於菊にヒゲを引っ張られて、
いたいいたいと言いながらとても喜んでいます。
それどころではない?(笑)

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2016年8月 1日 (月)

整骨院なう

Kassyの、整骨院での楽しみといえば、
今までも何度となく書いてきたことではありますが
横になっていると真下をゴロゴロとローラーが行き来して
身体の緊張をほぐしてくれる“ローラーベッド”という機械であります。

Kassyが整骨院に入ったときのその日の混雑状況で
もう少しで空きそうならローラーベッドの時間は短め(10分)、
しばらく空きそうになければ、ローラーベッドの時間は長め(20分)
という“法則”? を発見しました。

なので、予約時間ギリギリに行くと、
ローラーベッドの時間は短めになりやすいので
それを見越して、予約時間の20分前に入るようにしたのです。

ただ、コチラの目論見通りにはなかなかいかず。
標準15分で終わることもしばしばだし、
予想に反して10分で終えられたりもしました。
(顔で笑って、心で泣いてw)

スタッフさんが機械のボタンを
ピッピッピッピッピッと押す音を確認しました♪
今日は久々に20分! やった!

もしワガママを言わせてもらえるなら、
コースもローラーでゴロゴロ……といういつものではなく
ローラーで肩たたきのような振動を起こすメニューにしてくれれば
御の字なんですがなぁ……。。。

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