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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2016年8月の31件の記事

2016年8月31日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(164)

終点停留所の旅“たそがれ”第134弾です。

今回はF岡県北K州市Y幡西区の
S田バス停(跡)をご紹介します。


現在はコチラまでは路線が延びてはおりませんが、
Hヶ丘団地の北側にかつての終点停留所がありました。

Mj0843Mj0842

旧バス通り? は「S田さくら通り」というらしいです。

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2016年8月30日 (火)

プレイバック真田太平記・(17)揺らぐ夏

文禄4(1595)年5月。
沼田城の真田信幸には、その前の年に
待望の男子が誕生していました。
息子を抱っこしてあやす信幸です。

そしてもう一人、息子をあやす男がいました。
豊臣秀頼を授かった、豊臣秀吉であります。
目に入れても痛くないほどかわいいようですが、
秀吉の頭はほぼすべて白髪になってしまいました。

秀吉は真田幸村を呼び、
年の離れた妹・於菊のことを持ち出します。
石田三成の弟に嫁がせたいというのです。

三成は、幸村を生み出した真田家と縁続きになりたいと
強く考えているようで、是非にと言ってきました。
幸村は、自分の一存ではどうにも……と難色を示しますが
結局は押し切られて、使いを出してみると三成に約束します。

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2016年8月29日 (月)

ダブルはぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

soramameさん
松原さつきさん


昨日、8月28日は“ヘビーコメンテーター”の
soramameさん & 松原さつきさんの誕生日♪
(毎週日曜日は大河ドラマネタと決まっておりまして、
ブログ開設時からのルールとしてそちらを優先させました。
 あしからず!)


てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一人お一つずつ。

──────────

soramameさんへ

逃げない、はればれと立ち向かう、それがぼくのモットーだ。


(芸術家 岡本太郎さんの言葉より)


松原さつきさんへ

発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることなのだ。


(フランスの作家 マルセル・プルーストさんの言葉より)

──────────

お二人ともおめでとうございまーす。

2016年8月28日 (日)

大河ドラマ真田丸・(34)挙兵 〜七将襲撃・ガラシャ走る!・直江状上杉征伐・三成の涙・清正との誓い・ついに関ヶ原〜

徳川家康打倒に立ち上がった石田三成。
徳川屋敷襲撃を画策するが、未遂に終わる。
三成を敵視する大名は日に日に増えていた──。


徳川屋敷襲撃を企て、未遂に終わった石田三成。
表向きには石田屋敷で謹慎生活を送っているようにみせて
伏見城から小田原攻めや朝鮮出兵などの記録を持ち込み
時間があるうちにまとめておこうと忙しなく動いています。

ただ、これまで豊臣秀吉政権の中枢を担ってきた人物が
政治から離れているわけで、政が停滞してしまうのも当然。
そろそろ誰かが動き出すだろう、という三成の予想通り
宇喜多秀家らが三成復権に力を注いでいるらしいです。

そんな三成を訪問した真田信繁。

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2016年8月27日 (土)

気になる気になる

ここ数年に渡り、毎週土曜日はおしごとであるわけですが、
昨日の公休日に出勤したので、本日はその代休です。

土曜日は休日ということもあって、来客者数は平日のそれと比べても
大変増えるのはどこのお店も同じだと思うのですが、
従業員の数(出勤者数)がそれに比例して増えてくれるとありがたいのに
変わらないどころか減っているというので、大変な激務な曜日なのです。

毎週出勤しているので、その忙しさは身体に染み付いておりますが
前出の事情で本日お休みをいただいておりますので、
心配で心配でちょっと優越感には浸れません。

今日の結果は、明日の出勤時に分かるという。。。
ちと恐いな。。。

2016年8月26日 (金)

プレイバック真田太平記・(16)名護屋撤退

永禄元(1592)年7月、豊臣秀吉の母・大政所が逝去。

死ぬる人あれば生まれる人あり。
一方で、真田信幸の妻・小松殿が無事に姫君を生んだと
肥前名護屋城の信幸の陣に急報がもたらされます。

真田昌幸に知らせた信幸は、秀吉よりも先に
小松殿の養父・徳川家康に知らせるべきと
昌幸の反対を押し切って報告に上がります。

大政所の葬儀を済ませた秀吉は
再び名護屋城に戻ってきますが、
以前にも増して感情の起伏が激しくなり
しかも朝鮮出兵に関して気を揉んでいたという大政所に胸を痛め
講和して朝鮮出兵から撤退しようかとも考え始めます。

そんな時、朝鮮の戦況が石田三成によってもたらされます。
朝鮮の依頼を受け、明が朝鮮に援軍を送り
日本軍は各地で敗走しているというらしいです。
「なんと! 加藤清正が! 小西行長が! 負けておる、と!」

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2016年8月25日 (木)

vol.200・ヤッテキ!! 超会議2016

vol.200・ヤッテキ!! 超会議2016
(パーソナリティ:Kassy)
(ゲスト:松原さつきさん・ちょんびんさん・KASHIIさん・
むしぇさん・まめつぶさん・ふじくん・まつじゅんさん)

ついに第200回放送です。

200回スペシャル版を制作致しました!
データ量が大きくなってしまうので、ファイルを4つに分けました。
a.b.c.dの順で聞いていただけたらすんなりお分かりいただけるかと。

あと、第1班のほぼラストで、ちょんびんさんから各出演者陣に配られた
西鉄が運行する観光列車『旅人号』のオリジナル開運カードの話が出ましたが、
その詳細についてはコチラをご参照ください。

今回のListening Pointは……
不具合


番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2016年8月24日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(163)

終点停留所の旅“たそがれ”第133弾です。

今回はF岡県N方市の
R王峡バス停をご紹介します。


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長い長い一本道を山に向かって進んでいくと、
R王峡のバス停が見えてきました。

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2016年8月23日 (火)

プレイバック真田太平記・(15)暗闘忍びの群れ

文禄元(1592)年4月、
甲賀・田子庄左衛門の小屋──。

山中大和守俊房の屋敷に潜入し
甲賀忍者の襲撃を受けて受難したお江が
庄左衛門にかくまわれてすでに4ヶ月。

お江は順調に体力を回復し、
忍びとしての勘を取り戻すことに余念がありません。

食事の支度をしようと、ふと小屋の外に出た庄左衛門は
小屋の外で何かを感じ取ったようで、
ちょっとしたすき間から丸い鏡を通して外の様子をうかがうと
俊房の家来・杉坂重五郎が小屋を見張っているようです。

ということは、お江がこの小屋にいるという情報は
俊房もすでに知っているということになります。

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2016年8月22日 (月)

今日もがんばっています

イライラしない
落ち着く
冷静になる
客観的に見る

くじけるな
負けるな
耐えろ
受け止めろ

大人になる
ムキにならない
根気強く
広い心を持つ

他人と比べない
簡単に信じない
媚売らない
悲観しない

日本の女子は今日もがんばっています。

(原文ママ・ツイッターより)

2016年8月21日 (日)

大河ドラマ真田丸・(33)動乱 〜関ヶ原への誓い〜

太閤秀吉の死後、老衆徳川家康と、奉行石田三成の対立は、
次第に激しさを増していく。
そして遂に事態は、三成の徳川屋敷襲撃に発展する──。


慶長4(1599)年1月21日、早暁。

伏見城内の治部少輔丸に集められた真田信繁、小早川秀秋、
宇喜多秀家を前に、石田三成が徳川屋敷の襲撃を告白します。
真っ正面から徳川家康と渡り合っても全く埒があかず。
ここは屋敷に討ち入って家康の首を挙げたいのだそうです。

そんな三成に賛同する秀家は、
石田軍に加勢しようと兵を出すことを志願しますが、
事を荒立てたくない三成にやんわりと断られます。
我が手の者のみで……と言って呼び出されたのは、島 左近です。

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2016年8月20日 (土)

健康診断

今年の健康診断はいろいろありまして……。

(1)検査会場一番乗りを狙って行ったら、3番目だった。
 一昨年2位(銀メダル)→昨年1位(金)→今年3位(銅)
 と、2連覇は果たせず。

(2)あまり好まない人と同日の健康診断はオススメしない。
 血圧が上がって上がって仕方がない。
 検査中、終始不機嫌。

(3)体重・腹囲がアップ。
 これでも3ヶ月前よりは3kgぐらいやせたのー。

(4)右目の視力が0.7→0.2へ
 裸眼だけではなくメガネをかけての検査が必要なのに
 メガネを撮りに行く面倒くささから「忘れた」ということにして
 後日、要再検査の告知が会社に行くらしい。
 ちなみに左目は変わらず1.5。

(5)胃透視検査(バリウム飲むアレ)がけっこう楽だった
 昨年は逆さまに倒された時に握力だけでは
 Kassyの巨体が支えきれなくなり、バランスを崩して
 検査台から転落しそうになるところだった。
 今年は、技師さんが上手だったか、
 ある程度冷静になってとても楽に受診できた。

(6)下剤を飲んでもしばらく効かず。
 すぐ効く時となかなか効かない時とがあり、
 どうやら今年は後者の方だったらしい。
 ちなみにすぐ効く時は、下剤飲んで会計済ませて
 病院を出た時にトイレに行きたくなる、という“ほぼ瞬時”。

今年もお疲れさまでしたw

2016年8月19日 (金)

プレイバック真田太平記・(14)それぞれの道

文禄元(1592)年1月。

猫田与助ら甲賀忍者たちに襲撃を受け、追い詰められたお江は
受傷して滝の近くで気を失って倒れていました。

その姿を見つけた男に助けられたわけですが、
助けた田子庄左衛門は、与助の仲間です。
そしてお江が寝かされていたのは庄左衛門の家の地下蔵であり
未だにお江は敵の真っ只中にいるわけです。

与助がお江を追っていると知った上で
庄左衛門はお江を助けたのですが、
お江の父とは、共に甲賀から甲斐へ行き
武田家のために一緒に働いた仲間というつながりがありました。

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2016年8月18日 (木)

せわしない

明日は年に一度の健康診断。
バリウム飲んで胃透視をするため、今日は21時から絶食です。

もちろんシフトは最終(昼過ぎから閉店時まで)。
本来であれば日勤(朝から夕方)とかに変更してもらえると思うのですが
毎年こうだから、もう言う気も起こりませんw

いつもの最終のシフトなら、16時ごろにお昼ご飯を食べて
おしごと終わりに夕ご飯を食べるタイムスケジュールですが、
おしごとを終えた時にはすでに絶食タイムを迎えておりますので、

今日は出勤前に軽くおにぎりを食べ(←お昼ご飯代わり)、
夜19時ごろに夕ごはんを社内で食べるようにしました。

都合悪く、ウチのチームはいつもの木曜日に比べてメンバーが一人少なく
日勤者と最終者(=ワシ)の2人しかおりませんで、
しかも夕ご飯を食べに行く時には、日勤者は帰っているという。。。
つまりKassyがひとりというわけです。

さあご飯! とお弁当を開けますと、売場から呼び出しコールが。
しかも2件であります。
とにかく売場に来てほしいという要請だったので、
お弁当は置いておいて売場へ。

2件の接客を終え、事務所に戻ろうとした時
問い合わせの電話が。
( -_-)≡3 はふん

まぁもちろん電話にはでましたけど、
ゆっくりご飯を食べさせておくれ〜っ!!

2016年8月17日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(162)

終点停留所の旅“たそがれ”第132弾です。

今回はF岡県N方市の
J福寺バス停をご紹介します。


現在では、イOンモールN方へ路線が延伸しておりますので
あくまでも“終点停留所”ではないのですが、
バスセンターの行先表記にもあることだし
方向幕のコマにも収録されていたので、
勝手に“終点停留所”とします!(←なんと勝手なw)


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道沿いにポツンと立っているバス停標柱。

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2016年8月16日 (火)

プレイバック真田太平記・(13)お江受難

徳川方の甲賀忍者の元締めである山中大和守俊房の屋敷に
秀吉の御伽衆・山中内匠長俊が入って行くのをお江が目撃します。

ちなみに両者とも山中姓を名乗っていますが、
お江によると俊房と長俊は“またいとこ”の関係であります。
しかし一方は徳川方、もう一方は豊臣方ということもあって
その二人が対面するということはとてもゆゆしき事態なのです。


俊房が長俊を呼んだのには理由があり、
豊臣秀吉の朝鮮出兵のことを聞き出したかったようです。
秀吉の狙いは、目先の朝鮮国ではなく
その先にある明国である、と。

俊房は、その朝鮮出兵が失敗に終わった時のことを
あれこれ想定しているのです。

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2016年8月15日 (月)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

ちょんびんさん


今日、8月15日は
ヘビーコメンテーターのちょんびんさんの誕生日♪

てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

誰もの心に、何かに向かって燃える火があります。
それを見つけ、燃やし続けること
が、私たちの人生の目的なのです。


(米国の元体操選手、ロス五輪金メダリスト メアリー・ルー・レットンさんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

2016年8月14日 (日)

大河ドラマ真田丸・(32)応酬 〜家康覚醒・vs三成〜

石田三成と徳川家康が激しく対立。
三成に依頼され、昌幸は家康暗殺を決行するが、失敗に終わる。
そんな時、太閤秀吉が、死んだ──。


徳川家康暗殺が失敗に終わり、徳川の家臣たちに
追われることになった出浦昌相は瀕死の重傷であります。
真田信幸の報告によれば、とりあえず徳川には内密に
有馬へ運んで養生させることにしたそうです。

家康暗殺を企んだのは昌幸だった、と知った信繁。
直接的には石田三成から命じられたから企てた昌幸ですが、
武田家からの守り抜いた伝来の地を取り戻すためには
再び乱世に戻すしかないという昌幸の考えも合致したためでした。


一方、命を狙われた側の家康ですが
本多正信は「どうせ狙われる命なら、いっそ天下を」と
家康をそそのかしますが、くどい! と苦虫をかみつぶした表情です。
しかし、その表情の奥に映るものを、正信は見逃しませんでした。

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2016年8月13日 (土)

ボールばかり集めて

図らずも、始めてしまった『ポケモンGO』。

モンスターを集めて回る、
という主旨なのに集めて回ることはせず、
ポケストップを巡って、せっせせっせと
モンスターボールばかりを集めています。

2日間、仕事終わりにぐるりと回って200個弱。
よう集めたものだw

2016年8月12日 (金)

プレイバック真田太平記・(12)沼田城主信幸

天正19(1591)年 春。

真田信幸が沼田城に入って半年。
沼田城の修繕に着手していました。

そんな時、小松殿は
自分の身には子どもはできないからと
世継ぎを作るために側室をお作りあそばせ、と
信幸にいうわけです。

その実践として、侍女のお順を指名するわけですが、
小松殿の女としての恐さを畏れて、お順は
鈴木主水の子・小太郎こと鈴木右近に相談します。

側女にならずに済むように取りはからってほしい、と懇願するお順。
その今にも泣きそうな評定を見ると、頷くしかない右近です。

果たしてその夜、お順は信幸の寝所に待機するのですが、
床下からヌッと姿を現した右近に
急かされるまま、床下から逃げます。
代わって布団に入る右近。

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2016年8月11日 (木)

vol.199・おっさんの傾向と対策 (後編)

vol.199・おっさんの傾向と対策 (後編)
(パーソナリティ:Kassy)

第199回放送です。

自由抑制型・支配型・若作り型・陰虚型・
過剰節約型・ネガティブ型……。
今回決定! Kassyはおじさんか!? おじさんでないか!?

今回のListening Pointは……
ポイントカード


番組に関するご意見・ご感想は、
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2016年8月10日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(161)

終点停留所の旅“たそがれ”第131弾です。

今回はF岡県N方市の
下S団地バス停をご紹介します。


正確には「県営R光寺団地」というようで、
平成2年のバス路線図を見る限りでは
この周辺にまでバス路線が伸びてきていますが、
詳細の情報が……実はありませんm(_ _)m

1棟から4棟まである団地のどの辺りに終点停留所があって
どこで転回・待機していたのか?
小規模団地でよく見られるような、
団地内をグルッと一周して元のバス路線に復帰するパターンか
はたまたどこかで転回場を設けていたのか。

いろいろ調べてみたわけですが、確定できる材料がないので
ここでは、あえて別の場所に転回場を設けていたと仮定して
記事を進めることにしましょう。

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2016年8月 9日 (火)

プレイバック真田太平記・(11)小田原攻め

天正17(1589)年10月。

“北条氏直からのニセの指令書”によって
真田の名胡桃城を攻撃した北条軍。
“真田昌幸からのニセの呼出状”によって
管理する名胡桃城から離れていた城代の鈴木主水は
その間に城を奪われた責任を取って割腹。

天下を取った豊臣秀吉は、他国の城を攻める時には
予め許可を得ること、となっていたにもかかわらず
形としては北条が勝手に名胡桃を奪い取ったようになるため
北条家が秀吉に釈明でもするのかと思いきや、
釈明どころか上洛の気配すら見せません。

関白秀吉は、小田原への攻撃を決定したようです。

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2016年8月 8日 (月)

やっぱりか。

8日、東海地方は高気圧に覆われ、広く晴天になり、
岐阜県多治見市では午後2時13分、
今夏全国最高の39・7度を記録した。

やっぱり今年は暑いのか──。

昨年、一昨年と冷夏が続いたので、
今年もと淡い期待を抱いていたのですが、
やっぱり酷暑らしいですね。

もうため息しか出ませんわぁ。

2016年8月 7日 (日)

大河ドラマ真田丸・(31)終焉(しゅうえん) 〜秀吉最期・家康暗殺〜

度重なる天災、朝鮮への再出兵。
世間の不安は高まるばかりだった。
そして今、太閤秀吉の死がすぐそこまで迫っている──。


伏見城──。

ベッド? に寝かされ、もしも用があるときは振ってください、と
真田信繁は呼び出しベルを秀吉の手の届くところに置きますが、
信繁が立ち去ろうとすると、秀吉はチリンチリンと振ります。

いよいよ秀吉が危ない、ということで、これからの豊臣政権は
老衆(おとなしゅう=つまり「大老」)として
徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・上杉景勝・毛利輝元、
奉行は、浅野幸長・大谷吉継・石田三成・増田長盛・
前田玄以・長束正家の、計11名で務めることになりますが、

病気療養中でもある吉継は、このような醜態を晒したくないと
奉行から外してもらうように三成に懇願します。

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2016年8月 6日 (土)

ちょっとした気遣い

毎週土曜日、うちのチームは全7人中、3人出勤態勢。
でありながら、さらにうち1人は別店舗へ応援出張に行っていて
最終的には2人態勢であります。

それなりにチラシも相当アイテム数入っているし、
週末のかき入れ時なので、2人で売場を回せるだけの
人数でないことは事前の段階で分かっておりましたが、
シフトを組んだ上司に話しても、何もしてくれませんで(^ ^;;)
この2人態勢のまま、客数多い土曜日に突っ込むことになりました。

で、まあ、Kassyが退勤する時点では
売場のお仕事はほぼ手つかずの状態でありまして、
そりゃ残業することも覚悟の上で出勤したので
そのまま残業に突入することになったのですが、

周囲のみなさん方が、
それとなくKassyに気遣ってくださっているのが
痛いほど分かりまして、申し訳なく思っております。

そういえば、毎回毎回ではないものの、
Kassyがいよいよピンチ! の時には「大丈夫?」とか
「手伝おうか?」とかそれとなく声をかけていただいて、

Kassyが残業していようものなら、
「私らが後を引き継ぐから、Kassyはもう帰りなさい! ね!」と
そのまままるっと引き継いでくれたりもします。
おかげで、ごくごく一般的な残業で帰れます。

でないと、ワシみたいな人間は
6時半に出勤して、16時前に退勤という日であるにも関わらず
21時になっても帰っていないということが頻発するから(^ ^;;)

現に、研修で本部に行っていた新人さんが21時前に帰社して
さすがにワシは帰っているだろう、と思っていたら、
その子の前にワシが現れた、というほどだから(笑)。

ありがたや(^人^)

2016年8月 5日 (金)

プレイバック真田太平記・(10)惜別の章

天正17(1589)年・秋──。

真田信幸に嫁いだ稲姫は小松殿となり
奥に入っては三河の料理などを女たちに教えて
これがなかなか好評です。

小松殿が得意なのは料理だけではなく
裁縫も上手で、足袋をたちまち縫い上げてしまったり
武術では薙刀もたしなむとかで
真田の嫁としてはなかなか頼もしい限りです。


大坂に入った真田幸村から信幸に宛てた書状によると
豊臣秀吉とともにいるおかげで、
海外の文化に触れる機会が多く
いい体験をさせてもらっているようです。

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2016年8月 4日 (木)

嗚呼、のり弁

会社に行く前に、必ず(と言っていいほど)立ち寄るコンビニがある。

決まってそのコンビニなものだから、
ただでさえ他店に比べてバリエーションが少ない中でも
メニューも自ずと決まってきてしまう。

で、今日は珍しく「のり弁」が入荷されていた。
思わず手に取り、買った。

お昼に食べた。

食べた時に思い出した。
ああ、この味。
懐かしい。

学生時代に食べた、衝撃的なおいしさ。
親にねだってのり弁ばかり作ってもらったっけ。
彼女にお弁当は何がいい? と聞かれて、
すかさず「のり弁!」と答えたこともあったっけ。

そうそう、そういえばワシはのり弁好き人間だったのだ。
そんな楽しげなことさえもすっかり忘れていた。

夜、仕事終わりにほっともっと行ってきた。
もちろん、のり弁買うために。
やばい。
顔がほころんできている。

2016年8月 3日 (水)

方向幕考(136)

幕ファンのみなさま、
大変長らくお待たせいたしました。

“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”
通称“幕コレ”の第81弾は、N鉄バスF日市・A木営業所の
「T人号」専用車車両をご紹介します。


F岡都心部から“わがまち”D宰府へ、
F岡(T神)から電車で行ける便利さもあるので
直通バスが運行されると知ったとき、正直
「ま、まさかねぇ」と思ったものでしたが、

いざふたを開けてみればドル箱もいいところでして
開設当初は1日7本だったダイヤも増便に増便を重ね
お正月にはなんと10分おきに出発するという
地元民のバス好きにしてみれば“シンジラレナーイ”路線です。

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2016年8月 2日 (火)

プレイバック真田太平記・(09)華燭の宴

真田幸村が越後・春日山城に入って
城主・上杉景勝の近習になって1年半、
今では幸村は景勝を敬い、景勝もまた
戦国武将としての心得を存分に幸村に注ぎます。

そして、家康と秀吉の謁見を済ませた真田昌幸・真田信幸は
岩櫃城に戻る前に名胡桃城に立ち寄り、お徳と於菊と対面。
父が娘を抱く姿は、城主・鈴木主水からは
「まるでじいさまと孫」とからかわれていますw

ただ、真田が徳川の傘下に入ったことで
徳川と同盟を結んでいる北条にとっては
名胡桃城と沼田城は北条のもの、と見なしているようで、
いま真田が下手に動いて刺激しないほうがいい、と
信幸は父に進言します。

昌幸は於菊にヒゲを引っ張られて、
いたいいたいと言いながらとても喜んでいます。
それどころではない?(笑)

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2016年8月 1日 (月)

整骨院なう

Kassyの、整骨院での楽しみといえば、
今までも何度となく書いてきたことではありますが
横になっていると真下をゴロゴロとローラーが行き来して
身体の緊張をほぐしてくれる“ローラーベッド”という機械であります。

Kassyが整骨院に入ったときのその日の混雑状況で
もう少しで空きそうならローラーベッドの時間は短め(10分)、
しばらく空きそうになければ、ローラーベッドの時間は長め(20分)
という“法則”? を発見しました。

なので、予約時間ギリギリに行くと、
ローラーベッドの時間は短めになりやすいので
それを見越して、予約時間の20分前に入るようにしたのです。

ただ、コチラの目論見通りにはなかなかいかず。
標準15分で終わることもしばしばだし、
予想に反して10分で終えられたりもしました。
(顔で笑って、心で泣いてw)

スタッフさんが機械のボタンを
ピッピッピッピッピッと押す音を確認しました♪
今日は久々に20分! やった!

もしワガママを言わせてもらえるなら、
コースもローラーでゴロゴロ……といういつものではなく
ローラーで肩たたきのような振動を起こすメニューにしてくれれば
御の字なんですがなぁ……。。。

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