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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2016年9月11日 (日)

大河ドラマ真田丸・(36)勝負 〜上田合戦・関ヶ原!〜

三成の挙兵を知った昌幸。
以降、信幸は徳川に、昌幸と信繁は豊臣に付くことになる。
真田の、生き残りを賭けた大勝負が始まった──。


真田昌幸と真田信繁は、真田軍の半分の兵を連れて
一足先に上田城に戻ることにします。
矢沢頼幸と堀田作兵衛たちは、後から追いかけて来る手はずです。

「源三郎さまは?」と作兵衛たちが疑問に思う真田信幸は、
このまま徳川につくことになっていて、
はぁ!? と驚きの表情で信繁を見上げますが、
信繁は彼らからの目線を外し、黙ったままです。

上野・岩櫃城。
ここには信幸・信繁の姉である松と
その夫・小山田茂誠が守っています。

彼らにも昌幸が豊臣方に寝返った、という知らせが届きますが、
あのお方らしい、と大笑いです。
ともかく、あまり深刻に考えていないようで、
茂誠は上田城に向かうことにします。


毛利輝元が挙兵し、
宇喜多秀家が伏見城を攻撃していることを知った徳川家康は
上杉攻めどころではない、と軍議を開くために諸将を集めます。

7月24日、家康の陣を訪れた信幸は
父と弟が陣を引き払って上田に帰ったことを報告します。

父の裏切りを見過ごした信幸を攻める本多正純と、
父に反してまで徳川に居残り、なおも父を助けんと動く息子を
褒めちぎる本多忠勝とが言い争いになりますが、
家康は信幸の手を握り、残ってくれたことを嬉しく思うと伝えます。

軍議の場では、家康の下で石田三成を始めとする大坂方と
戦えるかどうかのふるいにかけられますが、
誰一人として陣を引き払おうというものはおらず、
皆が皆、家康とともに三成を成敗する、といきり立ちます。


昌幸と信繁は沼田城近くで休息を取っていたところ、
大坂から脱出してきた稲とおこうの二人が合流します。

稲に聞けば、大坂の騒ぎは尋常ではないようで、
薫と春は大谷吉継の屋敷に匿われているものの
徳川家臣の娘である稲は危険と判断、脱出してきたようです。

長距離を歩き通してきたこともあり、稲は心底ホッとしますが、
そこには信幸の姿がありません。
「源三郎は、おらん」

昌幸と信繁が徳川から離反し、夫の信幸は徳川に残った。
即座に察知した稲は、昌幸たちが沼田城にやって来るなら
城主信幸に代わって稲がきちんと出迎えなければならない、と
昌幸たちよりも先に沼田に戻ることにします。

さて、沼田城です。
稲とおこうたちに遅れること一時、
沼田城に到着した昌幸たちを待っていたのは鎧姿の稲でした。
「これより、一歩たりともお通しするわけには参りませぬ」

今すぐにも射かけようという動きを見せる沼田の兵たちに
昌幸と信繁は黙って沼田を去ります。


上田城に戻ったのは7月27日。

昌幸は、上杉討伐に向かっていた徳川軍を
上田城で迎え撃つことにします。
上田城に徳川軍を迎え撃つのは2度目でありますので、
第一次上田合戦の時と同じ策は使えません。

その徳川軍の中に信幸がいることを知らせると
家臣たちから驚きの声があがります。
「遠慮はするな! ……まぁしかし、多少は気にかけろ」
昌幸のこの言葉にも、複雑な心境は表れています。

三成から書状が来まして、勝利の暁には
小諸や深志、川中島、諏訪などの小地域を
切り取り次第に自領にしてもいいという内容です。

それで納得する昌幸ではありませんで
甲斐と信濃の二国を要求するわけですが、
今回の戦は真田が要である、という吉継の勧めで、
三成も渋々承諾します。

それを知った昌幸は、庭から天に向かって雄叫びを上げます。
「よっしゃあああぁぁぁ!」


家康は、息子・徳川秀忠に上田攻めを命じます。
それに伴い、真田の戦というものを知っている信幸には
上田攻めの先鋒を命じます。

そして信幸は、8月1日に沼田城に戻ります。

宇都宮で上杉を牽制していた秀忠軍は
8月24日、東山道を西へ真田討伐に向かいます。

そして家康本隊は、9月1日に江戸を出発。
西に向かいます。
秀忠軍が小諸城に入ったのは、その2日後です。

第一次上田合戦の時には、上田城の手前に流れる神川があり
戦の最中にその堰が切られたこともあって、
徳川方の犠牲者が増大する結果になりました。
「この度はまず、先に堰を切っておきます」


翌朝、信幸が昌幸の書状を持って秀忠の前に参上します。

「安房守が、降伏を申し入れてきた」
えっ!? という表情の信幸と本多正信。

戦を始める前から降伏を申し入れることはあるのか? と
素朴な疑問を持つ初陣の秀忠ですが、
降伏を申し入れてきたのが昌幸だけに
額面通りに受け取れないところが難しい部分です。

ひとまず、大坂城で信繁とともに働き
今は徳川家臣となっている平野長泰が上田城に赴いて
真田が提示する降伏の条件を聞きます。

一、上田城は明け渡す
二、上田城の兵は城から帰す
三、昌幸の命は取らないと約束すること
四、城はいずれ帰してもらうこと
五、本領安堵
六、昌幸を今後徳川の家臣として丁重に扱われること

家康の元に、信幸が即座に呼び出されます。
もちろん、信幸に聞いておきたいのは
昌幸がこういう条件をもって降伏してきた狙いであります。
「時を稼いでいるとしか思えませぬ」

当然、交渉は決裂しまして
怒りを露にした秀忠は、上田城攻めを命じます。
昌幸は何度も頷きます。
「これでよい」


9月6日。
小諸城を出た秀忠軍は神川を越え
上田に近い染屋原に陣を敷きます。

信繁は、戸石城を舞台にひと芝居打つことにします。

つまり戸石城をめぐって、攻め手の信幸と守り手の信繁が
しばらくやり合い、タイミングを見計らって城門を開く。
信幸に城を明け渡す形です。
そして信繁たちは逃亡する、というわけです。

信繁は、城門を開ける役目を頼幸に頼みます。
そして頼幸にはその後も戸石城に残り、
信幸に仕えるように説得します。

「源次郎さまがおるところに三十郎あり!」と幼い頃からそう言って
信繁のそばからはなれなかった頼幸は“嫌だ”と主張しますが、
お前が一番信じられる男だから、と信繁に言われて
大粒の涙を流して承諾せざるを得ませんでした。


信繁の目論み通り、
戸石城を信幸が攻撃することになりました。

戸石城の城門を前に、
城内の信繁軍と城外の信幸軍が鉄砲の打ち合いです。

そして頼幸が城門を開け、それをきっかけに
信幸は城内に攻め込めと号令をかけます。
信繁軍は、撤退していきます。
「えい!」「おー!」「えい!」「おー!」

この日から、信幸は戸石城より一歩も動きませんでした。
戸石城に留まったことで、徳川勢が上田を攻めている間は
真田勢同士がぶつかることは一度もなかったわけです。


さて上田城です。

昌幸は、徳川勢には知恵者・正信がいるので
第一次上田合戦のように
やみくもに攻めてくることはなかろうと考え、
敵の陣を一つずつ潰していく作戦を立てます。

信繁には小競り合いを仕掛け、
徳川が攻めて来たら即座に引くように命じます。
真田勢がいつどこから現れるか分からないと
敵に思い知らせるためです。

そして茂誠には、敵兵3万の兵糧を
かすめ取って来いと命じます。

しかし兵糧が少なくなった敵は、上田の城下町の農作物を
勝手に収穫して自軍の兵糧にする“刈田”を必ず行うでしょう。
それを阻むよう、作兵衛に命じます。

「では、おのおの……抜かりなく」
真田の作戦、スタートです。


昌幸の目論見通り、徳川勢は翻弄されます。
そこに、雨。


昌幸は信繁に、
徳川の本陣目がけて突っ込めと指令を出します。
そうするために、半月かけて
山麓から染屋原の攻め口を切り開いてきたわけです。

ということは昌幸は、徳川の本陣はそこに置かれるだろうと
分かっていたわけです。
というより、染屋原は上田城を攻めるには絶好の高台にあるので
本陣を置くとしたらそこしかないのです。


徳川の総力を挙げて、真田に攻めかかろうと
秀忠は出陣の命を下します。

兵の数を過信してはならないと正信はため息ですが、
そこに家康からの火急の使者が──。


「初陣で戦の恐さを思い知らされた者は、生涯、戦下手で終わる」
秀忠の首を取れなくてもいい。
初陣の秀忠を思いきり怖がらせてやれれば、それでいい。
昌幸は、雨振る外の景色を見据えてつぶやきます。


徳川勢は、突然 真田攻めを中止し撤退していました。

血気にはやった福島正則が石田方の岐阜城を落とし
これで西国の緊張は一気に高まります。

慌てた家康は、秀忠軍に合流を急ぐように命じたのです。


9月15日、石田三成率いる8万の軍勢は
関ヶ原に陣を張ります。

対する家康も、関ヶ原へ。
9万の軍勢です。

天下分け目の大戦が、始まろうとしていました。


徳川軍が去った上田城。

1度ならず2度までも徳川勢を打ち払った
戦勝の宴を催しています。

陽気に呑む家臣たちが、神妙な面持ちの佐助を見つけ
中に誘い入れます。

「関ヶ原において、石田治部少輔様と
 徳川内府殿との軍勢がぶつかりました」
佐助の報告を聞いて、ぶつかったか! とか 当たった! とか言って
またワイワイガヤガヤと騒々しくなる広間ですが、

言いたいことを言えずにうつむく佐助を見て
静かにするように注意する信繁ですが、
酒が入っているせいか、なかなか静まりません。

「静かにッ!!」
温厚の信繁にしては珍しく、
手にしていた杯を床に投げつけて一同を黙らせます。

「戦は朝方に始まり、昼過ぎには勝敗が決しました。
 徳川方の大勝利でございます」

……石田さまが負けた。
信繁は、すぐには事態を呑み込めません。


慶長5(1600)年9月15日、
東軍の徳川家康と西軍の石田三成が関ヶ原で激突。
わずか1日で雌雄を決し、東軍が勝利する。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと14年7ヶ月──。


作:三谷 幸喜
音楽:服部 隆之
題字:挾土 秀平
語り:有働 由美子 アナウンサー
──────────
[出演]
堺 雅人 (真田信繁)
大泉 洋 (真田信幸)
木村 佳乃 (松)
山本 耕史 (石田三成)
吉田 羊 (稲)
藤本 隆宏 (堀田作兵衛)
藤井 隆 (佐助)
片岡 愛之助 (大谷吉継)
──────────
遠藤 憲一 (上杉景勝)
中原 丈雄 (高梨内記)
近藤 芳正 (平野長泰)
星野 源 (徳川秀忠)
──────────
藤岡 弘、(本多忠勝)
近藤 正臣 (本多正信)
内野 聖陽 (徳川家康)
草刈 正雄 (真田昌幸)
──────────
制作統括:屋敷 陽太郎
    :吉川 邦夫
プロデューサー:清水 拓哉
演出:小林 大児


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『真田丸』
第37回「信之」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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