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2016年10月11日 (火)

プレイバック真田太平記・(29)闇の渦

物語はさらに5年が経過し、慶長15(1610)年2月。

豊臣秀頼が成人に達したときのために、徳川家康は
天下の支配権を秀頼に譲るのでは? という豊臣家の思惑も、
家康は将軍職を息子の徳川秀忠に譲ってしまい
自らは“大御所”として依然天下に睨みをきかせていました。

豊臣家の期待は裏切られてしまったわけです。
見るからに、豊臣家と徳川家の緊迫は明らかでありました。

向井佐助は、かつて関ヶ原の戦いで西軍に与し敗れた
四国の元大名・長宗我部盛親を付けています。
彼は戦いの後、浪人となって
再び京の町に現れたわけです。

盛親は、ある屋敷に入っていきました。
お江によると、そこは小野お通の屋敷のようです。
小野お通とは類いまれなる才女とウワサの女性でして
かつては宮中にも仕えたことがあるらしい人です。

豊臣縁故の人かとも思えますがそういうわけではなく、
秀頼の妻で徳川秀忠の娘・千姫の介添えとしてついてきて
しかも甲賀忍者の元締め・山中大和守俊房とも
通じているらしいという、何とも不気味な人です。

お江は佐助に、これからは小野お通の屋敷を
見張らなければならないと話し合います。


家康は上洛した際、秀頼にも上洛を求める予定ですが
淀君の意向もあり、秀頼がそれを受けるとは到底思えません。
もし断れば、家康は秀頼を決して許すことはないでしょう。

非情の決意で望んでいるそうです。

そんな話を本多忠勝経由で聞いている真田信之は
ただ、何事もないように祈ることしかできません。


「足袋屋の主がお通屋敷に──!?」

雨の中、お通屋敷を見張っていた佐助からの報告です。
足袋屋とは、京に置いた真田の草の者の隠れ小屋で
印判屋のお隣サンなのです。

不審に感じたお江は、
足袋屋親子の素性も調べるように命じます。


九度山の真田昌幸は、豊臣と徳川が手切れになった時
加藤清正の動きが気になると
草の者に熊本城に赴かせ調査させます。

清正は、家康の子・徳川義直の居城を造るべく
その総奉行として尾張名古屋に滞在中です。

一方で、清正が上洛の度に
大坂にまで立ち寄って秀頼に気軽に挨拶しに行くのを
家康は苦々しく思っておりまして、
本多正信を詰問使として清正の元に向かわせます。


徳川と豊臣の間で緊迫状態にあることから、いずれは
大坂城を舞台に戦が始まるかもしれない、と予想した昌幸。
九度山で、真田幸村と囲碁を打ちながら
昌幸は「大坂城で采配を振るってみたい」と言い出します。

「左衛門佐、わぬしならどう攻める?」

幸村は、南から、と答えます。
武家屋敷が多数並ぶ南からは攻めにくいのですが、
だからこそ、油断が生じるわけで
意外なところから攻めるのだ、というわけです。

それに対して昌幸は、出城を1つ造ることで
更に攻めにくくする戦法をとる、と幸村にアドバイスします。
そして、上田に甲冑の発注をした、と幸村に告白します。


昌幸から小松殿に宛てて、礼の書状が届きます。

ただ、その書状を持参したのが
小松殿が信之とともにいるときでしたので、
佐平次は、少し躊躇しながらも小松殿の命で
その書状を信之に手渡します。

何でも、小松殿が向井佐平次の妻・もよに
着物などを送っていたのですが、
佐平次夫婦は、自分たちにはもったいないと
それをそのまま九度山に送っていたそうです。

物をもらえばその人のものとなるので、
それから先はどう扱おうとその人の勝手であり
小松殿は、与えたものを九度山に送っていたことは
与り知らぬこととしますが、

そんな小松殿の優しさに触れた信之は
主君からもらったものを譲とは何事か、と
形ばかり叱った上で、佐平次に礼を言います。

そして小松殿の顔を見てニッコリと笑います。
「これからは儂も佐平次に物を与えねばならぬな」


印判屋の隣の足袋屋は、山中忍びの隠れ宿と判明しました。
分かった以上は忍びたちを始末しなければなりません。

ひとり、男をおびき寄せて始末したまではいいのですが、
その忍び宿に、猫田与助が入ったことを知ったお江は
その日のうちにすべてを引き払い、
印判屋を空き家にしてしまったのです。

与助が、隣にお江がいる! と知って
印判屋に押しかけた時にはすでに手遅れで
もぬけの殻でした。


秋。

忠勝が危篤と上田に知らせが入ります。

徳川家の家臣でありながら、
一部の者たちからは裏切り者と呼ばれ続け
それを庇うかのように味方してくれた忠勝。

もしその忠勝を失えば、
真田家に対する激しい憎悪で固まった秀忠が
将軍である徳川家の中で、どう振る舞えばいいのか。

「儂は忍びで江戸へゆく──馬引けッ」


(『真田丸』では「(38)昌幸」付近)


原作:池波 正太郎
脚本:金子 成人
音楽:林 光
タイトル題字:池波 正太郎
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
渡瀬 恒彦 (真田信之)
草刈 正雄 (真田幸村)
遙 くらら (お江)
榎木 孝明 (樋口角兵衛)
香野 百合子 (久野)
中村 橋之助 (向井佐助)
范 文雀 (おくに)
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竜 雷太 (加藤清正)
多々良 純 (梅春)
待田 京介 (伴 長信)
石橋 蓮司 (猫田与助)
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紺野 美沙子 (小松殿)
中村 久美 (於利世)
小山 明子 (山手殿)
丹波 哲郎 (真田昌幸)
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制作:榎本 一生
演出:永野 昭

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