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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2016年12月 4日 (日)

大河ドラマ真田丸・(48)引鉄(ひきがね)

豊臣と徳川が和睦。
しかし、真田丸は取り壊され、城は堀も埋め立てられた。
裸同然となった大坂城。
真田信繁の本当の戦いが、ここから始まる──。


徳川家康の茶臼山本陣に
葵の幟旗を背中に刺した兵士がよろよろと近づき
しかし陣の前でバサッと倒れてしまいます。

おいっ、と慌てて駆け寄る警備兵たち。
しかし次の瞬間、スキを見て警備兵を次々と刺した兵士は
「今だーッ!!」と声を上げます。
そう、おとりとなった兵士は長宗我部盛親だったのです。

いくぞ!! と陣に突進していく後藤又兵衛や毛利勝永たち。
徳川の陣への夜討ちです。
ただ、深追いは無用と、早々に引き揚げてきます。

今回の夜討ちで家康は相当慌てたはずで、
すぐにも陣を引き払って京へ戻ると思われます。
真田信繁は、家康の首をいただくには
その道中を狙うしかない、と織田有楽斎に相談します。

「明日の夜、ワシを襲うようじゃ」
家康の襲撃情報は、すぐに家康に知れます。
もちろん有楽斎が知らせたわけですが。
家康は、その裏をかいて今夜のうちに出発することにします。

信繁は、有楽斎の怪しい動きは察知していて
“明日の夜に襲撃する”と有楽斎に話しておけば
その裏をかいて今夜中に動くはずだから
我々も裏をかいて今夜仕留めよ、と佐助に命じます。

もし無事に帰ってきたら、夫婦になってもらえませんか──と
佐助は出立に当たり、きりに思い切ってプロポーズをしますが
それを言い終わらないうちに「ごめんなさい」と返答。
分かっていたのか、佐助も「はっ」と消えていなくなります。


徳川が撤収するという中、
一日も早く浪人たちを大坂城から出せという大蔵卿局と有楽斎、
豊臣のためならば浪人たちを出すべきではないと主張する信繁。
その両者が対立しますが、

豊臣秀頼は、自分のために戦ってくれた
浪人たちに恩義を感じていて
なるだけ豊臣の家来としてやりたいという気持ちです。

そんな話し合いすらも、有楽斎は家康に流すわけですが、
密書を受け取った信繁は、脇差しを有楽斎につきつけ
大坂城から追放してしまいます。

結局、佐助は予定通りに家康を襲撃するのですが
刺し殺したのは家康の“影武者”でありまして、
襲撃計画はあっけなく失敗に終わりました。
明朝、家康はちゃっかり京の二条城に入っています。


慶長20(1615)年に入ると、家康は駿府城に戻り
徳川秀忠も江戸城に戻ります。
家康の号令で集められた大名たちも陣を引き払い始めます。

が、大坂城には浪人たちがいまだにあふれ返っています。
戦の前が8万、今が10万。
豊臣方が大勝利と見て、全国からさらに集まってきた模様。

ただ、大坂城は丸裸で戦えないので、
大坂城のはるか南、茶臼山から岡山の外側にかけて空堀を掘り
巨大な要害とすることで大きな城壁となす。
茶臼山は家康が、岡山は秀忠が本陣を置いた場所でありまして、
今回は豊臣方が先にそこを抑えてしまいたいところです。


秀頼は信繁と話し合い、
いずれは大坂を出て四国に移ろうと決意します。
ただそれを表明するのは、次の戦に勝った後。
その時の切り札とするのです。

秀頼の妻・千姫は、再び戦が起こることを危惧していて
自分が江戸に戻る代わりに戦をしないように
家康に交渉して欲しいと信繁に申し出ますが、
千姫はいわば人質なので、簡単に手放すわけにはいきません。

千姫としては、一日も早く江戸に戻りたい気持ちなのですが、
信繁は無情にもそれを突っぱねます。
「伺わなかったことにいたします」


信繁と真田大助は、大坂から沼田へ戻ろうとする
かつての家臣であった矢沢頼幸、
姉・松の夫である小山田茂誠と、
兄・真田信之の子、真田信吉と真田信政と対面します。

これからの大坂方の動き、戦が始まったときの策など
頼幸や茂誠たちは興味津々に聞いてきますが、
敵方に明かせるわけがなかろう、と信繁は笑っています。

遠くから大将首を狙って馬で突進する時
持つべきものは槍か? 鉄砲か?
茂誠は、そんな話を信繁にしながら、
信繁に対して一抹の不安を覚えます。

ともかく、信繁は身の無事を信之に書状で知らせます。

一方で、信繁の人となりをいろいろ聞く信吉に対し
あくまで信繁・大助父子は徳川に楯突いた大罪人だと
容赦ない信政は、大助と取っ組み合いのケンカです。


大坂城に戻ってきた信繁と大助。
春ときりは、堀田作兵衛と庭で畑仕事です。

もとはここが千 利休の茶室だったと聞いて感心する信繁ですが、
作兵衛が鍬で土を掘っていると、カチンと何かに当たる音がします。
掘り出してみると、少し大きめな箱に
千 利休のものと分かる“魚のマーク”の刻印があります。

「お宝かもしれませんよォ」
などとニヤつくきりを横目に、土を払ってふたを開けてみると
油紙に包まれた鉄砲が2丁入っていました。

勝永に聞いてみると、馬上筒(ばじょうづつ)というものだそうで
イスパニア人から聞いた話によると、火打石が付いているので
火縄を使わなくても鉄砲を撃つことができるスグレモノなんだとか。
手入れをし直せば、馬の上からでも使えそうです。


家康が、浪人たちを即刻追い出せと言ってきました。
これ以上 退去を引き延ばせば
徳川に歯向かったものとみなすという脅し付きです。

浪人たちに分け与えられる金銀はそろそろ底をつくころですが、
徳川との戦に勝てば、徳川方から領地をもらうこともできます。
それを考えれば、城壁が完成するまでは戦はできず
それまでは浪人たちに辛抱してもらうしかありません。

蔵を開けよ! という大野治房たちの主張にも、
木村重成は頑として断るわけですが、
その夜、ついに事件は起きてしまいます。

治房が、自分の配下の浪人たちのために
勝手に蔵を開け金銀と米を持ち出したのです。

一部の人間だけが恩恵に預かれると、他がどう思うか。
それを考えれば、もらえなかった浪人たちのことも考え
みなそれ相応の褒美を分け与えるしかありません。

しかし、それが裏目に出ます。

金をもらった浪人たちが、こぞって武器を買い求めたのです。
今この時期に浪人たちが武具を買いそろえれば、
戦支度をしていると見なされてもしかたありません。
徳川が、どう出るか──。

悪いことはさらに続きまして……。

夜、大野治長が何者かに襲われて大ケガをします。
「弟だ。恐らく母も絡んでおるはず」

さらに、治房たちによる
城の堀の掘り返しが勝手に行われます。

戦が起きるときは、誰も止めることはできぬ──。
青ざめた信繁は、ふとつぶやきます。


家康の元には、浪人たちが武具を買い集めていることも
城の堀が掘り返されていることも
京都所司代・板倉勝重によって逐一報告されて
耳に入ってきています。

家康は本多正純に、諸大名に戦支度を命じさせ
自らも出陣することにします。
「(秀忠に)任せておけるか。浪人どもはわしが成敗してくれるッ!」


『こなたは無事にて候。
 思い通りにならぬこと 多けれども
 殿様にはお気遣い賜り、皆々日々満足に過ごしおり候。

 本日、信吉殿、信政殿に対面致し候。
 ご両名めでたく成長なされ、うれしく存じ候。
 いずれ真田の家の双璧となること疑いなく候。

 兄上様にはさまざまお骨折りいただき候えども
 かようなありさまとなり、申す言葉もござなく候。
 我が娘すえがこと、お見捨てこれなきよう頼み入りソーロー』

いくら信繁であっても苦戦するだろう、と
手紙を受け取った信之は、厳しい表情を向けます。
「弟は死ぬ気だ。わしには分かるのだ」

家康と刺し違える覚悟だと察知した信之は
それを止められるのは自分しかいないと
大坂へ向かうことにします。


慶長20(1615)年3月15日、
大坂浪人たちによる乱暴狼藉、堀や塀の復旧といった不穏な動きがあると
京都所司代板倉勝重からの報告が徳川家康に届く。

慶長20(1615)年5月7日、
大坂夏の陣にて真田信繁が討ち死にするまで


あと1ヶ月──。


作:三谷 幸喜
音楽:服部 隆之
題字:挾土 秀平
語り:有働 由美子 アナウンサー
──────────
[出演]
堺 雅人 (真田信繁(幸村))
大泉 洋 (真田信之)
長澤 まさみ (きり)
松岡 茉優 (春)
中原 丈雄 (高梨内記)
藤本 隆宏 (堀田作兵衛)
藤井 隆 (佐助)
──────────
中川 大志 (豊臣秀頼)
井上 順 (織田有楽斎)
今井 朋彦 (大野治長)
阿南 健治 (長宗我部盛親)
星野 源 (徳川秀忠)
岡本 健一 (毛利勝永)
──────────
竹内 結子 (茶々)
哀川 翔 (後藤又兵衛)
内野 聖陽 (徳川家康)
──────────
制作統括:屋敷 陽太郎
    :吉川 邦夫
プロデューサー:吉岡 和彦
演出:清水 拓哉


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『真田丸』
第49回「前夜」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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