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2017年2月14日 (火)

プレイバック秀吉・(11)絶体絶命

ヨーロッパの西の果て、ポルトガルのロカ岬。
16世紀の大航海時代、
多くの船がこの岬を離れ世界へと旅立った。

1543年の鉄砲伝来以来、遥か西の地・南蛮から
多くのものや文化が日本に持ち込まれた。
これにより、世界は中国とその周辺諸国、
インド、日本の3つからなるという三国世界観は崩れ去る。

イエズス会の宣教師フロイスは、
当時の日本の風俗文化を克明に記録するとともに
世界について信長に多くのことを伝えた。
この南蛮人の言葉にじっと耳を傾けた信長、そして秀吉。

海の向こうのまだ見ぬ世界の話は
秀吉の夢見る心を大いに刺激したに違いない──。


永禄11(1568)年、足利義昭を奉じて上洛した織田信長は
そこで強いカルチャーショックを受けることになります。

それは、宣教師ルイス=フロイスがもたらした
西洋文明の素晴らしさと、
初めて見る異国の人々の美しさによるものでした。

信長は、管楽器を演奏する黒人の男を
家来にすることにします。
弥助と名付けられたこの男は、後に本能寺で
信長とともに討ち死にをします。


翌朝、木下藤吉郎秀吉はその弥助を見かけますが
オヤカタ、オコッテルネ、と片言の日本語です。

「この儂を副将軍とし、臣下として扱うというのかッ!!」
広間から信長の怒鳴り声が聞こえてきます。

信長が怒鳴っているのは明智光秀です。
将軍・足利義昭が、信長に
副将軍を受けろと言い出したのを
信長に取り次いだものと思われます。

秀吉が広間にかけつけると、
そこには浅井長政の姿もあります。

光秀は、このまま副将軍をむげに断れば
義昭の立場はなくなってしまうので、せめて足利家の
「桐に二引き両の紋」の進呈を受けるように勧め、
信長は不本意ながら、それでよい、と乱暴に答えます。


そんな信長の対応に、光秀から話を聞いた義昭は
やっぱり不快感を露にします。

全国の不満を集めれば、信長と張り合えるかもしれない。
そう考えた義昭は、信長が朝倉義景に上洛の催促をしていると知り
朝倉に書状を送る画策を……。

朝倉家に書状を送って、信長がそれを知ったとき
必ずや逆鱗に触れ、将軍の座を追われると
光秀は義昭に思いとどまるように進言しますが、
義昭は怪しげな笑みを浮かべ、出て行きます。


尾張中村の秀吉の生家に、五右衛門が帰ってきました。
小一郎に斬られて滝壺に落下した五右衛門でしたが
足を引きずりつつ、何とかここまでたどり着いたのです。

なかは、足の傷が癒えるまでは
この家で養生すればええ、と五右衛門に言います。

話は秀吉の浮気話になるわけですが、
そこで秀吉の浮気相手が、絶世の美女と噂される
踊りのおたき、と聞いて、飯食う箸が止まります。

数日後、京のおたきのお店に現れた五右衛門。
盗みを働いて得た黄金をまき散らして
おたきの気持ちを再び五右衛門に傾かせます。


元亀元(1570)年2月。
岐阜城下のおねの元に秀吉が帰ると手紙が届き、
嬉しさのあまりはしゃぐおねとなか。

ですが、帰ってきたのは侍大将の小一郎のみで
秀吉は竹中半兵衛とともに
岐阜城の信長のところに行ったままです。

信長は、催促しても上洛しない朝倉を攻める予定ですが、
半兵衛に、出陣はいつごろがいいか占ってもらいます。
「4月……青葉のころがよろしかろうと。
 けれど辰巳の方角にご注意くだされ」


信長の元を辞した秀吉と半兵衛。
城門を出たところで、馬の歩が止まります。
おねが立っていたのです。

気を聞かせて半兵衛は先に戻り
下馬した秀吉はおねに土下座して謝罪します。
「お前に悲しい思いをさせた。勘弁してくれ」

はい、とだけ答えたおねを、秀吉は抱きしめます。


4月、信長は越前朝倉を攻めるべく京都を発して
手筒山城を落として金ヶ崎城へ向かいます。

そのころ、小谷城では
お市に対し、長政から重大発表が……!!

「義によって、朝倉義景様に御味方することになった」
お市との婚儀の際に約束したはずの、
朝倉家を攻めないという約定を破っているので
浅井家としては、朝倉に味方するということのようです。

前に朝倉、後ろに浅井、万に一つも兄上は助かるまい。
そういう長政はお市に、岐阜に戻るか小谷で自害するか
はたまた長政の妻として生きるかの選択肢を提示します。
「私はあなた様の妻にございます」


金ヶ崎城前の信長本陣──。

秀吉は、徳川家康という
とらえどころのない人物と初めて出会います。
家康は、幼い頃に人質として織田にいた頃があり、
信長とはそのころからの付き合いなのです。

その家康が、今回の信長の戦は準備が不十分と言います。
いつもなら、攻めかかる前に朝倉方の武将を調略しているのに
今回は真っ正面からの攻撃であるわけです。

そんな時、お市からの届け物が──。

「小豆でございますなぁ。袋の両端が紐で……」
その届け物を見た秀吉がつぶやくと、
信長や光秀は、その届け物の真意に気づきます。

おのれ長政! 裏切ったな!!
信長は、届け物の袋を短刀で突き刺し
袋を地面に叩き付けます。


浅井・朝倉に挟み撃ちされた織田軍は、
たちまち絶体絶命になります。

自ら犠牲になって本隊を逃がし
捨て石になるしんがりの役目を任された秀吉。
信長を始め、柴田勝家や佐久間信盛、
光秀、家康らを見送ります。

千成瓢箪を携えて、必死に逃げる秀吉軍。
蜂須賀党が火縄銃や大砲で敵を退けつつ
全軍で退却していきます。

夢中で逃げます。


脚本:竹山 洋
堺屋 太一「秀吉」「鬼と人と」「豊臣秀長」より
音楽:小六 禮次郎
題字:森繁 久彌
語り:宮本 隆治 アナウンサー
──────────
[出演]
竹中 直人 (秀吉)
沢口 靖子 (おね)
高嶋 政伸 (小一郎)
赤井 英和 (石川五右衛門)
涼風 真世 (おたき)

市原 悦子 (なか)

村上 弘明 (明智光秀)
斉藤 慶子 (吉乃)
頼近 美津子 (お市)
細川 直美 (さと)
織本 順吉 (佐久間信盛)
大仁田 厚 (蜂須賀小六)

宅麻 伸 (浅井長政)
西村 雅彦 (徳川家康)
──────────
玉置 浩二 (足利義昭)
浜畑 賢吉 (細川藤孝)
渡辺 徹 (前田利家)
中尾 彬 (柴田勝家)
──────────
古谷 一行 (竹中半兵衛)
財津 一郎 (竹阿弥)

渡 哲也 (織田信長)
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制作統括:西村 与志木
演出:佐藤 幹夫

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