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2017年2月17日 (金)

プレイバック秀吉・(12)比叡山焼き討ち

戦国の世まで、日本の政治は
仏教から大きく影響を受けていた。
しかし、それまでの常識を覆した男がいる。

織田信長──。

最澄を開祖とする天台宗の総本山「比叡山延暦寺」。
時の権力者からの干渉も受けずに栄華を誇っていた。
一方、農民たちの厚い信仰を受けた「一向宗(本願寺)」は
政治勢力を拡大せんと各地で戦いの火花を散らしていた。

熱烈な信仰と強大な兵力を背景に
あたかも独立国家を築いた彼らは
天下統一を目指す信長を拒む。

「宗教勢力といえども服従せよ」
そして、この革命的な信長の思想に
秀吉たちは戸惑い、悩むことになる──。


越前朝倉の金ヶ崎城を攻撃している最中、
織田信長の妹婿、北近江の浅井長政が裏切ったと
妹・お市が「小豆袋」で知らせてくれたおかげで
朝倉と浅井の挟み撃ちに遭う直前で脱出した信長。

秀吉は、織田方の武将たちを全て見送った後
殿(しんがり)のお役目として軍隊の最後尾で
命からがら逃げ帰ります。

何とか無事に岐阜に戻った
木下藤吉郎秀吉と前田利家、蜂須賀小六。

今のうちにたくさん鉄砲と弾薬を仕入れておけと
軍師・竹中半兵衛からのアドバイスなので、
秀吉は小一郎を堺に派遣します。


元亀元(1570)年6月。

長政の裏切りに激怒した信長は大軍を率いて近江へ侵攻。
浅井・朝倉連合軍18,000と織田・徳川連合軍29,000が
姉川を挟んで激突します。

9月に入ると、突如として石山本願寺が挙兵。
一方、姉川の戦いに敗れた浅井・朝倉連合軍も
再び近江から進出、比叡山に登って危急の策を取ります。

長政、朝倉義景を比叡山内に留め置けば
比叡山をすべて焼き払え──。
その信長の命に、驚愕する織田家臣団。
しかし信長の表情に、一切の迷いはありません。


信長による比叡山攻めの話は、たちまち家中の噂となります。

木下家に、珍しい客人です。
明智光秀の母・美がやって来たのです。
庭では、尾張中村から出てきた秀吉の母・なかが
大根についた泥をゴシゴシ洗っております。

「あたしゃ近くの百姓だで、
 ウチのもンはみんなお留守でごじゃあます」
美の方をチラリとも見ずに、応対します。

相変わらずゴシゴシ洗うなかの背中を見て、
美はこの百姓姿の女性が、
秀吉の母だと気づいたようです。

美は、おねが織田家中でも評判な
“できた嫁”であることを褒めたたえると、
なかも照れながら大きく頷きます。
「ありがとうごぜえます! 嫁さまとケンカでもなさいましたか」

真顔になる美。
図星だったようですw

つまり光秀が受けた比叡山攻めというお役目について
嫁・ひろ子と口ゲンカをしてしまったという美。
信長に従うのが臣下の道だと説く美に、
では人としての道は、とひろ子に返されたのだそうです。

いずれにしても、母として、そして妻として
夫が御仏に逆らう仕事をしなければならないことを知ったとき
夫に何と言えばいいのか、どう支えていけばいいのか
大いに悩み、苦しみます。


二条城──。

秀吉が真夜中に関わらず
足利義昭に会いに二条城に押しかけます。

信長の比叡山攻めを止めるには、
信長を父と崇める義昭が出馬して
信長と敵対する浅井・朝倉に
和議を命じるしかなさそうなのです。

特に、義昭の密書が甲斐の武田信玄に届いた情報を
掴んでいる秀吉は、もしそれが信長の耳に入ったとき
信長は即座に近江から撤退し、そのまま二条城に攻め上って
義昭の首を三条河原に晒すかもしれません。

義昭は、武田に密書を送って
春になったら上洛してくるであろう武田が動き出したとき
信長は慌てふためくだろうと、その様子を楽しみに待っていますが
まさかそれが自分の首を絞めることになろうとは……。


一方、光秀が岐阜に戻ると、
秀吉も浅井朝倉との和議を将軍に斡旋して
信長の命を救ったというのに
光秀が何もしていないことに美はイライラをぶつけます。

「次の叡山攻め、真っ先に働くのですぞ」
そんな母の言葉が、光秀の心の中に
ズーンと重くのしかかります。


元亀2(1571)年8月。
信長は突如近江に出馬し、横山城に入ります。

この浅井攻めは、何の布石か。
上洛のためか、比叡山攻めのためか──?

信長は、比叡山に書状を送って
その回答を1年待ちましたが、何の回答も無く
姉川を封鎖した後も密かに浅井朝倉と通じて
信長に反抗をしています。

宗門には宗門の正しい姿というものがあり
戦を専らとする武将に力を貸し、宗門の力を誇示しようとし
僧兵を養い鉄砲を備え、女と交わり獣を食べて酒をあおる、
これが仏に帰依する者たちの姿といえましょうか。

であれば、山にこもる3,000人の僧兵も皆殺しにして
100,000人の民衆を助けたいというのが
信長のその気持ちなのです。


何もかもイヤになった秀吉は、
横山城からそのまま尾張中村へ帰ります。

秀吉がたった一人でとぼとぼと
帰ってくることは珍しいのですが、
母は息子が仕事に疲れたのかと出迎えます。

秀吉は何も言いませんが、息子が疲れているのは
比叡山攻めが絡んでいるからだと察知したなか。
「母ちゃんが代わりに地獄に行ってやるで」

おみゃあさんを信じとるよ、と笑顔で大きく頷くと
秀吉は家を飛び出して行ってしまいます。


9月12日、織田軍は比叡山を攻撃。
3,000人の僧兵を殺害します。

秀吉は、僧兵や女こどもたちが出てくると
さも気づいていないふりをしてそっぽを向いて
抵抗しない者たちには危害を加えませんでしたが、

光秀は逆に、一人残らず刺し、斬り
それを知った者たちはみな、
あの光秀殿が!? と溜息を漏らすほどで。

秀吉は戦いの後、琵琶湖のほとりで
浮かぶ女の遺体に涙し、手を合わせます。
「お許し下さいませ……お許し下さいませ……」

焼け出された子どもたちに、せめてもの罪滅ぼしと
施しを行う秀吉と小一郎。
子どもたちも、秀吉の陽気さに
無邪気に集まっておにぎりをほおばります。

「生きとればな、必ずいいことがあるからの!!」
たくさん食えよ、と子どもたちに更に勧めます。


脚本:竹山 洋
堺屋 太一「秀吉」「鬼と人と」「豊臣秀長」より
音楽:小六 禮次郎
題字:森繁 久彌
語り:宮本 隆治 アナウンサー
──────────
[出演]
竹中 直人 (秀吉)
沢口 靖子 (おね)
高嶋 政伸 (小一郎)
赤井 英和 (石川五右衛門)

市原 悦子 (なか)

村上 弘明 (明智光秀)
有森 也実 (ひろ子)
涼風 真世 (おたき)
中村 あずさ (おまつ)
篠田 三郎 (丹羽長秀)

玉置 浩二 (足利義昭)
中尾 彬 (柴田勝家)
──────────
渡辺 徹 (前田利家)
大仁田 厚 (蜂須賀小六)
浜畑 賢吉 (細川藤孝)
野際 陽子 (美)
──────────
古谷 一行 (竹中半兵衛)
財津 一郎 (竹阿弥)

渡 哲也 (織田信長)
──────────
制作統括:西村 与志木
演出:柴田 岳志

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