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2017年4月18日 (火)

プレイバック秀吉・(29)敵は本能寺

信長は、6人の将に軍を預け
それぞれ戦略地域の攻略を命じていた。

すなわち、羽柴秀吉は中国毛利と相対し
柴田勝家は北陸上杉との戦に明け暮れ、滝川一益は関東に進み、
丹羽長秀は四国、徳川家康は東海に兵を向け、
近畿制圧は明智光秀によりほぼ果たされていた。

近代の方面軍制度にあたるこの軍制、
日本はおろか世界を見渡せども信長の前に試しなく、
『天下布武』とはひとえにこの信長の独創奇才のゆえにあり。

時に西暦1582年6月2日、京・本能寺。
信長に従うはわずか100名、
秀吉はじめ自慢の軍勢は各方面に散り、
一兵たりとも京になく、ただ明智軍のみ京にあり。

ただ、明智光秀のみ京にあり──。


天正10(1582)年5月・安土城。

本能寺の茶会で持参する予定の茶器を広げて
ひとつひとつを吟味し、選んでいる織田信長。
その床下では、石川五右衛門が
その茶器38点を盗み取ろうと画策。

その話を聞いたなかは、五右衛門に
やってみいや、と唆します。
やれたらたいしたもんだ、大泥棒だ、と大笑いするなかに、
おねは「お母さま」とたしなめ、五右衛門は逃げて行きます。


信長が出兵する、という話を聞いて
毛利方は和睦の使者を何度も羽柴秀吉の陣によこします。
ただ秀吉は、信長の許可を得ないまま
毛利と和睦を結ぶことはあり得ないと突っぱねます。

石田三成は、もしものために撤退の準備に入ります。
忍びも増やし、街道筋に編みを張っていく必要もありそうです。
そんなことをつぶやく三成に、秀吉も羽柴秀長も小寺官兵衛も
何を考えているのか全く分からん、という顔をしています。


千 宗易は、茶器を引っ張り出してきて選定していますが
明智光秀のことが気にかかって集中できない様子です。

信長が本能寺に博多の商人・島井宗室らを招待し
宗易は本能寺に招待されていません。
「それは、わしが生意気やからやろ」

お京は大笑いし、宗易という人間を
誰も縛ることは出来ない、と宗易を激励します。

お京が出て行き、入れ替わりに弟子が戻ってきました。
信長が本能寺にいる間、徳川家康・穴山梅雪主従は
わずか10名程度で堺に宿泊する予定だと報告を受けます。


秀吉の陣に、毛利方の使者として安国寺恵瓊が入ります。

今まで毛利方は、信長の出陣前だったからこそ
秀吉が提示した和議の条件をすべて飲んでいたのですが、
信長が出陣して備中に到着すれば、
もっともっと無理難題をふっかけられると、和議を拒絶。

秀吉の引き延ばし作戦には乗らない意向です。


家康は、今回の京・堺の旅行に影武者を同行させているようで、
石川数正は、表向きは影武者にも家康と同じように礼節を重んじつつ
裏では天ぷらを「食え! もっと太れ!」と言って食べさせます。

隣の部屋では家康がただじっと座しているのですが、
もし光秀に何らかの動きがあったとき、
信長を討った後に光秀は家康の首をも狙いに来るでしょう。
そのための布石の影武者なのです。

「もっとうまそうに食わぬか」
影武者は天ぷらを口一杯にほおばります。


5月28日、光秀は愛宕山で連歌の会を開きます。

歌を考えている素振りを見せながら、光秀の頭の中は
誰と誰が自分の味方になってくれるか、という計算です。

寺社と民百姓は信長を憎んでいる者が多いので、
もし倒せたらたちまちのうちに自分の味方になってくれる。
筒井順慶と細川藤孝は自分の縁戚だし、
高山右近は組下にあたります。

しかも自分に敵対する兵は、織田信忠の兵2,000と
四国に渡る丹羽長秀の兵5,000のみです。

ときは今
 天が下しる 五月かな


おたきがいる遊女屋には、連歌の会に招かれた茶人が、
光秀が読んだ歌を聞いて真っ青になり、宗易を介して
信長への仲立ちを取りなして欲しいと言ってきました。

ただ、信長とすれ違いが続く宗易には
何をどうしろと言われてもどうもできないのですが。

「ときは今」の歌の話をしているのを、
お座敷に上がろうとするおたきが偶然耳にしまして
五右衛門たちのところに戻ってきました。
「いよいよ始まるわ」


宗易は、本能寺に向かい信長に面会を求めます。

信長に行動を縛られ、宗易の茶を風下に置かれ
怒っているのかと言われますが、
天下布武とは武力で全てを制圧することだから
茶もまた同じで天下の下にある、と認めます。

東大寺正倉院の『蘭闍体』を信長に返します。
その上で、信長に別れを言いに来たわけです。
つまり、天下布武の茶を点てるのではなく
天下万民のための茶を点てたい、と。

つまり、秀吉の茶頭になりたいと言っているわけです。
信長は、それもまたよかろう、と認めることにします。
ただ、宗易が言いたかったもう一点のこと
──光秀のこと──は結局は言えず。。。


6月1日、鎧に身を包んだ光秀は
愛宕権現でみくじを引きます。

一度目は大凶、二度目は小吉、そして三度目は大吉──。

「敵は、いずこにありや?」
「敵は……本能寺にあり」


6月2日早暁 京・本能寺。
眠っていた信長は、馬のいななきに起きます。


脚本:竹山 洋
堺屋 太一「秀吉」「鬼と人と」「豊臣秀長」より
音楽:小六 禮次郎
題字:森繁 久彌
語り:宮本 隆治 アナウンサー
──────────
[出演]
竹中 直人 (秀吉)
沢口 靖子 (おね)
高嶋 政伸 (小一郎)
赤井 英和 (石川五右衛門)
涼風 真世 (おたき)

市原 悦子 (なか)

村上 弘明 (明智光秀)
有森 也実 (ひろ子)
頼近 美津子 (お市)
岡本 健一 (仲蔵)
小西 博之 (小西行長)
松岡 昌宏 (森 蘭丸)

西村 雅彦 (徳川家康)
誠 直也 (石川数正)
大仁田 厚 (蜂須賀小六)
上條 恒彦 (斎藤利三)
──────────
伊武 雅刀 (小寺官兵衛)
中条 きよし (安国寺恵瓊)
香山 美子 (お京)
──────────
仲代 達矢 (千 宗易)

宍戸 錠 (本多正信)

真田 広之 (石田三成)

渡 哲也 (織田信長)
──────────
制作統括:西村 与志木
演出:黛 りんたろう

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