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2017年7月28日 (金)

プレイバック葵 -徳川三代-・(08)多数派工作

戦ともなれば数が頼り。

慶長5(1600)年の7月から9月にかけて
徳川家康が大名諸侯に送った書状の数は180通。
情報交換や裏切りを防ぐためのものだろうが、
味方につけば応分の所領を与えるなどと多数派工作。

これに対して石田三成が送った書状は5〜6通だが、
この結果的数字だけに惑わされてはならない。

家康からの書状は子々孫々までの家宝となるので残りやすいが
三成からの書状を隠し持つのは災いの元だと
幕府の詮索を恐れる大名諸侯が
密かに焼き捨てたのではないのだろうか?

天下分け目の関ヶ原の合戦を前に
双方の攻略合戦はすさまじいものになった──。


慶長5(1600)年7月21日、上杉征伐のために
徳川家康が江戸城を出発し24日には小山へ到着。

最上義光には、家康が動かぬように指示しました。
今のところ様子見で動く気配のない上杉軍を
南下させず、北へ北へと追いやるための軍です。

そして佐竹義宣ですが、石田三成と気脈を通じているようで
彼もこちらの思惑通りに動きそうにありません。
頼りとなるのは伊達政宗、やいのやいのと
即時開戦を求めてきています。

家康は、大坂で起こっている事態を説明した上で
今後予想される出来事といえば、
三成によって人質としてされた諸大名の妻や子のために
家康に付き従う大名諸侯が大坂へ帰り出すことであります。


翌朝、諸侯を集めた家康。

妻子を大坂に預けたまま参陣しているのは心苦しく
“今日の味方が明日の敵”となっても一切恨まないゆえに
希望であれば小山の陣を引き払って大坂に戻れ、と言います。
追撃しないなど、家康が保証する、と。

福島正則はおもむろに立ち上がり、
豊臣家奉公の志に変わりはないかと問いただします。
「つゆほどの異変もござ候わず!」

これで、正則の心は決まりました。
その正則に呼応して、
他の大名たちもこぞって家康に同心し
徳川に味方して戦うことになりました。

そして、上杉と三成と両方に敵を持ってしまった以上
大名諸侯は、松平忠吉を総大将に大坂に立ち戻り
結城秀康は上杉討伐のために北へ向かわせ、
家康と秀忠はしばらくこの地に留まることにします。


小山評定が終わって、
夜遅く、上野沼田城主の真田信幸が到着しました。
家康方につく約束だったのですが、評定に遅参し
家康は裏切られたと肝を冷やしていたのです。

犬伏の陣で親子で話し合いをした結果、
信幸だけは徳川へ、そして
真田昌幸と真田幸村は大坂へと決まったのだそうです。

宇多頼忠の長女は昌幸の妻で、次女は石田三成の妻です。
また、昌幸の長男・信幸は本多忠勝の娘をめとり
次男・幸村は大谷吉継の娘を妻としているのです。

生き残るための政略結婚が裏目に出て
真田一族は分裂して、父と次男が三成に
そして長男が徳川についたのでありすす。


7月26日、正則、輝政を先頭に
豊臣恩顧の諸大名は怒濤の如く西進します。

そのころ伏見城では、4万の大軍に攻めかかられて
鳥居元忠も城を守るのがやっと。
松の丸、西の丸も占領されて、本丸も風前の灯です。


増田長盛から、家康への弾劾状が届けられます。

それを乱暴に流し見ると、末尾には
長盛、長束正家、前田玄以の3奉行の名が連なっています。
相手は、淀殿を取り込んでしまいました。
敵は、三成だけではなくなったのです。

家康は本多正純に命じて、
出陣していった黒田長政を呼び戻します。


7月30日・大坂城──。

三成は、家康に挙兵するには相当な軍資金が必要になるから
大坂城に蓄えられているご金蔵からの支援を
秀頼と淀殿に願い出ます。

しかし、豊臣家の威光に関係なく
戦が始められようとしているとして、
秀頼傅役・片桐且元は断固として拒否。

淀殿も、黙って奥に戻って行きます。


8月1日・伏見城──。

長らく持ちこたえていた伏見城でしたが、
元忠は敵と斬り合い、命を落とします。


黒田長政を追いかけて、追いついたのが相模厚木でした。
長政はすぐさま小山へ引き返してきました。

福島正則から目を離すな、と家康は長政に密命を与えます。
家康が三成から弾劾状を突きつけられたと聞けば
強情で相手の誘いに乗りやすい正則は、
心変わりしてしまいかねません。

そして、もしも異変があったら
忠吉は病と称して急いで江戸へ戻せ、と命じ
毛利一族のうち、吉川広家と小早川秀秋は立場があやふやなので
家康は、味方したら所領は倍増させると約束して裏切りを防ぎます。

秀忠を小山に残し、家康は江戸に戻ります。


8月5日・東海道──。

家康が江戸に戻ったその日、徳川連合軍は
箱根を越えて東海道を西に向かっておりました。

そして大坂連合軍は、
木曽路を西へ西へと進んでいました。

いよいよ東西の激突は避けられない様相に──。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
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[出演]
津川 雅彦 (徳川家康)
岩下 志麻 (お江)
宍戸 錠 (本多忠勝)
神山 繁 (本多正信)
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蟹江 敬三 (福島正則)
山下 真司 (黒田長政)
佐藤 慶 (増田長盛)
夏八木 勲 (島 左近)

江守 徹 (石田三成)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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宇津井 健 (毛利輝元)
小林 稔侍 (片桐且元)
小川 眞由美 (淀殿)
西田 敏行 (徳川秀忠)
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制作統括:川合 淳志
演出:尾崎 充信

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