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2017年8月 9日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(197)

終点停留所の旅“たそがれ”第167弾です。

今回はS賀県S賀市の
H津バス停をご紹介します。


Qb1930Qb1931

J原川(“じょう”ばるがわ)。
“しろ”はるがわ、ではありません。

この先で、C後川へ合流します。


Qb1929

反対側にある道路からは、川の様子は見えません。
けっこうな高さです。

Qb1921

D宰府を中心に支配した少弐氏が
S防Y口の大内氏との戦いで弱体化すると、
少弐氏の支配下にあったH前では、
領土を広げるべくB前O分からO友氏が攻め寄せてきました。

少弐氏のいち国人に過ぎなかったものの
このころ台頭してきたR造寺一族がこれを迎え撃ち
O友水軍を破ったという「H津古戦場」です。

歴史によく登場する戦は、ソラでも解説できるほど有名ですが
地元には、こういった小さな、でも偉大な戦いというのもあるんですね。
郷土史、たまには勉強したくなります。


Qb1922Qb1923

そんな、まさに古戦場跡の真ん前にあるのが
「H津」バス停です。


Qb1924

現在はここからS賀市の中心部である
S賀駅バスセンターに向かうのは2系統あります。
北の方角に出発し、I宿町・C央大通りを経由する路線と
南の方角に出発し、K田江・C央大通りを経由する路線。

どちらもS賀駅バスセンターゆきなので、
行先番号は、S賀駅バスセンターゆきを表す[1]番。
そしてそのどちらもここ転回場内から出発するので
バス停の標柱は1本だけで、双方向の時刻表が入っています。

2001年の道路地図を元に
終点停留所をピックアップして取材しておりますが、
その道路地図では、K田江・C央大通り経由の路線が
あったように記載されています。

もしそれが正確な情報であるならば、それから今までの間に
I宿町・C央大通り経由が開設されたと見なすことが出来ますが、
今のところはどちらもH津が終点で折り返していきますけど
ここH津を越えてのバス系統はあったんですかね。

例えば、
S賀駅バスセンター→C央大通り→I宿町→H津
S賀駅バスセンター←C央大通り←K田江←┘
というような循環系統、とか。


Qb1925Qb1926

ここの転回場の特徴と言えば、
とにかく狭いんです!!
バス入らんのとちゃう!? と思えるほど。


Qb1927Qb1928

ブロックを並べてパーキングストッパーにしているし、
駐車の目安となる虎柄の棒(踏切遮断棹のようなもの)も立ててあるし
タイヤの痕も見受けられるのですが、にわかには信じられず。
恐らくはちょこっとだけ敷地内に入って、横付けする程度?


Qb1932

入るんか────い!!

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