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2017年9月 5日 (火)

プレイバック葵 -徳川三代-・(19)将軍秀忠

朝廷とは神代の昔より侵せない存在であって
雅やかな王朝文化は万民一様に
かしこみ崇めるところであった。

その朝廷の臣下の筆頭は「摂政」「関白」であるが、
近衛家、鷹司家、九条家、二条家、一条家が
回り持ちで務めていた。

武士というものは朝廷を守護するガードマンであったが
平安時代より武力が著しく増大し、
源 頼朝は鎌倉に幕府を開き
政治経済の荒事を担当するに至った。

天下人となった豊臣秀吉は自らを関白と名乗り
位人臣を極めた。

そして慶長8(1603)年、徳川家康は関白の座には目もくれず、
頼朝に倣って「征夷大将軍」の座につくや江戸に幕府を開いた。
「征夷大将軍」とはいわば、防衛庁長官(※)のようなもの。
(※)放送当時の名称。防衛庁から「防衛省」への移行に伴い
 平成19(2007)年1月9日より「防衛大臣」となっている。

ただし、この防衛庁長官(=征夷大将軍)は、
強大な軍事力を背景に総理大臣よりも実力があった──。


慶長9(1604)年7月17日・江戸城──。

ついに、ついに徳川秀忠に嫡男が誕生しました!
言うまでもなく、この子こそ三代将軍徳川家光となります。
若君誕生の吉報は、早馬を乗り継いで
4日後には伏見城の徳川家康の元にも届けられました。

名は、家康の幼名をそのまま与えて
「竹千代」と名付けられました。


そのころ、大坂城では
関白九条兼孝からの内々の知らせがあって
家康が征夷大将軍の座を秀忠に譲ろうと謀り
摂関家を困らせているという情報を掴んでいました。

関白の座を豊臣家から返上させ、
一方で臨時職たる征夷大将軍を世襲にすることは
淀殿にとってはとても許せる所業ではありません。

大野治長は、関白の名で家康の不義不忠をたしなめ、
秀忠の任官を拒絶するように申し上げましょうと
淀殿に提案します。

九条兼孝は、養女完姫を嫡男に嫁がせた間柄であり
豊臣家の味方になってくれるでしょうが、
九条家はあくまで五摂家の一つに過ぎず
他の四家にも家康を拒絶させるよう、裏工作を図ります。


江戸城に戻った家康は、竹千代を抱きながら
養育に関して、信頼できる家臣に預けよと命じます。

親が子どもを甘やかしてダメにするのは愚の骨頂、
同居も許さず、何が何でも厳しく育てて
英才教育を、と言いたいわけです。

その養育係として、
家康は伏見から乳母を連れてきました。
白羽の矢を立てたのは、お福です。

お福は、明智光秀の重臣・斎藤利三の娘であります。
家康はそのことには意も介さず、
香道で有名な三条西家に奉公して有職故実に精通し
目から鼻に抜ける妻女とベタ褒めです。

さらには、江戸に下って竹千代を養育するため
夫であり小早川秀秋の重臣であった稲葉正成を
あっさりと捨てた、と家康はおもしろそうに笑います。


さて、来年4月の将軍譲位で
九条兼孝は激しく抵抗してきましたが、
そんなことでうろえたる家康ではありません。

誰のおかげで関白になれたかもうお忘れか、と
家康は他の公家衆に謀って首のすげ替えを狙い
11月10日、兼孝は突如、関白を退任します。


慶長10(1605)年3月、秀忠は伏見城に上洛。
征夷大将軍任官へ、着々と準備を進めています。

金地院崇伝は、秀忠の「秀」が豊臣秀吉から授かった諱であると、
将軍譲位を受ける際に「徳川家忠」と改名しては? と提案します。
一方で、天海僧正は、関白秀吉の名を捨てるのは
豊臣家への逆心と受け取られかねないと反対の立場です。

「あー」と秀忠は、結論を持ち越しします。


家康は天海を高台院に遣わして
将軍宣下の時に伏見城に招待したい旨を伝えます。
恐らくは淀殿が難色を示すだろう、と乗り気ではありませんが
高台院は孝蔵主を大坂城に遣わします。

でもやっぱり、思案の他と突っぱねられます。
いくら秀忠が秀頼の岳父であるとは言え、主従の話は別だし
もしどうしてもというのなら、先に大坂城に会いに来て
秀頼に譲位の許しを請うのが道理だと譲りません。

「将軍家世襲の儀ならびに江戸開幕の儀、
 豊臣家は与り知らぬことじゃ」
淀殿はそっぽを向いてしまいます。


4月16日、将軍宣下の勅命があり
秀忠はこうして第二代将軍となります。
秀忠27歳であります。

宴の後、家康と二人きりで酒を呑む秀忠。

家康は、国を治める難しさを秀忠に教えます。
気づけば周辺の諸大名たちが、
虎視眈々と牙を磨いているわけです。

「人の上に立つ者は、心に一匹の鬼を飼わねばならぬ」
頼むべきは身内ではなく、忠義の家臣であり
成り行きによっては妻や子でさえ捨てる覚悟が必要、と。

家康から見て秀忠はまだまだ修行が足りず、ヒヨッコです。
家康の子どもに産まれなければこんな苦労もないのに……と
秀忠を不憫に感じることもあります。

「秀忠は父上の子なるを無上の誉れと存じております」
秀忠も、そして家康も、目に涙を浮かべます。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
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[出演]
津川 雅彦 (徳川家康)
岩下 志麻 (お江)
樹木 希林 (お福)
宍戸 錠 (本多忠勝)
岩本 多代 (西郡局)
岡本 富士太 (結城秀康)
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田村 亮 (藤堂高虎)
苅谷 俊介 (加藤清正)
保坂 尚輝 (大野治長)
渡辺 いっけい (本多正純)
神山 繁 (本多正信)
金田 龍之介 (天海僧正)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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草笛 光子 (北政所)
小林 稔侍 (片桐且元)
蟹江 敬三 (福島正則)
鈴木 瑞穂 (板倉勝重)
小川 眞由美 (淀殿)
西田 敏行 (徳川秀忠)
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制作統括:川合 淳志
演出:重光 亨彦

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