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2017年9月15日 (金)

プレイバック葵 -徳川三代-・(22)大御所

江戸城は太田道灌によって創設され関東一の名城と
うたわれているが、それは150年も昔のことである。
天正年間に徳川家康が初めて入城したときの江戸城は
城も小さく堀も狭く門も塀も貧弱であった。

改築に改築を重ね、征夷大将軍となった
慶長8(1603)年には日本最大の本丸造営に着手。
慶長12(1607)年には天守閣を含めて
威風堂々の江戸城が完成したのである。

この時、本丸御殿、西の丸御殿のほかに
二の丸、三の丸、北の丸などが増設され
世継ぎ竹千代は二の丸に入り、
三の丸や北の丸には、将軍生母や側室たちが入った模様。

ちなみに大奥は本丸御殿内にあるが
いわゆる大奥制度が出来たのはもっと後のことである──。


病気療養中だった尾張清洲城主・松平忠吉が
慶長12(1607)年3月5日に28歳で亡くなり、
それから1ヶ月も経たないうちに、今度は越前北の庄城主
家康次男の結城秀康が危篤に陥ります。

「死なせてはならぬ……死なせてはならぬ……」
家康は狼狽えます。

秀康は、将軍秀忠の娘婿である嫡男の松平忠直に
忠節を励めと言葉を残し、閏4月8日、
母・於万の方と子どもたちに見守られながら亡くなりました。
34歳でした。

於万の方は、家康の許しも得ぬまま
髪を下ろして仏門に入ります。

秀康の武勇と忠吉の知略が
将軍秀忠に備わっていれば……と
家康は大粒の涙を落とします。


秀康死去に伴い、嫡男忠直がそのまま北の庄城を引き継ぎ
子どもがいない忠吉の清洲城には、
家康の子らを配置換えで移します。

吟味を、と求められる秀忠ですが、
これらはすべて家康の意向によるものなので
吟味も何も、早急に通すしかありません。
将軍とは名ばかりのような気がしてきた秀忠です。


7月3日、駿府城本丸御殿が完成。
諸大名がこぞってお祝いに駆けつけます。
関ヶ原の戦いで領地をかなり削られた
長門 萩城主の毛利輝元も駿府を訪れます。

秀康の娘が毛利家に嫁ぐことになっていますが、
将軍秀忠の養女として、箔をつけて嫁がせることにします。

輝元は、それはありがたいと感謝しながらも
将軍がいるにも関わらず自分で何でも決めてしまう家康に
人の引き際は難しい、とポツリ。
家康はかなりムッとしています。

そして9月には、豊臣秀頼の名代として
片桐且元も駿府城へやってきます。
家康は、成長した秀頼とよもやま話をしたいと身を乗り出し
駿府まで足を運んでもらいたい、と且元に調整を頼みます。

「秀頼殿と対面するまでは……わしは死なぬぞ」
家康は且元を見据えます。


侍女のお通が秀頼の子を身ごもります。

徳川の顔色を気にする淀殿は、
お通を大坂城から出して大野治長の屋敷で預かることに。
秀頼の正室は千姫でありますが、11歳という年齢なので
千姫が子どもを宿すまではこのことは伏せておきます。


本丸御殿の屋根に上がった竹千代近習の松平長四郎が
足を滑らせて庭に転落してしまいます。

城の屋根に上ることなど今後同断、と
近習たちを束ねる青山忠俊は長四郎を折檻して
屋根に上がった理由を問いつめますが、
長四郎は頑として口を割りません。

お福によると、竹千代がすずめを所望したようで
木の上にあるすずめの巣に近づこうと長四郎が上がり
転落したようなのです。

長四郎は、自分が口を割れば
主である竹千代がお咎めを受けることになる、と
自分からは言い出さなかったとのことです。

「竹千代はよい家臣を持ったの」
秀忠は忠俊に命じ、忠義の家臣を放免させます。
この長四郎は当年12歳、
後に「知恵伊豆」と評判の松平信綱になる人物であります。

秀忠はさらに、竹千代を強い子に育てようと
酒井忠世、土井利勝、青山忠俊の3名を
竹千代の指南役に命じます。


秀忠の子を身ごもっていたお江は、
35歳にして江戸城内で姫君を産みます。

和姫と名付けられました。

長女・千姫は豊臣秀頼に嫁ぎ、次女・珠姫は前田利常に嫁ぎ、
三女・勝姫は結城忠直に嫁ぎ、四女・初姫は京極忠高に嫁ぎ、
五女・和姫には……なんと!
驚くべき運命が待ち受けていました。


せっかく完成した駿府城ですが、失火か付け火か
城が炎上してしまいまして、慶長13(1608)年
家康は諸大名に城の修築を命じます。

隠居所の修築に諸大名を狩り出すのは納得できない。
そういう声もちらほらと上がってきています。

且元曰く、諸大名に金銀を使わせ
弱体化を狙っているのではないか……と。
それを聞いて淀殿や治長は、なるほどと腑に落ちます。

そんな会話の最中、
秀頼が急な病を得、倒れてしまいます。
疱瘡(天然痘)です。

1ヶ月に渡る淀殿の必死の看病の甲斐あって
ようやく快方に向かった秀頼。

そしてお通は秀頼の子を産みました。
国松丸と名付けられたその子は、
そのまま大野治長屋敷で預かって育てることになります。


秀忠は、まずは秀頼が快癒したことを喜びます。

お江は、家康が秀頼をどう思っているのか気になって
自分が大坂に行く! などと
将軍御台所にあるまじき発言をして
秀忠を困らせています。

ともかく秀忠としては、将軍よりも
大御所の方が立場が上だという考え方でありまして、
立場をわきまえよ、とお江に諭します。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
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[出演]
西田 敏行 (徳川秀忠)
尾上 菊之助 (豊臣秀頼)
三林 京子 (阿茶局)
岡本 富士太 (結城秀康)
田村 亮 (藤堂高虎)
石田 太郎 (大久保忠隣)
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石倉 三郎 (青山忠俊)
保坂 尚輝 (大野治長)
長内 美那子 (於万の方)
渡辺 いっけい (本多正純)
神山 繁 (本多正信)

津川 雅彦 (徳川家康)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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宇津井 健 (毛利輝元)
樹木 希林 (お福)
林 隆三 (土井利勝)
小林 稔侍 (片桐且元)
小川 眞由美 (淀殿)
岩下 志麻 (お江)
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制作統括:川合 淳志
演出:尾崎 充信

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