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2017年9月22日 (金)

プレイバック葵 -徳川三代-・(24)野望の輪郭

慶長14(1609)年7月、
宮中で一大スキャンダルが発覚。
行い正しくない公家衆が、
天皇ご寵愛の女官と密通を重ねたのである。

後陽成天皇の逆鱗に触れて官職を解かれた公家衆は
参議の烏丸光広、左近衛権中将・大炊御門頼国、
左近衛少将・花山院忠長と難波宗勝ら8人。

これらの公家と姦淫に及んだ女官は
天皇の寵愛厚い新大典侍・広橋局、
権典侍・中院局、中内侍・水無瀬、菅内侍・唐橋局ら5人。

公家の風紀を戒めるため、このスキャンダルを
暴いたのは京都所司代・板倉勝重。
これは徳川家康が、宮中に
圧力を加えるためとも言われている──。


慶長14(1609)年8月・江戸城。

朝廷が発表した、官位を剥奪しただけという
軽い処分に大激怒の徳川家康。

結局は、奥御門の見張り番だった男を死罪とし
あとは流罪となりました。
ただ、色目を使った女官が
ほぼお咎めなしというのは納得できないわけですが。


家康は、琉球侵攻をした島津家久に
その褒美として琉球をそのまま与えます。

さらに、オランダ商人に朱印状を与え
肥前平戸で商館を開くことを許します。
これを機に、三浦按針(ウィリアム=アダムス)たちを
平戸に常駐させる命令を出します。


10月1日、朝廷はついに罪ある女官を駿府城へ護送。
家康の強引な要求に屈したのであります。
女官5人は伊豆の新島へ流罪となったのです。

無論、後陽成天皇は公家衆にご立腹なのですが
その怒りは家康の方にも向いておりまして
その気持ちも含めて「御退位の叡旨」を駿府に送ります。

家康は、退位した後の第108代天皇が誰なのかを
示されていないのであれば返答するに及ばず、と
それが示されるまでは知らぬ顔で通せ、と相手にしません。

後陽成天皇の後継をめぐっては朝廷と幕府のいざこざがあり。

朝廷が推挙する八条宮智仁親王は
後陽成天皇の弟で31歳、すでに后もおり。
家康が推挙する政仁(ことひと)親王は
後陽成天皇の第3皇子で14歳。

家康としては、弟という傍系ではなく
子どもが後を継いでいく直系にこだわったのです。


嫡男ではない男子が持つ悩みが暴発するのは
徳川家でも同様であります。
家康六男の松平忠輝が家臣の皆川氏に讒訴されて
家康の呼び出しを食らいます。

奸臣皆川一派の陰謀だと肩を持つ生母の於茶阿の方。
重臣たちがこぞって直訴に及んだのは
すなわち主君の落ち度だと突っぱねる家康。

忠輝は普段から治世を顧みることなく大酒を喰らい
刀を振り回して小姓を殺傷するなど乱行を繰り返していまして
その所業が荒いのは今に始まったことではありません。
これ以上怒らせるな、と家康は忠輝に言い渡します。

それで、於茶阿の方に奸臣呼ばわりされた皆川一派は
10月27日、改易や切腹など処分が言い渡されます。

川中島のお家騒動は、家康の裁断により
家臣側の敗訴となりましたが、
忠輝への怒りはしばらくの間、治らず──。


慶長15(1510)年2月。
家康は板倉勝重を宮中にのぼらせ
後陽成天皇譲位に従うことを返答。

その上で、政仁親王が後継者に向いていると
改めて申し上げたわけです。


家康の下知で、名古屋築城を西国大名に命じたのですが
大坂城から片桐且元が駿府城にやって来て
余裕がないから金も人も出せない、と訴えてきたのです。

最初こそ突っぱねる家康でしたが、急に態度を軟化させ
今回だけは使役を免除するとニッコリ笑います。
「ただし、秀頼殿との対面は果たしてもらうぞ」


家康はいよいよ、
徳川を残して行くための行動に移ります。

3月に政仁親王が天皇に即位したら、
家康の五女・市姫を入内させ新天皇の后とする。

九男・松平義利には浅野幸長の娘と結婚させ尾張を与える。
十男・松平頼将には加藤清正の娘と結婚させ駿河を与える。
十一男・鶴千代にも同様に、しかるべき大名の娘と結婚させ
水戸を与える。

さらにこの三人には生涯を通じて徳川姓を名乗らせ
この先戦乱に乗じて江戸城が奪い取られたり
将軍家に世継ぎがなかったりした場合に
将軍家を助ける立場とさせます。

そして秀忠の嫡男・竹千代の正室には
公家の五摂家の姫を迎え入れる──。

しかし閏2月12日
駿府城の庭で毒虫に刺された市姫が急死し
家康の目論見が音を立てて崩れていきます。


天皇退位の3月21日に向け
朝廷は着々と準備を進めておりましたが、
家康が喪に服すことになったため
譲位時期を1年間延期して欲しいと伺いを立てます。

もちろん徳川の喪であって朝廷の喪ではない、と
難色を示す武家伝奏の大納言・広橋兼勝ですが

家康も秀忠も諸大名も喪中ゆえに践祚の儀に参列できず
莫大な諸費用も負担をしない、と勝重が言い出すと
動揺しつつ認めざるを得ません。


天皇の后にする計画であった市姫が急死したことで
家康は、秀忠の娘・和姫にその身代わりを考え始めます。

「まあ……」
その話を聞いたお江は
あまりのことに絶句します。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
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[出演]
西田 敏行 (徳川秀忠)
三林 京子 (阿茶局)
石倉 三郎 (青山忠俊)
石田 太郎 (大久保忠隣)
渡辺 いっけい (本多正純)
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鈴木 瑞穂 (板倉勝重)
五大 路子 (於茶阿の方)
床嶋 佳子 (お亀の方)
神山 繁 (本多正信)

津川 雅彦 (徳川家康)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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草笛 光子 (高台院)
林 隆三 (土井利勝)
小林 稔侍 (片桐且元)
岩下 志麻 (お江)
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制作統括:川合 淳志
演出:重光 亨彦

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