« 誘惑 | トップページ | バス停について本気出して考えてみた(205) »

2017年10月17日 (火)

プレイバック葵 -徳川三代-・(31)忠輝勘当

豊臣家の悲運を辿れば、太閤豊臣秀吉は子どもに恵まれず
やっと生まれた鶴松はあえなく夭折。
諦めて甥の豊臣秀次を養子にし、関白の座を譲ったところ
側室淀殿が再び懐妊、拾丸すなわち秀頼が産まれたのである。

気の毒なのは秀次で、
秀吉に疎まれヤケを起こして乱行の数々。
ついに関白の座を追われて切腹を命じられ
正室側室は言うまでもなく、
幼い子どもたちも三条河原ですべて打ち首になった。

秀吉が没して17年、世は徳川の天下となり
慶長20(1615)年の夏に大坂城は炎上して陥落。
秀頼は生母淀殿とともに自害して果てた。

城を落ち延びた秀頼の子の国松丸も捕らえられて斬首。
ついに豊臣家は滅亡したのである──。


大坂夏の陣において特に戦功のあった者たちに
将軍・徳川秀忠より褒美が与えられますが、
遅参した者には、大坂周辺の道路の修築を命じます。

戦に遅参の大名──暗に、家康六男の
松平忠輝のことを言っているわけですが、
伊達政宗は、味方の裏切りに備えて殿(しんがり)を
務めていただけで遅参ではない、と娘婿を庇います。


5月28日 京・片桐且元屋敷──。

幼い頃より秀吉に従い、死後は秀頼に従った且元は、
最後の最後で豊臣家を裏切る形で大坂城を出ることになってしまい
主家を滅亡へと追いやってしまった責任を感じて
嫡男の元包(もとかね)に家督を譲り、切腹して果てます。

且元病死の知らせを聞いた徳川家康は、
28日が秀頼の三七日(みなのか)にあたることから
後を追って殉死したのだとして不問に付します。

細川忠興は、大坂方に味方した次男・細川興秋に切腹を命じ
6月11日には茶人大名の古田織部が
国松丸を匿った罪で家財没収の上、切腹しました。


家康は、国家としての仕組み
つまり諸法度の制定に着手。

そして7月7日、秀忠は伏見城に諸大名を集め
金地院崇伝起草による武家諸法度13条を発布します。


秀忠は、伏見に残る常高院と千姫に
一足早く江戸に戻るように言います。

自分は秀頼の妻だと言ってきかない千姫は
妻として豊臣の御霊をなぐさめたいし
豊国祭も取り仕切らねばと考えて
江戸に戻ることは全く考えておりませんが、

秀頼はすでに亡くなっているし、
豊臣の御霊は五山の僧に託させ
すでに廟を取り壊しているので豊国祭はない、と
千姫をこんこんと説得します。

秀忠は、千姫には詫びなければならないことが
いくつもある、と涙ながらに頭を下げます。
父と娘の間にあったわだかまりが、
ほんの少しだけ解けたような気がしました。

千姫は常高院に付き添われて
12年ぶりに東海道を江戸に向かいます。


7月20日、改元。
慶長20年が元和元年となりました。

その3日前、秀忠は二条城に
武家伝奏・広橋兼勝と三条西実条を呼びつけ
「禁中並公家諸法度17条」をつきつけます。

難色を示すふたりですが、
これに異議を唱えるのなら職務を外れてもらおう、と
家康がポツリと脅します。

そして24日、寺院に対して寺院法度も制定。

この矢継ぎ早の法度発令によって
諸大名、朝廷、寺社の三勢力を
がんじがらめにくくり上げたのです。


19日に京を発した秀忠は
8月4日に江戸凱旋を果たします。

秀忠はお江をチラリと見ますが、
目を伏していてはっきりと見てくれません。
秀忠はお江のご機嫌とりに、国千代の許嫁を
織田信雄の孫娘にしたい、と提案します。

それはそれでお江は承諾したのですが、
亡き姉(=淀殿)の菩提を弔うべく寺を寄進したいと言い出すと
秀忠はさも言いにくそうに、それはできないと伝えます。
豊臣家はかりにも幕府に対して謀反を起こした逆臣であり
それをその徳川側の人間が寺を寄進などできるはずもない、と。


大坂夏の陣の前の慶長20年4月、
松平忠輝の軍勢が越後から大坂へ向かう道中で
将軍の家臣が軍勢を追い越した無礼で斬殺に及んだ事件があり

忠輝は、その下手人を幕府に出さなかったため
家康からの勘当処分となり、
所領である越後高田を召し上げられて
武蔵深谷に蟄居となりました。

ご無体な! と食って掛かった生母の於茶阿の方ですが
家臣の落ち度は主君の落ち度、主君の落ち度は
生母の育て方が悪かったからだ、と
家康は於茶阿の方すらも勘当処分とします。


家康はこのころ、江戸で鷹狩りを楽しみます。
74歳のおじいさん……でも元気いっぱいです。


10月11日、江戸城。
家康は薬莢で薬を手作りしています。

秀忠は、忠輝の処分が厳しすぎると恐る恐る進言しますが、
身内だからとここで生優しくしていては
諸大名への示しがつかない、と家康は聞く耳を持ちません。

そして忠輝が謀反を起こすかもしれない、という疑いは
いつしか伊達政宗への疑いへと変貌していきます。
忠輝をわざと遅参させ、政宗は背後から味方を撃ち
忠輝と政宗が一緒になって謀反を起こすかもしれない、と。

恐れおののく秀忠の表情が、
次第に家康を睨みつけるように変わっていきます。
「大坂の次は、奥州にございまするか」

神妙に従う諸大名に無理難題をふっかけ
挙兵を余儀なくさせる家康の戦法について
秀忠は諌めたかったのかもしれません。


その夜、不気味な物音がした気がして
竹千代の寝所を覗くお江ですが、
暗闇から出てきたのは、顔に化粧を施した竹千代でした。

「おぞましや……男のくせに」
わが子の姿にショックを受けるお江です。


家康は、総勢10万人で関東一円で鷹狩りを行います。
これは奥州に対する軍事訓練のデモンストレーション。

その休息地で、お福がわざわざ訪ねてきました。

竹千代の気性が粗暴にして軟弱であるのは、
すべて乳母であるお福の責任である、と
お江が言ってきたのだそうです。
お福は責任を取って暇乞いに来たわけです。

お福曰く、竹千代の思いもかけない振舞いは
叱られることで父母の関心を得たいがためなのです。
父・秀忠と母・お江の関心は国千代に向けられており
諸大名たちは、竹千代はいずれ廃嫡されると噂しているのです。

家康は天を仰ぎ、お福を江戸城に戻して
引き続き竹千代に仕えるように命じます。
家康の脳裏には、もしかしたら
忠輝のことが浮かんだのかもしれません。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
──────────
[出演]
西田 敏行 (徳川秀忠)
大河内 奈々子 (千姫)
田村 亮 (藤堂高虎)
石倉 三郎 (青山忠俊)
渡辺 いっけい (本多正純)
──────────
すま けい (伊達政宗)
五大 路子 (於茶阿の方)
鈴木 瑞穂 (板倉勝重)
神山 繁 (本多正信)
波乃 久里子 (常高院)

津川 雅彦 (徳川家康)
──────────
中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
──────────
草笛 光子 (高台院)
樹木 希林 (お福)
林 隆三 (土井利勝)
小林 稔侍 (片桐且元)
岩下 志麻 (お江)
──────────
制作統括:川合 淳志
演出:重光 亨彦

|

« 誘惑 | トップページ | バス停について本気出して考えてみた(205) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 誘惑 | トップページ | バス停について本気出して考えてみた(205) »