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2017年10月31日 (火)

プレイバック葵 -徳川三代-・(35)竹千代の屈折

徳川家康薨去の際、存命である側室は11人いたが、
これら11人の去就をざっとお目にかけたい。

次男結城秀康の生母・於万は
落飾して「長勝院」となり、そのまま北ノ庄城に居住。
六男松平忠輝の生母・於茶阿は
「朝覚院」となって江戸市内に居住。

九男徳川義直の生母・お亀は
「相応院」となって尾張名古屋城へ。
十男徳川頼宣と十一男徳川頼房の生母・お万は
「養珠院」となって駿府城へ。

十一男徳川頼房の養母・お梶は
「英勝院」となって江戸城三の丸へ。
子を産まなかった阿茶局は
「雲光院」となって江戸城大奥に居住。

お仙は「泰栄院」となって駿府城に居住。
お竹は「良雲院」となって江戸城内比企尼屋敷に居住。
お六は「養儼院(ようげんいん)」となって
江戸城内比企尼屋敷に居住。

お夏は「清雲院」となって江戸城三の丸脇の屋敷に居住。
お梅は本多正純の江戸屋敷に居住。
お梅は家康存命中に下げ渡され、正純の妻となっていたのである。

将軍秀忠はお気の毒である。
父の側室11人まで相続することになったのである──。


元和3(1617)年3月・江戸城。

秀忠の御落胤のことで怒り心頭のお江は
更なる問題を抱え、お福を呼び出します。

お江の侍女である古五(こご)が
城に忍び込んだ曲者に乱暴されて身ごもりました。
曲者は般若の面をかぶっており、
古五の話によれば、それは竹千代ではないか、と。

お福は、古五の見間違いではないか? と押し切り
竹千代は潔白だと主張します。
もし竹千代の仕業と分かれば、お福は
自らの死をもってお詫びする、と啖呵を切ります。

戻ったお福ですが、急いで青山忠俊と協議します。
自分たちが罪を被るのは全然厭わないのですが、
ここは竹千代が罪を責められ、廃嫡されれば
家康に顔向けできないというわけです。

お福は、竹千代の身代わりを探そうとし
小姓の伊丹権六が名乗り出ました。
お江の侍女を孕ませたとあっては死罪は免れませんが
元より承知、と覚悟しているようです。

その夜、般若の面をかぶった権録が大奥に侵入し
侍女たちを追いかけ回して捕らえられます。

翌日、事の顛末を徳川秀忠に報告する忠俊は
権六も古五も死罪にすべしと主張しますが、
侍女が何者かに襲われて孕むのは日常茶飯事なのです。
秀忠は今後、大奥は男子禁制とします。

竹千代の仕業に決まっている! とお江は自説を曲げませんが
自分の子どもを廃嫡したがっているのかと阿茶局に問われ
返す言葉がなく黙り込んでしまいます。
「なにとぞ、ご自重のほどを」


竹千代ですが、古五を孕ませたのは自分だと打ち明けます。
権六が竹千代の罪を被って身代わりとなっているのです。
将軍家など継ぎたくない竹千代は、別に廃嫡になっても構わないわけで
今は何としても権六を助け出さなければならないわけですが、

お福と忠俊は、古五を孕ませたなどと
口が裂けても言ってはならないと言い聞かせます。

忠臣伊丹権六は、間もなく磔の刑に処され
身重の古五もあわれ打ち首となりました。


11月21日、竹千代は居を西の丸に移ります。
これによりお江との関係はますます遠のく一方です。

翌元和4(1618)年正月、
江戸城大奥に壁書き(通達)が出されます。

大奥内で守るべきこととして、担当役人の決定、
男子禁制、門限の設定、報告の義務……と
大奥の風紀を正すため、急激に厳しくなります。


3月22日、秀忠は伊達家江戸屋敷を訪問します。

2代将軍として板についてきた秀忠ですが
対朝廷についてはなかなか上手く事が運びません。
和姫入内の日程についても、何度問い合わせても
色よい返事がもらえず、やきもきしているのです。

「恐れながら……天子さまに皇子ご誕生とか」
伊達政宗は、ついつい口を滑らせます。
顔色を強張らせた秀忠は井上正就に伝えて、
京都所司代に調査させます。

それによると、生まれた皇子は賀茂宮で
産んだのは公家の女官・お四御寮人です。
お江は、和姫入内を取りやめるか
もしくは賀茂宮を他家に養子に出すかを迫ります。


日光山東照社が遠く不便なので、いつでも参詣できるよう
江戸城内に東照社を建立していたのですが、それがついに落成し
遷宮の儀が執り行われ、武家伝奏として広橋兼勝と三条西実条、
勅使として天皇の弟である近衛信尋が下向します。

そこで、和姫入内の話が出るのですが、
内容を聞く前に土井利勝がそれにまったをかけます。
「和姫さま入内の件は、見合わせることと相なり申した」

幕府の頑な姿勢に驚いた朝廷は、
関白・二条昭実と、前関白・鷹司信房を慌てて江戸に送ります。

幕府としては、賀茂宮を生母ともども
天皇から遠ざけて欲しいというのが主張です。
それができなければ、和姫入内は中止せざるをえないと強気です。

板挟みになった二条関白は、賀茂宮と生母・お四御寮人を
他家に出すことを渋々約束します。
関白はその足で日光に参詣し恭順の意を表明したのです。

和姫入内が明年6月と決まりました。


竹千代ですが、権六と古五の一件がよほど身に堪えたのか
女を断つ、といって見向きもしなくなってしまいました。
竹千代を助けると思って身代わりを立てたことが
結果的には裏目に出てしまったのです。

一方、秀忠がお吸い物をすすっていると
それは国千代が仕留めた鴨、とお江が笑います。
西の丸で鉄砲をぶっ放し、仕留めたのだそうです。
それを聞いた途端、秀忠は珍しくお江に声を荒げます。

この江戸城は家康が作り、自分が竹千代に譲り渡すものである。
その城に向かって鉄砲を放つとは言語道断!
国千代は天道に背き、大権現に背き、世継ぎに無礼を働いた!
しかし、その怒りもお江の「おおげさな」の一言で意気消沈……。


元和5(1619)年5月8日、秀忠は江戸を出発します。
間近に迫った和姫入内の準備のための上洛です。

伏見城到着は5月27日。
ここで驚くべき事態が秀忠を待ち受けていました。

天皇の二人目の子が来月にも誕生ということなのです。
生母は、幕府との話し合いで遠ざけるように
約束した女官・お四御寮人で
未だに奥御殿に仕えているとの九条忠栄の報告です。

「幕府をたばかったのか!」
怒りを露にした秀忠は、二条関白を呼びつけます。

朝廷と幕府が対立する中、
女官・お四は6月20日に皇女梅宮を産みます。

秀忠に呼びつけられた二条関白は心労のあまり悶絶し、
7月14日に罷免され、その日のうちに亡くなります。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
──────────
[出演]
西田 敏行 (徳川秀忠)
三林 京子 (阿茶局)
石倉 三郎 (青山忠俊)
渡辺 いっけい (本多正純)
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すま けい (伊達政宗)
寺田 農 (二条昭実)
鈴木 瑞穂 (板倉勝重)
金田 龍之介 (天海大僧正)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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樹木 希林 (お福)
蟹江 敬三 (福島正則)
林 隆三 (土井利勝)
岩下 志麻 (お江)
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制作統括:川合 淳志
演出:佐藤 譲

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