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2017年11月14日 (火)

プレイバック葵 -徳川三代-・(39)将軍家光

まずは元和8(1622)年にご他界の方々のご冥福をお祈り奉る。

5月9日、江戸城内比企尼屋敷で見性院逝去、享年77。
見性院は武田信玄の息女で、徳川家康五男信吉の異母、
そして徳川秀忠の御落胤・幸松丸の庇護者でもあった。

7月1日、伊達家家臣・支倉常長が仙台で死去、享年52。
ローマ法王に引見しキリシタンに帰依したため
殺害されたかもしれない、という噂。

7月3日、加賀金沢城で前田利常正室・珠姫逝去、享年24。
珠姫は秀忠次女で、生母お江の悲しみはいかばかりか。

10月2日、宮中にて皇子賀茂宮が薨去、享年5。
賀茂宮とは、後水尾天皇が於与津御寮人に生ませた皇子で
これにより天皇の子は梅宮ただひとりとなった──。


元和8(1622)年11月10日、
江戸城本丸と天守閣の大改築は
諸大名の援助によってようやく完成。

徳川秀忠は西の丸から本丸へ、
徳川家光は姫路城主本多忠政屋敷から西の丸へ移ります。

家光は、相変わらず金魚を眺める毎日で
ぐーたらな日日を送っております。
青山忠俊が諌めても、まったく聞く耳を持ちません。

その後秀忠は、家光と徳川忠長を呼び出します。
そして家督を家光に譲ることを宣言。
忠長には駿府城を与え、駿河17万石と
遠江の一部3万石が所領とすることになったのです。


元和9(1623)年正月、
秀忠への、そして家光への年賀拝礼に
越前北ノ庄城主・松平忠直は来ませんでした。

秀忠は忠直を見限り、断固処分を決め
2月10日、豊後国萩原へ流罪となりました。
北ノ庄67万石はそのまま据え置き
忠直嫡男の仙千代に相続させることとします。


将軍となることになった家光ですが、
衣冠の着け方や式典の作法、学問所で古今集の講読と
上洛にあたって学ぶべき作法はたくさんあるわけですが、
家光は金魚ばかり眺めていて、ヤル気ゼロであります。

愛想が尽きた忠俊は、家光が大切にしていた
金魚鉢を庭に叩き付けて壊します。
刀を抜く家光に、大権現に顔向けできぬと
首を討ち落とせと迫ります。

覚えていよ! と怒り肩で出て行く家光は
抜いた刀で割腹しようとし、
寸でのところでお福に止められます。

家光は望まれて将軍になるわけではなく
将軍家や諸大名の中には、家光が将軍になることで
困惑しきりな者たちもいるわけです。

改易となった松平忠輝、流罪となった松平忠直、
そしていずれ将軍の座を追われて
遠いところに閉じ込められるであろう己の姿がリンクして、
家光自身の恐怖につながっているようです。

お福は、家光の思いを全て吐き出させ、全てを受け止めます。
そして、もしも家光が自害した後は忠長が3代将軍となるでしょうが
家光のような優しい心根をもっているわけではない忠長では
国は治められない、というのです。

お福は家光の将軍への自覚を促します。
「家康公の諱を賜りし御方は家光公ただおひとり」
家光は家康の申し子、とささやきます。


4月17日、家光は家康の8回忌に
日光東照社を参詣します。

そして5月12日、秀忠は
江戸城を出発し上洛の途につきます。
家光も18日に江戸城を出発する予定でしたが、
心労のあまり病に倒れてしまいます。

気の緩み、と言って聞かない忠俊に
回復しなければ断じてお渡ししません、とお福。
忠俊のおでこを、お福はパン! と叩きます
「ご無礼を! 蚊にござります」


秀忠の京都到着は6月8日、
その日のうちに二条城に入ります。

家光が病で到着が遅れる、と聞いて
家光の親不孝を嘆く秀忠ですが、
同行の伊達政宗は大笑いします。
「上様とて関ヶ原の合戦に遅参なされた」

土井利勝が咳払いw
しかし秀忠は、家光の遅参は血筋か、と笑います。

一方、家光の病気は回復せず、
しびれを切らした秀忠は6月25日に宮中に参内します。

そして女御となった和子に対面するのですが、
後水尾天皇、そして和子と盃を交わしていたとき
秀忠に報告がある、と民部卿(阿茶局)が代わって報告します。
「女御様はめでたくご懐妊あそばされました」

なんと! でかした! と
感涙のあまり言葉になりません。


病がようやく癒え、上洛の家光は
7月13日に伏見城に到着。

20歳の家光は朝廷から
内大臣 正二位 征夷大将軍に任じられます。
そして、将軍を辞任された秀忠は
この日から大御所となります。

秀忠は家光と酒を酌み交わし
将軍としての心得を伝えます。

分からぬことは利勝に聞け、と
秀忠は、将軍の座と徳川家の相続とともに
土井利勝も相続させることにします。

「上様……酒を注いでくださらぬか」
秀忠は、新将軍家光からの盃を受け
くいっと飲み干します。


秀忠、家光不在の江戸城ではひと悶着あり。

小姓の依田が西の丸で下馬の禁を犯したそうで
家光の小姓たちからの苦情の申立があり
忠長はろくに事情聴取もせず即日切腹をさせたのです。

それをたしなめるお江だったのですが、
忠長は、将軍となった家光をよく思っていないようで
兄弟の仲違いは、もしかしたらこの時から
決定的になったのかもしれません。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
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[出演]
西田 敏行 (徳川秀忠)
尾上 辰之助 (徳川家光)
酒井 美紀 (和子)
石倉 三郎 (青山忠俊)
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すま けい (伊達政宗)
三林 京子 (阿茶局)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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樹木 希林 (お福)
林 隆三 (土井利勝)
岩下 志麻 (お江)
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制作統括:川合 淳志
演出:重光 亨彦

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