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2017年12月12日 (火)

プレイバック葵 -徳川三代-・(47)三兄弟

大御所徳川秀忠の次男・徳川忠長は
寛永7(1630)年の秋、所領の駿河国で突如乱行を重ねた。
故意に侍女とぶつかり、殴る蹴るの暴行に及び
刀を抜き、振り回して暴れたり……。

きっかけは、ノイローゼであったか。
幼い頃から母の寵愛を受けて来た忠長は
母・お江の逝去により孤独感を深めた?

さらには、忠長は将軍徳川家光の実弟ながら
序列は尾張家紀伊家水戸家の下に置かれ
日ごろから家光を恨んでいた?

そもそもは、忠長の甘えであったのかもしれない──。


寛永8(1631)年2月・江戸城──。

駿河奉行からの訴えによれば、
昨年11月11日、徳川忠長は数万の勢子を率いて
浅間神社で猿狩りを催して
1,200の猿を殺したとのことです。

浅間神社は八百年来、殺生禁止の地であり
猿は神獣として祀られております。
民衆はとても憤激し、
忠長の風評は地に堕ちつつあります。

引き止めるべき役目の家臣たちも
すでに数十人の近臣がお手打ちとなり
それ恐さに誰も何も言わなくなってきております。

普段は冷酷な土井利勝ですが、今回は少し勝手が違うようです。
何せ忠長の乳母は利勝の妹、傅役は利勝の妹婿であり
利勝は事情を鑑みて、乳母と傅役にとっての責任の所在を
明らかにすることにします。


利勝と酒井忠世は忠長の江戸屋敷に赴き
猿狩りの件について詰問しますが、忠長は
猿が里に出て田畑を荒らし子どもを襲ったので
やむを得ない仕儀となった、と開き直り

その弁明については、
将軍家光にしなければならないところ
秀忠に行ったと主張。
罰するなら罰せよ、と強気の発言です。

しかし、気まぐれに家臣たちを誅したことについては
都合が悪くなったか、覚えておらぬ、とシラを切ります。
忠世は忠長に、追って沙汰をするまで登城禁止を伝え
傅役には、解任の上 身柄を酒井家で預かることにします。


徳川秀忠が本丸に赴き、家光と対面します。
今回のことで、実弟を処分するのはかわいそうだから
少しぐらいは大目にみてやれ、と言うのです。

しかし家光は、法は曲げられぬと
一切の恩情なく処分するつもりです。

それでも、と食い下がる秀忠に家光は
自分は本当に秀忠の子なのか、とつぶやきます。
弟には父の片諱“忠”が入っていますが、
家光には家康の片諱“家”こそあれ、“忠”がありません。

秀忠は、当所「家忠」とする予定だった名前ですが
朝廷公家にも同名の御仁がすでにいたために
やむを得ず「家光」とした事情を明かしますが、

家光は、今は「家忠」と名乗るのは御免蒙る、と答えます。
「忠輝、忠直、忠長、“忠”の字は行く末芳しからず」

結局忠長は、5月29日駿河から甲州に移されます。
表向きは病気療養でありますが、
実のところ蟄居謹慎です。


かねてから体調不良の秀忠が倒れ
重病の床についたのは6月23日。

見舞いに訪れた春日局(お福)に
家光へ手心を加えてくれるように斡旋を依頼しますが
女が政治に口出しすれば国が滅びる元、と断られ、

同じく見舞いに訪れた娘たち(千姫と勝姫)に
忠長の赦免を願い出るように伝えます。


秀忠とお静の間に出来た三男・幸松を引き取り
養父として養育に当たって来た高遠城主・保科正光は
10月7日病没、享年71。

家光は、21歳の幸松を約束通り大名に取り立て
保科肥後守正之と改めさせます。


江戸城に天海大僧正と金地院崇伝が登城し
秀忠の見舞いに格別の恩情を持って
忠長に差し許すことを提案しますが、
幕府側はこれを認めません。

かつて家康が駿府で病床についたとき
六男松平忠輝とついに対面しなかった前例もあり
法度と親子の絆の是非について話し合われますが、
家光にははなから認めるつもりはありません。

無礼の罪を未だに謝罪しないのは
忠長の病気が治っていないことである、とし
「病人に登城を差し許すは片腹痛し」としたのです。


12月8日、尾張名古屋城主・徳川義直と
紀伊和歌山城主・徳川頼宣、水戸城主・徳川頼房が
そろって登城し秀忠の見舞いに訪れます。

義直嫡男の五郎八丸と頼宣嫡男の長福丸は家光に謁見し
五郎八丸には徳川光義、
長福丸には徳川光貞の名が与えられます。
ふたりとも、家光の片諱をもらったわけです。

そこで再確認ですが、お世継ぎがないまま
家光が没した後の四代将軍の後継順位は、
徳川光義が第一位、徳川光貞が第二位であるとします。
義直はぐっと気持ちを引き締めます。


ところが、ぐったりとして横になっている秀忠に
春日局が慌てて駆けつけます。
将軍家光に仕えるお振が、
家光の子を身ごもった、というのです。

家光の女嫌いは有名でありますが、
最近はどうも好みが変わったようで。
秀忠は口から泡を吹き出すように
ビックリしています。


作:ジェームス 三木
音楽:岩代 太郎
題字:ジェームス 三木
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[出演]
西田 敏行 (徳川秀忠)
尾上 辰之助 (徳川家光)
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中村 梅雀 (語り・水戸光圀)
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金田 龍之介 (天海大僧正)
林 隆三 (土井利勝)
樹木 希林 (春日局(お福))
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制作統括:川合 淳志
演出:尾崎 充信

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