プレイバック山河燃ゆ・(15)開戦前夜
昭和16(1941)年10月18日、東郷茂徳邸──。
東郷は、天羽賢治からの手紙を読んでいます。
──この7月、日本軍が南部仏印(フランス領インドシナ南部)に
進駐したことに対抗して、アメリカが在米日本資産を凍結。
日米関係はいよいよ雲行きがあやしくなってきました。
UAP通信の特派員として
かつて中国大陸を取材した体験から考えるに、
両国間の関係悪化を防ぐ最良の方法は、やはり
日本が満州含む中国大陸および仏印から
全面的に撤兵することだと考えています。
名目はどうであれ、
他国の領土に兵を送り内政に干渉することは、
近代国家としてなすべきことではないと思います。
とにかく、日本とアメリカが
戦うなどという事態だけはなんとしても避けたい。
これは、僕のみならず、日系市民全員の切なる願いです──。
東郷は、ニッコリしながらうんうんと頷いています。
「若いなあ」
『東条内閣成立』
東郷は、東条内閣で外務大臣という重要ポストを引き受けます。
戦争は絶対にしない、という条件で引き受けたのです。
東郷の就任演説を、小樽で
父・三島誠之介を亡くしたばかりの三島典子や
ロサンゼルスのリトル・トウキョウで賢治が聞いています。
それを紙に書き写した賢治は、
移民向けの「加州新報」に記事として掲載。
もし外務大臣に東郷茂徳が就任すれば
日米関係は好転すると賢治は予想していましたが、
編集長の松井竹虎は、
就任演説を読む限りそれは期待できない、という判断です。
ともかく、東郷外相の日本語を英訳するのは至難の業なので
松井編集長は、賢治の語学力に大いに期待しているところです。
実は「加州新報」には、
幼なじみの井本梛子も同僚として働いております。
フィアンセのチャーリー田宮ともうまもなく結婚というのに
梛子からはチャーリーの話がまったくというほど出てきません。
お相手のチャーリーはラジオ局のディレクターです。
賢治に、電話してみれば? と言われて
思い切って電話する梛子ですが、今日は先約があります。
お互いにすれ違いの日々です。
そしてすれ違いなのは賢治も同じであります。
賢治が日本からキレイなお嫁さんを迎えるということを
賢治に憧れていた畑中エミーは天羽 勇から聞いてしまいまして
「もう少し早く知りたかったわ」と涙を浮かべて行ってしまいます。
天羽家では、典子の話で持ち切りです。
父・天羽乙七と、母・天羽テルが結婚した頃は
ちょうど“写真結婚”が流行っていたときだったようで、
テルは、乙七の写真を見ただけで、実物に会うことなく
アメリカへ渡って来たそうです。
典子も、天羽 忠が北海道に迎えに行って横浜港から船に乗せ
アメリカに渡らせる手はずとなっていますが、
いつ渡航の許可が出るかはまだ不明です。
ただ、賢治は出るまで待つ、という覚悟です。
乙七はテルに、久々に里帰りするか、と提案します。
鹿児島に帰って、そこで賢治と典子の祝言を挙げ
そのまま一家で一緒にアメリカへ戻って来る。
「そろそろ日本も見納めとかんとなァ」
東郷屋敷にお邪魔している島木は、
やはり日本軍の南仏進駐が間違いだったとつぶやきます。
進駐さえしなければ、アメリカも日本の在米資産の凍結をしたり
石油供給を止めたりはしなかったでしょう。
外務大臣としての東郷の務めは、石油の禁輸を解除してもらい
通商関係を資産凍結以前の状態に戻してもらうことです。
「このままの状態では日本国は滅びる」
戦争はいかん、と危機感にあふれています。
11月1日、東条英機首相のもとで
第66回大本営政府連絡会議が行われます。
日本帝国は対米国交調整を断念して
新国家の秩序建設のために対米、英、蘭との開戦を決意し
12月初頭に戦争の発起を行う、との東条の提案に
しかめ面をする東郷は、慌てて挙手をします。
発言を認められた東郷は、
開戦決意の前に、何とか最後の交渉をしたいと主張。
外交をごまかしてやれ、というのは
外務大臣としても政治家としてもできることではありません。
しかし参謀本部の提案は変わりません。
外交は参謀本部の邪魔をしない、というのが念頭にあるようです。
もしも外交が上手くいったならば、戦争をするという話も
なしにしてもらわなければ困る、という東郷の声にも
それはできない、という参謀本部。
参謀本部は、外交期限を11月13日とし、
それ以降に外交好転だとしても戦争をする、とトンデモ発言。
統制を乱すというわけのわからない理由から
まるで戦争ありきの考えです。
戦争にしないための外交を行う東郷と、
戦争をするための外交を行えという参謀本部。
両者の意見は平行線を辿ります。
翌日早朝、東郷は広田弘毅を訪ねます。
17時間にも及ぶ論戦で、
外交期限を12月1日にまで延期させた東郷。
あと1ヶ月の間に妥結を図らなければなりません。
東郷は、最後の切り札として
もし外交期限を過ぎて戦争に突入したとしたら
自分が辞職することで食い止められたら、と考えますが、
広田は、後は開戦派の外務大臣が就任するだけ、と止めます。
最終的に、大東亜の秩序建設のために
対米、英、仏の陸海空軍による武力発動を行うのが12月初頭、
ただし12月1日午前0時までに外交成立したならば
武力発動をただちに中止する、と東条は宣言します。
東郷は来栖三郎特使をアメリカへ派遣します。
その取材に奔走する賢治と梛子。
いつの間にかお互いがお互いを好きになってしまっていますが、
賢治には典子という待人がおります。
アメリカで待っていなければならないのです。
天羽の家族は、乙七の提案で日本に里帰りすべく
週末にも帰れるようにその準備を始めていますが
賢治にとっては実に困ったことになっています。
賢治は強制送還されてアメリカに戻ってきたので
日本に渡れないのです。
そのことは、心配かけるからと
父母にも弟妹にも伝えておりません。
これまで賢治を見て来た梛子は、賢治がアメリカで
何もせずにただ待ち続ける人間ではないと分かっています。
何らかの事情で日本にいられないようだ、というのは
うすうす気づいていたようです。
11月27日・ハルノート
東郷外相の交渉案に対する米側回答手交さる──。
領土と主権の不可侵、内政不干渉、
支那仏印より陸海空軍と警察の完全撤退など
4原則の確認と9項目の提案がなされています。
満州も認めないというのは大日本帝国の完全否定です。
アメリカのかなりの強硬姿勢、
事実上の最後通牒に愕然とする東郷。
東郷はふと賢治からの手紙を取り出し
もう一度読み返します。
「君はハル庁官と同じことを言っているじゃないか」
君は立派なアメリカ人だ、と
手紙をくしゃくしゃに丸めて暖炉に投げ入れます。
11月27日、外務省とワシントンにある日本大使館の間では
「太平洋横断電話交信」が行われます。
この情報が盗聴により外部に漏れるのを防ぐため、
質問も回答も隠語を用いて行われます。
「今日は結婚問題はどんな具合でしたか」
(きょうの米側との交渉はどうでしたか)
「そちらの状況はどうかね? 赤ん坊は産まれそうか」
(危機は間近いように思われるか?)
「赤ん坊が産まれるのは、間近いとは思われます」
(危機が切迫していると思われる)
「赤ん坊が産まれるのは間近いように思われるのか
どちらの方面だ? 男の子か女の子かね」
(危機が切迫していると思われるのか(男と女の隠語はなし))
「元気な男の子だろうと思います。
結婚の準備に関する問題はぶち壊さないでください」
(日米交渉をぶち壊さないようにしてください)
「とにかく先方は結婚問題の話は続けることを希望している」
(とにかく米側は交渉の続行を希望している)
昭和16(1941)年11月26日(日本時間27日)、
太平洋戦争開戦直前の日米交渉で、
コーデル・ハル国務長官側から日本側に交渉文書が提示される。
昭和20(1945)年8月15日、
日本がポツダム宣言を受諾し第二次世界大戦が終結する。
あと3年8ヶ月──。
山崎豊子 作『二つの祖国』より
脚本:市川 森一・香取 俊介
音楽:林 光
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[出演]
松本 幸四郎 (天羽賢治)
大原 麗子 (三島典子)
多岐川 裕美 (畑中エミー)
堤 大二郎 (天羽 勇)
柏原 芳恵 (天羽春子)
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沢田 研二 (チャーリー田宮)
島田 陽子 (井本梛子)
鶴田 浩二 (東郷茂徳)
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津島 恵子 (天羽テル)
渥美 國泰 (東条英機)
内藤 武敏 (松井竹虎)
児玉 清 (島木文弥)
三船 敏郎 (天羽乙七)
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制作:近藤 晋
演出:佐藤 幹夫
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