2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« バス停について本気出して考えてみた(221) | トップページ | はぴはぴ »

2018年3月 2日 (金)

プレイバック山河燃ゆ・(16)1941年12月8日

昭和16(1941)年11月29日、
第74回大本営政府連絡会議──。

先日出されたハル・ノートの内容は
到底受諾しうるものだという民意には同感しつつも
最後の最後まで外交を継続したいという気持ちが
東郷茂徳にはあります。

参謀本部としては、外交をしたいというのは構わないが
あくまでも戦争に勝てるような外交を
してもらいたいというのが正直なところです。

東郷は、開戦日を知らせて欲しいと食い下がります。
開戦日も知らずに、戦争に勝てる外交は無理だからです。

しかしそれは軍司令部の機密事項であるために
“あんたらには関係ない”という立場です。
それでも、となおも食い下がり、軍令部長の言葉を引き出します。
「8日だ。12月8日」


外務大臣執務室に入った東郷は、
島木に対米最後通牒の案文作成を指示します。
軍が戦争を始めると言っても、外務省としては
世界のルールに則っていかなければならないのです。

戦争というものは、始め方より終わらせ方が難しいのです。
東郷や島木たちのこれからの仕事は、
どのようにして戦争に終止符を打てるかにかかっています。


小樽から三島典子を連れ出した天羽 忠は
無事にアメリカの船に乗ることが出来ました。

忠が立てた計画では、偽装結婚
つまり、まずは典子は忠の妻ということにして
アメリカに入国後、改めて手続きを踏んで
天羽賢治の妻となる……というものです。

幾分かは危険な方法ですが、
典子は、賢治の元に行けるなら何だってやるつもりです。

ただ、心配なのは船の出港が12月2日ということです。
石油の流通が止まってから日本とアメリカの関係は
悪化の一途をたどっているのです。
恐らくは最後の船となるでしょう。


アメリカロサンゼルスのリトル・トーキョー──。

賢治が書いた記事が、
アメリカに住む日本人たちには不評でクレームの嵐です。
自分が書いたのだから、と説明をしようとする賢治ですが
「君の出る幕じゃないんだ」と編集長の松井竹虎に追い返されます。

賢治をなだめる井本梛子ですが、
チャーリー田宮に逆プロポーズをしたそうです。
もし返事がOKなら、彼が担当する土曜夜の音楽番組に
梛子とチャーリーが初めて聞いた思い出の曲をかけてくれ、と。

土曜日は12月6日、そしてOKなら結婚式は7日の予定です。
「気が変わらないうちにね、じゃおやすみ」
笑って新聞社を退社します。

その後、恐らくはクレームの男たちに殴られたであろう松井は
記事については話がついたから、と笑みを浮かべますが、
賢治にはしばらくの間記事は書かせず、広告取りを命じます。


その夜、FBI捜査官が天羽クリーニングを訪ねてきました。

「米政府は対日石油禁輸を再考すべきだ」
「日本との戦争を避けるため、
 大統領もかつて石油禁輸には反対だったはずだ」
日本から強制送還された賢治が書いた記事について、
これはお前の考えかと問いつめます。

もちろん、と賢治はFBI捜査官の目を見据えます。

そしてチャーリーにもFBI捜査官は会い
日系人社会の情報提供をせよと命じます。
一世の中には米政府に敵意を抱く者がいるらしく
アメリカとしてはそれでは困るからというものです。


12月6日・開戦まであと2日──。

外務省発→ワシントン日本大使館
『対米覚書を発信する 準備されたし』


アメリカに向かう、忠と典子が乗った船ですが
今までとは違って、ひどく進み方がゆっくりなようです。

しかも、日本からハワイに寄ってアメリカ本土に向かうので
通常であれば日を追って暖かくなっていくはずなのに
今は逆に寒くなっています。

忠は、なんかおかしいと首を傾げます。


開戦まであと16時間──。

[米国暗号電] 合衆国大統領→グルー大使
『日本国天皇あて親電を発信する 至急手渡されたし』


広告取りに回された賢治ですが、
松井がため息をつきたくなるほど、まったくダメです。
不慣れですので、とムスッとして答える賢治ですが、
不慣れというより、どちらかと言えば不向きです。

なので、松井の独断で記者の仕事に戻すことになりました。

明日の社説を書くように命じられます。
賢治が得意分野の日米関係のことを書けばいいと笑う松井ですが、
日本人たちにクレームを入れられるような記事では困るし
逆にアメリカからも目をつけられるような記事では困ります。

賢治は、自分にはそんな記事は書けないと断りますが、
松井は日米の双方からつるし上げを食らったって構わないと言い放ちます。
それで戦争せずに済むなら、小さな新聞社が潰れたっていい、と。


外務省発→ワシントン日本大使館
『対米覚書をワシントン時間7日午後1時に米側に手交せよ』

開戦まであと10時間──。

翌朝の新聞の社説を書くことになった賢治は
家で簡単に食事を済ませると再び新聞社に向かいますが、
先日のクレームを入れた男たちに囲まれ、襲撃されます。

それでも、賢治は痛い身体をひきずりながら新聞社に入り
片手でもタイプライターを打ち続けます。


開戦まであと4時間──。

グルー大使が東郷の執務室を訪れ
大統領から天皇への親電を手渡します。

内容を確認し、東郷は至急手渡すことを約束。


開戦まであと2時間──。

日本海軍機動部隊、ハワイ沖350kmに接近。


日本:8日 午前3時
アメリカ:7日 午後1時
ハワイ:7日 午前7時30分

「平和への勇気」天羽賢治
アメリカ合衆国に暮らす全ての日系人のみなさん。
今、日本と合衆国は、
明治2年に最初の移民がこの国に第一歩を記して以来、
最大の危機を迎えようとしています。

戦争は愛する家族、信頼の友、
汗で築き上げて来た財産を奪い去ってゆきます。
だからこそ私たちは……


『対米覚書』
合衆国政府ハ、世界平和ノ為ナリト称シテ
自己ニ好都合ナル諸原則ヲ主張シ
現実ヲ無視シ一国ノ独善的主張ヲ相手国ニ強要スルガ如き態度ハ
交渉ノ成立ヲ促進スルユエンノモノニアラズ……


その時間、チャーリーと梛子は
二人だけで教会で結婚式を挙げます。


しかし、現実に合衆国と日本の利害が
どのようにかけ離れたものであっても、
アメリカ合衆国に暮らす我々日系市民は
何としても、武力による解決方法を阻止せねばなりません。

希望に満ちた人々に喜ばしい明日を保証し
次の世代によい豊かな未来を約束する……


合衆国政府ハ自ラ戦争拡大ヲ企図シツツアリト
イワザルヲ得ズ 太平洋地域ノ……


海を隔て、異なる文化、異なる言葉ゆえに相互理解の壁は厚く
失われた信頼関係を回復する道は決して平坦ではありません。
だからこそ、アメリカ合衆国に生きる日系市民がいま
両国の平和のためにあらゆる努力を払わねばならないのです……


カクテ日米国交ヲ調整シ合衆国政府ト相携(あいたずさ)エテ
太平洋ノ平和ヲ維持確立セントスル
帝国政府ノ希望ハツイニ失ワレタリ……


希望を失ってはいけない!
私たちは、日本の緑なる山河、
祖先から受け継いだ伝統ある文化を誇りとしています。

そしてまた、このアメリカ合衆国の
豊かな自然と自由な精神をこよなく愛しています。
私たち日系市民は合衆国に生きるすべての人々に相互理解を呼びかけ
平和の架け橋になるために今こそ立ち上がりましょう!

戦争の狂気でなく、平和への勇気を持って!


モッテ帝国政府ハココニ合衆国政府ノ態度ニ鑑ミ
今後交渉ヲ継続スルモ妥協ニ達スルを得ズト認ムルノ外ナキ旨ヲ
合衆国政府ニ通告スルヲ遺憾トスルモノナリ──。


極東国際軍事裁判所──。
通詞の賢治は、マイクに向かって発します。
「1941年、昭和16年12月8日、
 日本はアメリカ合衆国に対して奇襲攻撃を行いたり」


昭和16(1941)年12月8日、
日本はアメリカとイギリスに対し宣戦布告をする。

昭和20(1945)年8月15日、
日本がポツダム宣言を受諾し第二次世界大戦が終結する。


あと3年8ヶ月──。


山崎豊子 作『二つの祖国』より
脚本:市川 森一・香取 俊介
音楽:林 光
──────────
[出演]
松本 幸四郎 (天羽賢治)

大原 麗子 (三島典子)

堤 大二郎 (天羽 勇)
柏原 芳恵 (天羽春子)
津島 恵子 (天羽テル)
──────────
沢田 研二 (チャーリー田宮)

島田 陽子 (井本梛子)

鶴田 浩二 (東郷茂徳)
──────────
内藤 武敏 (松井竹虎)
渥美 國泰 (東条英機)
児玉 清 (島木文弥)

三船 敏郎 (天羽乙七)

西田 敏行 (天羽 忠)
──────────
制作:近藤 晋
演出:松岡 孝治

« バス停について本気出して考えてみた(221) | トップページ | はぴはぴ »

NHK大河1984・山河燃ゆ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« バス停について本気出して考えてみた(221) | トップページ | はぴはぴ »